世界のEV市場でテスラとBYDの二強はどう戦っているか?
今年4月、欧州EV市場でBYDがテスラ(Tesla)の首位を奪い去ったという報道がありました。
ブルームバーグ:BYD、欧州EV販売で初めてテスラ抜く-前年比169%増
このニュースはEVに関係した人達にはかなり大きなニュースだった訳ですが、日本にいるといまいちピンと来ません。そこでEV市場におけるテスラ vs BYDという観点で、コンパクトな報告書を作成しました。
世界EV市場の動向(2024~2025年)
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急成長の継続: IEAによれば、2024年の世界の電気自動車(EV)販売は1,700万台を超え、前年比25%以上の成長を記録したiea.org。新車販売に占めるEV比率は20%を超え、世界全体で約4%(5,800万台)をEVが占めている。過去5年間でEV台数は急増し、2021年から2024年末にかけて3倍以上に増加した。
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地域別動向: 最大市場である中国では2024年のEV販売が1,100万台を超え、全世界の4割以上を占めたiea.org。中国市場では新車の約半数がEVで、毎年EVシェアが約10ポイント伸びている。欧州では2024年のEV販売シェアは20%程度と前年並みで、補助金縮小などで成長は鈍化した。米国ではEV販売は引き続き拡大し、2024年約160万台(前年比+約10%)に達したが、中国ほどの伸びは見られない。中国・欧州・米国以外の市場(新興国)でも大きく成長し、2024年に約40%増の130万台に達して米国に迫っている。(今泉注:BYDは「米国迂回戦略」を採っており、新興国でのシェア獲得に注力している。結果として世界市場全体における同社の販売台数が突出したものとなっている。 BYD:米国を迂回する世界戦略 タイ/ハンガリー/ブラジル/トルコ/インドネシア/メキシコ を参照)
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政策動向: 中国政府は2024年4月に電動車買換えインセンティブ(旧車下取り補助)を導入し、既存車からEVへの買換えを促進している。欧州では2024年にEUのCO₂目標が維持された一方、個別国の補助金が縮小された影響で成長が抑制された。米国でもインフラ投資法や税額控除で需要支援を続けている。こうした政策環境の変化を受け、グローバルではEV需要がさらなる拡大途上にある。
BYDのグローバル戦略
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多彩な車種ラインアップ: BYDはEV(BEV)とプラグインハイブリッド(PHEV)を幅広く展開し、コンパクトカーからSUV、高級スポーツカーまで揃えるreuters.com。たとえば、超低価格EV「Seagull(シーガル)」は約9500ドル、ハイエンドの電気スポーツカー「Yangwang U9」は23万3500ドルと幅広い価格帯をカバーしておりwired.com、各市場の需要に対応している。設計・部品調達から生産まで一貫内製(垂直統合)を進め、電池(Blade電池など)も自製することでコスト競争力を持つ。また、世界最大手の電池サプライヤーとして、同社は2024年12月に中国国内で23.5GWhもの電池を供給し、同年累計で194.7GWhに達したmotor1.com。
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価格戦略: 低価格車の投入で市場シェアを拡大。Seagullに代表されるエントリーモデルやコンパクトEV「Dolphin(ドルフィン)」などを手ごろな価格帯で提供し、販売台数拡大を図っている。ほとんどのモデルに高度運転支援(ADAS)を標準装備し、追加費用なしで安全・快適装備を充実させる戦略も特徴的だwired.com。ADASシステム「God's Eye(神眼)」は、最安のSeagullでもベース機能が搭載されており、高級車種では最上位バージョンを装備する。
