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株式会社インフラコモンズ代表取締役の今泉大輔が、現在進行形で取り組んでいるコンシューマ向けITサービス、バイオマス燃料取引の他、これまで関わってきたデータ経営、海外起業、イノベーション、再エネなどの話題について書いて行きます。

書評:「みんな力-ウェブを味方にする技術」新井範子著

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「みんな力-ウェブを味方にする技術」新井範子著(東洋経済新報社)を読んだ。

昨年の「Think!」Summer 2006号の論文「Web2.0型マーケティング」を読んだ時にも感じたのだが、新井氏の文章は非常に平易でありながら、思考の筋道が鮮やかで、読んでいて気持ちがいい。
話題として、弊ブログで過去に何度か触れた社会ネットワーク分析、「The World Is Flat」、C.K.プラハラードの価値共創、集合知なども扱っており、ブログ書きである自分にとってはうれしい。しかし著者はそのずっと先で「本質的に新しいこと」を言おうとしている。見た目は平易だが、実は非常に野心的な論考だと思う。

著者がいる時間は現在である。はてなが生まれ、Tim O'Reillyの"What Is Web 2.0"が諸方面に伝播し、梅田望夫氏の「ウェブ進化論」が読まれ、Googleのポテンシャルがよく理解されるようになり、mixiが上場して、気づいてみれば、数多くの消費者が何かを買う前に必ず検索するようになった後のいまである。

本書では、ここに至る数年の間に何が起こり、何が変化したのかが、マーケティングの視点からバランスよく整理される。Web2.0が企業と消費者の関係においてもパラダイムシフトをもたらしたのだということを、改めて学習するのによい本だと思う。自分がすでに持っている断片的な知識がきれいにまとまる。

それだけなら、ありがちのまとめ本に過ぎない。その先で何を言っているかが問題だ。

著者は、社会ネットワーク分析とテキストマイニングを使って、資生堂「TSUBAKI」や映画「時をかける少女」がブログ空間でどのように言及され、リンクが広がっていったのかを分析している。その分析も非常に興味深い。ここに引き込まれる企業のマーケティング担当者も多いだろう。

-Quote-
 IBMアルマデン研究所のダニエル・グルール(Daniel Gruhl)氏らの研究(2004)によると、ブログに書き込まれるテーマは「スパイク型」と「チャッター型」の2つに分類される。
 「スパイク型」とは、スパイク、つまり釘のように、すぐに立ち上がって、消えていくテーマである。たいていは4日前後で消えてしまう。
 その反対なのが、「チャッター型」。これは、絶え間ないおしゃべりのように続いていくものである。いつもたえずどこかしらで語られているような話題だ。
 彼らは、この2分類をベースにしながら、さらに実際のテーマを「スパイク」「スパイクチャッター」「チャッター」の3つに分けている。
 中略
 しかし、そうした動きをやめてしまうと、その商品は次の瞬間から「チャッター型」になってしまう。新発売の商品も、発売時にはある程度の「スパイク」を作り出す。しかしその後何もしないと、すぐにウェブ上では何も語られなくなってしまう。
 中略
 まだ検証していないのだが、仮説では、ブランドイメージを形成するには、ある程度スパイクとチャッターを繰り返す時期が必要であり、そうした期間がないと語られていたことは消えていき、そのブランドのイメージやレピュテーションも消えていくのではないかと考えられる。
 中略
 それでは、次々に新しいネタを出していけばいいのかというと、そうでもない。キャンペーンや広告に慣れてしまうと、受けてにはそのブランドやキャンペーンに対する「耐性」ができてしまう。新しいことを仕掛けても、インパクトはどんどん小さくなってしまうのだ。
 耐性ができる時期をいかに遅らせることができるか。耐性ができる前のレベルをいかに高く保てるか。期待感を持たせることができるか。これがブログに書き込まれるためのポイントになるであろう。
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自分にとっては、「仮説では、ブランドイメージを形成するには、ある程度スパイクとチャッターを繰り返す時期が必要」というところが非常に刺激的だった。また、「耐性」の指摘もすごくうなづける。

