AIエージェントが変える営業現場
2025年5月21日、米ラスベガスで開催された「Gartner CSO & Sales Leader Conference」では、営業分野におけるAI活用の最前線が紹介されました。なかでも注目を集めたのが、Gartner営業部門のシニアディレクターアナリスト、アドナン・ジジャディック氏によるAIエージェントの最新動向に関する講演(Harnessing AI Agents in Sales: Building an AI-Ready Team))です。
ジジャディック氏は、従来のAIアシスタントを超え、タスクを自律的に実行するAIエージェントの実装が営業活動にどのような変革をもたらすのか、そしてその導入にあたって企業が直面する課題や必要な組織文化について、実践的な視点から語りました。
タスク支援から自律実行へ──AIエージェントの真価
近年、生成AIに代表される大規模言語モデル(LLM)を活用したAIエージェントが注目されています。ジジャディック氏によれば、これらのAIエージェントは従来のAIツールとは一線を画すといいます。人間が指示を与えることで初めて機能する「受動的な支援者」から脱し、営業タスクの計画から実行までを自律的に行う「能動的な実行者」へと進化しているのです。
たとえば、リードのスコアリングや初期接触、見込み客への情報提供といった業務は、AIエージェントが自動的に処理できるようになります。これにより、営業担当者は関係構築や商談のクロージングといった戦略的な業務に集中できるようになり、結果として生産性や営業サイクルのスピードが向上し、売上の拡大にもつながります。
成功の鍵は「データ品質」と「運用成熟度」
しかし、こうした先進的な取り組みがすぐにすべての企業で成果を上げるわけではありません。ジジャディック氏が強調するのは、導入時に直面する「データ品質」と「運用成熟度」の課題です。
AIエージェントの精度や信頼性は、入力されるデータの質に大きく依存します。誤った情報や未整備のデータは、誤判断や無意味なアクションにつながり、営業成果を損なうリスクがあります。そのため、企業はまずデータガバナンスを徹底し、正確で一貫性のあるデータ環境を整備することが求められます。
また、営業プロセス自体が未整備であったり、ITリテラシーが低い組織では、AI導入が空回りする可能性もあります。こうした企業は、まずプロセスの可視化・標準化や、社内の技術スキル向上に取り組む必要があります。
信頼構築のカギは「可視性」と「共創」
営業現場にAIを導入する際には、単なるテクノロジーの話に留まらず、組織的な信頼醸成が必要です。
ジジャディック氏は、「営業担当者がAIを信頼しなければ、どれほど優れたエージェントを導入しても、その力は活かされない」と指摘します。そのためには、AIの判断や推論の根拠を明示する「透明性」が不可欠です。
さらに、営業チームがAIエージェントの設計や運用に関与し、自らの営業手法に沿った形でAIが構築されるよう、現場との共創が求められます。AIを「代替手段」ではなく、「信頼できるパートナー」として迎えるための心理的安全性の確保が、導入成功のカギを握ります。
AIレディな営業チームとは何か
では、企業が「AIレディ(AI対応可能)」な営業組織を築くには、何が必要でしょうか。ジジャディック氏は、以下の3つの視点を挙げました。
まずは教育と理解です。営業担当者がAI技術の基本とその営業への応用を理解することで、導入に対する抵抗感を軽減できます。
次に、スキルと組織文化の再設計が必要です。AIを活用するには、データリテラシーや業務分析力が求められるため、それに応じたトレーニングが求められます。また、AIと共に働くことを前提とした柔軟な組織文化への転換も欠かせません。
最後に、人間とAIの共存戦略です。AIを「代わりにやってくれる存在」としてではなく、「人間の意思決定や創造力を高める補完的存在」として位置づける視点が重要です。AIを使いこなすことこそが、これからの営業チームに求められる競争優位性となります。
今後の展望──「AIと売る」ことが営業の新常識に
AIエージェントの活用は、大規模言語モデルの精度向上とAPIの普及によって、今後は中堅企業や地方企業でも活用の裾野が広がると見られています。
営業とは、かつて「人間力」や「経験」がすべてとされてきた分野ですが、今後は「AIをどれだけ使いこなせるか」が営業パフォーマンスに直結する時代になります。人とAIがそれぞれの強みを活かし合いながら協働する、「ハイブリッド営業体制」が、これからのスタンダードになっていくのでしょうか。