消費者が価値をつくる情報家電ネットワーク
情報家電ネットワークの動向を調べていて、DLNAがどんなものかとかは把握したのですが、日本の総務省と経産省がかなりがんばっているということがわかり、心強く思いました。
経産省は家電業界振興の目的で2003年4月に「e-Lifeイニシャティブ」をまとめました(現物がネットで見当たらない)。佐々木俊尚氏の記事「『生活』関連サービス 機器を相互接続するという政府の狙い」によると、「機器間の相互接続性や運用性等に関して、必要最低限の仕様を、技術的な基盤として共通化・標準化すること」を推進する活動だったようです。この頃は日本がまだ”不況の真っ只中感”に覆われていた時期です。
その後、いわゆるデジタル三種の神器が売れるようになって、景気に明るさが見られるようになった時期、2004年10月に、同省は政策ペーパー「情報家電産業の収益力強化に向けた道筋」を公開します。
自分としては、今初めてこの動きを追っているので、見つかる資料の1つひとつがエラく新鮮です。
この時期、経産省系の経済産業研究所で同政策ペーパーと連動したブログの企画が動いています。経産省の担当の方々や同研究所の方々が、1つずつトピックを受け持って、当時はまだ真新しかったブログによって論考を綴っていこうというもの。少し読んでみましたが、フレッシュな印象があります。
この時の経産省の問題意識には、上述の相互接続性や運用性以外に、産業としての家電メーカーが、どのようにして国際競争力を維持していくかということが含まれており、それに関連した分析や方向性の提示には、さすがと思わせるものがあります。例えば、こちらのスライドの末尾の業界構造図。
さらに頼もしく思ったのは、本政策ペーパーが、日本の家電メーカーの方向性の設定役として「消費者」を据えているということです。上で引用したスライドの末尾の図の一番上に「上質な消費者 日本」とあります。何度か触れてきた「顧客と企業との価値の共創」(および、ヒッペルが言うところの「民主化するイノベーション」)と同じ視点を持っているわけですね。
ここでは、相互接続性が確保された情報家電ネットワークが一種のプラットフォームとなって、高付加価値な「ライフソリューションサービス」がいくつも立ち上がる様が思い描かれています。(このスライドではp17にそのイメージがある。)
これは、DLNAが単にデジタルコンテンツのやりとりをスムーズならしめるところに留まっていることを考えると、はるかに経験価値寄りの路線です。ハードウェア+ソフトウェア+ネットワークの複合物がもたらすユーズウェアに着目しているという点で、大いに評価されるべきだと思います。
その実現方法については、無論、メーカーおよびそれに準じる企業によるプロダクトアウトではなく、消費者との何らかのインタラクションを伴うプロセスが想定されているわけですが、それについて、以下の発言がなかなか示唆的だと思いました。関連のセミナーでコメンテータとして出席されたメーカーサイドの方の発言です。
-Quote-
私は、メーカーの中で「家電をネットにつないで新しいサービスを」ということで最初から「サービス」という言葉を使っています。ところが、メーカーの人達は必ず「コンテンツ」という言い方をします。特に、「キラーコンテンツは何だ。何かキラーコンテンツがあるはずだ。」といったリアクションが返ってくるケースが非常に多く、そういったキラーコンテンツに対する過敏な思考のプロセスからなかなか抜けられません。最近、私は「キラーコンテンツと誰もが間違いなく思うものは、いかにたくさんの人がそのコンテンツのおかげで命を落としているか。死んでいる人が多いものほどキラーコンテンツである。そういったモノは多くの場合『高価』なものであり、サービスとして成立しないこともある。キラーコンテンツを追い求めるよりも、有用なサービスの開発こそ大切」と説明しています。
ライフソリューションサービスにおいては、最初からわかっている正解はなく、多生多死型のトライ・アンド・エラーの中から、ユーザーに選ばれて生き残っていくサービスが、結果的にバリューを獲得するという形になっていくのかと思います。そのようなことができるような環境を作らなければいけない。
-Unquote-
キラーコンテンツが必要だ!と言ったとたんに、思考停止が始まっているということですね。価値は消費者に投げて反応を受けるなかで創発するということなのでしょうか。
なお、この政策ペーパーの後も活動は続いていて、2005年7月には総務省と経産省の連名で、「情報家電ネットワーク化に関する検討会」の中間取りまとめが出されています。連名というのがなかなかいいですね。
自分としては、そうした情報家電ネットワークをプラットフォームとして立ち上がるライフソリューションサービスに関して、もう少し違った考えを持っているのですが、それはまた別の機会に書きたいと思います。