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海外展開と現地生産: 2024年に417,204台を海外販売しreuters.com、2025年にはこの倍となる800,000台以上を目標としている。欧州(英国での高い受容性)やラテンアメリカ、東南アジア諸国は「中国ブランドに友好的な国々」として重点市場と位置付け、積極展開している。関税回避策としては、現地生産を重視。中国外ではブラジル(建設中で同社最大規模の海外工場)、タイ、ハンガリー、トルコなどで工場建設を進めており、完成すれば各市場での価格競争力をさらに高める。なお、米国やカナダには100%関税が課されており、当面参入計画はないとされる。
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ソフトウェアと自動運転: BYDはインテリジェントソフトウェア部門を拡充しており、2025年には従業員を8,000人規模に拡大予定だreuters.com。2026~2027年には「手頃なスマート運転技術(低価格ADAS)」を海外市場にも展開する計画である。ADAS装備無料化により、トヨタやVW、日産など伝統的メーカーとの差別化を図っている。ただし自動運転についてはL2相当であり、ドライバー監視が必要な"God's Eye"はテスラの「FSD」と同様に完全自動運転ではないwired.com。
テスラの戦略
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製品ポートフォリオと価格: テスラはEV専業メーカーで、スポーツセダン/SUVのModel S/X(高級車)と、比較的低価格のModel 3/Yを柱とする。長らく収益性の高い高級セグメントに強みを持っていたが、近年は販売維持のため価格戦略を転換している。2024年には米国・中国・ドイツなどでModel 3/YやS/Xの価格を相次いで引き下げ、世界的なEV価格競争を先導したreuters.com。例えば中国ではModel 3が14,000元(約1,930ドル)値下げされ32,000ドルに、米国では一部モデルで2,000ドル値下げされたr。さらに独自ソフト「FSD(Full Self-Driving)」のライセンス料金も2024年末に12,000ドルから8,000ドルに削減した。これらは競合他社(特に中国勢)の台頭に対抗し市場シェアを守るための措置である。
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技術優位性とソフトウェア: テスラはハードウェア・ソフトウェア両面で独自性を強化している。車載ソフトはOTAアップデートで常時更新され、車両に蓄積される膨大なデータを自動運転開発に活用している。自動運転機能(Autopilot/FSD)は市場で先行しており、膨大な走行データをもとに段階的な向上を図る。なお、中国では現状FSDの承認が得られておらず、同市場ではまだテスラも強みを活かしきれていない状況にある。
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生産拠点(ギガファクトリー): グローバルに生産基盤を拡充している。上海(中国)、ベルリン(ドイツ)、テキサス(米国)などに巨大工場を有し、Model 3/Yの量産・増産に注力している。テキサス工場では次世代車「Redwood」と呼ばれる新型EV(コンパクトクロスオーバー)を2025年後半から生産予定で、エントリーモデル(約25,000ドル)や完全ロボタクシー(操舵なしの「Cybercab」)も同工場で計画中である。これにより低価格帯・大衆市場への本格進出を図り、中国BYDや新興メーカーとの競争に対応しようとしている。
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他社比較: テスラのEV専業戦略は、競合する電動化を進める自動車メーカー(VW、GM、ヒュンダイなど)とは異なる。特に中国市場ではBYDや地場勢の価格攻勢に直面し、上述のように価格面での調整を余儀なくされている。一方で先進的な運転支援や強力なブランドイメージ、高性能なバッテリー(NCA/NMC系セル、4680セル開発など)と充電インフラ(Supercharger網)は、テスラの差別化要素として引き続き有利に働いている。
両社の技術競争
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急速充電: テスラは独自の「Supercharger」を全世界に展開し、現行V3では最大250kW超の急速充電を実現する。一方BYDは中国国内で急速充電インフラ拡大を進めており、同国で新型「閃充(Flash Charger)」を2025年までに約4,000箇所に展開する計画が報じられている。各車種で対応する充電規格は異なるが、両社とも充電時間短縮を追求している(例:BYD Atto 3は80%まで約35分zecar.com、Tesla Yも各国で30分程度で200km走行分充電可能とされる)。