-Quote-
 前述したように、「TSUBAKI」は若い女性だけではなく、幅広い層に対して何らかの引っ掛かりを持たせるようなCMの作りになっており、ブログの書き込みにも色々な切り口が見られる。
 しかし、この図を見れば(今泉注:TSUBAKIへの言及を社会ネットワーク分析によってマッピングした図)、「TSUBAKI」のことについて書いた人は多いものの、ほとんどがオフィシャルサイトからリンクを張っていて、ブロガーの間のつながりはまるで見当たらないことがわかるだろう。全体的に見てもそうである。
 一方、図11は、『時をかける少女』のブログのつながりを示したものである(今泉注:上と同様のマッピングした図)。一部だけを拡大したものであるが、この部分を見ただけでも、いろいろなブログがリンクを張り合って、つながっていることがわかる。ブロガー同士がリンクを張り合い、情報を交換したり、参照し合ったりしているのである。
 単純化するとブログの広がりは、以下の2つのパターンとなる。1つは、「TSUBAKI」のように、ブログがオフィシャルサイトへのリンクのみというタイプ。これを「シングルリンク型」と呼ぶことにしよう。
 それに対してもう1つは、『時をかける少女』のように、ブロガー同士もつながりを持つもの。これを「マルチリンク型」としよう。
 どちらのタイプがいいとか、悪いといった評価はない。ブログのつながりまでを含めたメディア展開をどうしたいのか、という企業サイドのデザインによるだろう。
 それではマルチリンク型にするには、どうしたらいいのだろうか。ここで『時を掛ける少女』がマルチリンク型に発展した理由を考慮しながら、マルチリンク型に発展するための要素を3つ挙げてみたいと思う。
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3つのポイントは同書に直接あたっていただくとして…。この先で、著者は既存のCRMの限界を指摘した上で、新しい企業のあり方を彷彿とさせる記述を行っている。

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 この「関係性マーケティング」における「関係」が、「お金をたくさん払ってくれる関係」を目指していたところに、関係性マーケティングの限界があったように思える。
 もちろん、関係を深めることによって、顧客が本当に好きなものが手に入れられたり、時間や労力の節約になったりするだろう。しかし、その深める「関係」の質には言及していなかったのだ。
 中略
 しかし、Web2.0の世界では、さらにもう1つのレンズが必要だと思う。それは、顧客との間に「モノを売買する」以外の関係をつくることである。
 思いつくまま挙げるだけでも、コミュニティと対峙する時の関係があり、コミュニティの参加者としての個人としてつきあう関係がある。また、もちろん全員がコミュニティに参加するわけではないから、個別に働きかける相手というとらえ方もあるだろう。
 そして、「関係の質」についても、従来どおりの「買ってもらう相手」に加え、くりかえし述べたように、「共同作業、協働する、コラボレーションの相手」という関係もある。その他にも、「話し合う相手」「相談にのってもらう相手」「情報を交換し合う相手」「評価を問う相手」など、新たにいろいろな関係が登場してくるだろう。
 確かに、企業は利益をあげなくてはならない。そのために、製品を買ってもらわなくてはならない。最終の目的としては、そこに向かわなくてはならないのは事実だ。
 今までは、広告を打つ→効果が出る、つまり売り上げが伸びる、という短い因果の連鎖でビジネスを考えていればよかった。そして、そのようにマーケットにアプローチしてきた。しかし、これからはいろいろなパターンを考える必要があるだろう。
 中略
 「売る、買う」という関係だけではない、さまざまな関係性がとれるように、企業は柔軟な組織体となり柔軟なスタイルで市場と向き合わなくてはならない。
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 そのためには、消費者とのさまざまな接点において、細かく対応できるコミュニケーション能力が必要だろう。また、どんな関係でもコミュニケーションできる柔軟な組織でなければならない。
 「今から稟議にかけますので、お待ちください」、「今から報告し、検討いたして連絡します」といっている間に、さまざまな評判はたちまちウェブをかけまわってしまう。
 消費者とのあらゆる接点において、常に迅速かつ柔軟に対応できる体制が必要である。そのためには、現場が権限を持つ組織づくりへの転換が求められるであろう。
-Unquote-

権限が委譲された顔の見える社員が、インターネットのコミュニティで消費者と対等に話をして、クレームを受け入れたり、新バージョンのお披露目をして意見を聞く。権限が委譲されているので、経営資源が必要な判断もその場でできる。改善が加えられたり、プロセスが変更される。それが顧客との接点で起こる。経営判断が奥にある格式ばった部屋で行われるのではなく、顧客に向き合った顔の見える社員によって行われる…。

本書は、そういった組織のコペルニクス的転回がまもなく必要になるだろうということをも言おうとしている。

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