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電池技術: BYDは「Blade電池」と呼ばれるリン酸鉄リチウム(LFP)系セルを自社開発し、安全性と生産コストの優位性を訴求する。これにより熱暴走リスクを低減しつつ、寿命やサイクル耐久性を高めている。一方テスラは高エネルギー密度のNCA/NMC系セルを採用し、より長い航続距離を実現する。最近では4680セルの開発を通じてパワー密度・低コスト化を狙っている。ある調査では、BYDのBlade電池はTeslaの4680セルと比べて放熱・効率面で優れるが、エネルギー密度はTesla優勢との指摘があるstudyfinds.org。
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航続距離: 一般に、テスラの高級車種(Model Sなど)は1回充電で600km超、ミドルモデル(Model 3/Y)でも400~500km級の航続距離を達成する。一方BYD車も高級EV(Sealなど)で400~500kmを実現するが、価格を抑えた大衆車種では300km前後となるモデルが多い。電池性能と車体効率の違いからテスラがやや上回るものの、BYDは価格と安全性で対抗している。
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車載ソフトウェアとAI運転: テスラはソフトウェアプラットフォームを自社開発し、OTA(無線更新)で機能追加・改良を行う。Autopilot/FSDは先行的開発段階で膨大な走行データを活用し、将来の完全自動運転を目指す。一方BYDはADAS(God's Eye)を標準搭載し、センサーフュージョンで駐車支援やアダプティブクルーズなどを提供するwired.com。ただし、いずれも現状はレベル2相当であり、公道での完全自動運転(レベル4以上)を達成してはいない。なお、中国規制下でテスラのFSDは許認可が得られておらず、BYDは「God's Eye」を廉価モデルまで展開することで、消費者に先進支援技術を浸透させている点が特徴的である。
地域別競争状況
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中国: 世界最大市場で、BYDが圧倒的なリーダーとなっている。2024年には中国国内の約64%(約660万台)のNEV(EV+PHEV)シェアを占め、EV販売台数は約450万台に達したiea.org。2025年1月にはBYDがNEVシェア27%で首位、テスラはわずか4.5%で6位に低迷している。2025年4月にはBYDシェア29.7%(テスラ3.2%)となり、両社の差は一層拡大したcnevpost.com。中国政府のEV補助(補助金・税制優遇・買換え促進策)とBYDの低価格車投入戦略が消費を大きく押し上げており、テスラは規制・競合の影響で苦戦している。市場にはNIOやXpengといった新興EVメーカーも多数参入しており、外国車はシェアを奪われつつある。
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欧州: 2024年のEV販売台数は増加しているものの、市場シェアは約20%で足踏み状態である。テスラはモデルY/Xを欧州市場のヒット車種としシェアを保つが、政府の排ガス規制と競争激化で欧州のEV成長は中国ほど急速ではない。BYDは欧州向けEV(Atto 3、Sealなど)を投入し、市場シェアを急拡大している。2025年第1四半期にBYDの欧州販売は前年同期比4倍の37,201台に達し、EV市場シェア4.1%を占めたreuters.com。ハンガリーやトルコで工場計画を進め、欧州ブランドとの提携ではなく現地市場に合わせた自社展開を強めている。なおEUは中国EVへの関税を課しており、これが両社の価格競争に影響を与えている。
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北米: 2024年末時点では依然としてテスラがEV市場の中心であるものの、シェアは低下傾向にある。米国市場におけるテスラのシェアは2023年に初めて50%を割り込み、複数の米国メーカー(GM、Fordなど)や韓国勢が台頭しつつある。特に価格帯$30-35kの車が売れ筋となり、テスラは積極的な値引きで対抗している。BYDは米国・カナダへの輸出を行っておらず高関税障壁下で不在だが、南米(ブラジル)や中南米での販売機会を模索している。ブラジルではBYDが工場を建設中で2024年末〜25年初稼働予定(中国外最大級の生産拠点)。一方でテスラはテキサス工場でSemiとCybercabの生産(2026年予定)を控え、自動運転車普及への布石とする計画である。
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その他アジア・新興国: 東南アジアではBYDがタイに工場を持ち、マレーシアやインドネシアなどでも販売ネットワークを拡充中。インドでもBYDの参入観測が報じられている。一方、日本では輸入EV市場でテスラが一定シェアを持つが、BYDは2024年末に国内正規販売を開始したばかりで影響は限定的だ。競争環境: 多くの国で中国EVの進出に対し関税や認証規制の動きがあり、各社は政府政策に適応する必要がある。
関連報告:BYD:米国を迂回する世界戦略 タイ/ハンガリー/ブラジル/トルコ/インドネシア/メキシコ
競争優位性分析と今後の展望
両社の優位性と課題を比較すると以下の通りである:
BYD | Tesla | |
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ラインアップ | BEV + PHEVの広範囲reuters.com。低価格(Seagull $9.5k)から高級(Yangwang $233k)まで多層価格帯wired.com。 | EV専業、主力はModel 3/Y。S/Xで高級層に訴求し、新型で低価格帯($25k)も計画reuters.com。 |
電池技術 | LFP「Blade電池」で安全性・コスト優位。中国最大手の電池サプライヤーmotor1.com。 | NCA/NMC系セルで高エネルギー密度。4680セル導入でコスト低減・性能向上を狙う。 |
充電インフラ | 中国国内でCCS/GB/T急速充電網を展開しつつ、4000箇所級の超高速「閃充」整備計画あり。 | 独自Supercharger網(V3で最大250kW以上)を世界展開。顧客利便性で優位。 |
ADAS/自動運転 | すべての車種にADAS(God's Eye)を標準搭載wired.com。コストを抑えつつ安全性を提供。 | 自動運転ソフト(Autopilot/FSD)で先行。膨大な走行データ活用で技術進化。現在はレベル2相当で、今後の法規制対応が課題。 |
海外展開 | 現地工場:ブラジル、タイ、ハンガリー、トルコなどreuters.com。2030年に半数を海外販売目標。 | 現地工場:上海、ベルリン、テキサス、ネバダ、進出予定メキシコreuters.com。次世代車生産で成長持続を目指す。 |
2024年EV販売 | BEV約176万台、PHEV約248万台で計425万台(前年比+41%)motor1.com。中国外出荷417k台(+71.9%)。 | BEV約179万台(前年比-1.1%)motor1.com。米国・中国など主要市場で存在感。 |
両社の競争優位を整理すると、BYDは総合力とコスト競争力が強みである。車種開発・部品調達・生産・販売を一貫内製化し、政府支援と大量生産効果で低価格車を提供できる。一方、Teslaはブランド力と技術力(特にソフトウェア、自動運転データ、充電ネットワーク)で優位性を持つ。今後、BYDは国際ブランドの浸透度向上と品質認知が課題となり、Teslaは低価格化による利益圧迫や中国市場での規制対応が課題となる。
展望: BYDは2030年に海外販売比率50%を目標reuters.comとしており、次世代モデルを欧米・新興国に投入し成長を加速させる見通しである。また蓄電・半導体などへの投資も継続し、エコシステムを強化する。一方テスラはRedwood等の安価モデルやCybertruck/Semiといった新規モデルで市場拡大を狙い、自動運転技術で競合優位を維持しようとしている。しかし2024年には新車開発準備で成長率が低下する見込みであり、競合の追い上げをいかに抑えるかが焦点となる。
また、グローバルでのEV普及率上昇に伴い、各国政府の規制やインセンティブの変化が業績に影響を与える。総じて、BYDとテスラは異なる強みを活かしつつ、価格・技術・サービスの三つ巴で激しく競い合う状況が今後数年続くと予想される。信頼できる統計・報道によれば、既に2024年末時点でBYDが世界一のEV販売台数を記録しており、これからも両者の競争はEV市場の成長を牽引する重要な要素となるだろう。