オルタナティブ・ブログ > イメージ AndAlso ロジック >

ヴィジュアル、サウンド、テキスト、コードの間を彷徨いながら、感じたこと考えたことを綴ります。

他者の未来を殺すシステム、生かすシステム ~メルマガ連載記事の転載 (2012年6月18日配信分)

»

この記事は、メルマガ「デジタル・クリエイターズ」に月1回連載中の「データ・デザインの地平」からの転載です。

連載「データ・デザインの地平」
第18回「 他者の未来を殺すシステム、生かすシステム」(2012年6月18日配信分)

支援を阻む、リアルの「壁」

この数年、我が国では連日いたましい事件が発生しています。助けを呼ぶ声が誰にも届かないまま訪れる「死」に対して、我々はあまりにも無力です。
多くの人が、驚き、怒り、悲しみ、乳幼児や独居高齢者の置かれている地域社会の人間関係を見直せば、事態は好転するかもしれないと考えています。
が、はたして、それだけで不幸を未然に防ぐことができるでしょうか。

こういった事件は、昭和30年代~40年代までの住環境では、起こりにくいものでした。なぜなら、通行人でさえ、室内の危険を察知できたからです。

土と板の壁、一重のガラスの木造家屋では、家内の音は通りに筒抜けです。
有事には、雨戸も金属のねじ鍵も外から開けることができ、木とガラスでできた玄関の引き戸も外すことができます。
また、エアコンがなく、夏場など窓は開け放しで、内と外を隔てるものすらありませんでした。
昨今の、何か異変が起きているような気がするけれども、事実を確認できないために踏みこむことができない、という状況にはならなかったのです。

さらに、乳幼児がネグレクトされた場合であっても、飲み水すらないという状況は考えられませんでした。
地下水やポンプ式の井戸がありましたし、大型冷蔵庫と違って幼児の力でも扉を開けられる「みずや」があり、冷や飯や乾物や常備菜などが置かれていました。塩分濃度や湿度も違っていたのでしょう、食品の傷み具合もゆるやかでした。

ところが今ではそのような住居は激減しています。
希薄な人間関係を改善してコミュニティづくりを推進しても、家屋の構造は変わりません。ドアが、壁が、手を差し伸べようとする人々を阻みます。

ところが皮肉なことに、我々には、その昔には考えられなかった、物理的な家屋の境界を打破する方法を獲得しました。室内の情報を取得して、外から働きかけられる手段があります。それは「IT」です。

SOSを検知する技術

もっとも、手段があるということと、その手段を有効に活用できることとは、別問題です。
外から支援を行うには、まず、室内の情報を適切に取得できなければなりませんが、これが容易ではありません。

たとえば携帯デバイスの落下をセンサーで検知し、ソーシャルメディアにSOSを自動発信することはできます。が、手が滑ってデバイスを落としただけなのか、デバイスが暴力的に叩き落されたのか、備品が部屋の中を飛び交っている状況なのかは判別できません。

室内の物音が一定の音量を超えたとき、自動的にカメラを起動して映像を発信する方法では、カメラが被写体側を向いていなければ意味をなしません。また、栄養失調で物音すら立てられないケースは無視されます。

リスクが認められる乳幼児や高齢者に緊急連絡専用のデバイスを持たせる方法では、家族がデバイスを取り上げる恐れがあります。また、一歳未満の乳児がデバイスを操作することは不可能です。

病院、児童相談所、教育機関が、いずれかに対して一度以上相談のあった家庭について、個人を特定しない「(何丁目、程度の)おおよその」位置情報のみを共有するシステムを構築し、近隣住民や親族からの投稿を随時受け付けて、情報を集約する方法も考えられます。が、これも、プライバシーを問題視する声の前には、実現は厳しいでしょう。

そうなると、考えられる解決策は、次の3つです。

(1) Webカメラ利用の面談
ひとつは、一度でも相談のあった家庭に対し、毎日カメラを使っての抜き打ち面談を義務付けるシステムです。面談が相談になり、具体的な支援に結びつく可能性がありますし、面接内容の動画ファイルを保存すれば、その存在は抑止力として機能するかもしれません。

(2) 生体モニタリング装置からの情報取得
もうひとつは、リストバンド式や埋め込み型の生体モニタリング装置を開発する方法です。乳幼児や高齢者に装着を義務付け、心拍数や血圧が低下した時に、医療機関へ自動的に通報するシステムです。もし生命に危機が及んだ場合に特有の脳波を検出することが可能になれば、情報の精度は向上するでしょう。

(3) 家庭内監視ロボットの派遣
家庭内を定期的に巡回しながら、音声認識とAIにより助けをもとめる声を判別して自動通報する、「かわいいペット型の」ロボットを開発して、地方自治体からレンタルする方法です。ロボットを室内と外をつなぐノードとして位置付けます。ただし、単に子どもがわがままで泣いているのか、危険な状況にあるのかを、解析して判別する技術開発が必要になります。

そして、これらのシステムの設置と運用は、保証人不要で実施されなければなりません

孤独死の何割かは、警備保障会社の緊急通報システムを利用していれば、未然に防ぐことができますが、広く普及しているものでもないようです。その理由のひとつは、自治体が費用を補助するサービスでは、緊急時に駆け付けられる保証人が必要とされることです(自治体によって異なります)。少子化が進むと、基本的な生活をおくるだけでも保証人が必要とされる社会システムも、同時に変える必要があるでしょう。

見守りの目としての「IT」

このようにして室内の異常を検知したら、それに応じた反応を返さなければなりません。

明らかな緊急事態であれば警察や救急が、それにはいたらない場合は、行政機関の担当者がすみやかに訪問する仕組み作りが必要になります。

しかし、人が駆け付ける方式では、一刻を争う状況にもかかわらず渋滞に巻き込まれて到着が遅れるなどの事態が起こりえます。
有効性からいえば、加害者の脳や神経系に直接働きかけて、手足の動きを強制的に停止させる方法も考えられるかもしれませんが、これはあきらかにプライバシーの侵害ですから、技術的に可能になった暁でも、実施は不可能です。

そこで必要になってくるのが、視覚的に、あたかも家庭内に第三者がいるかのように見せる技術です。

私が何を言いたいかは、Windows Phone のユーザーなら、すぐに想像できるでしょう。なにしろ、実機を身近に置いている限り、外にいる誰かと常につながっているのですから(※1)。その画面には、facebook の友人たちの顔写真が表示され、あたかも友人たちが画面の向こうから話しかけてくるかのようです。
この、Windows Phone の、ヒトを核とする UI のコンセプトは、6月1日に発表された、Windows 8 RP(※Windows 8 Release Previe)にも見られます。

それらの写真が3次元になり、あたかも自分の傍にリアルに人がいるように感じられ、合成音声で語りかけてくるようになったとき、それは「見守り」の目になりはしないでしょうか。
それは、友人でなくてもかまいません。バーチャルな警察官や、萌えキャラであってもかまいません(※msn「WIRED」)。そういった技術開発が期待されます。

「心」を語るよりも、「脳」を見つめよう。

このように可能性を持つ「IT」ですが、解決策の第一選択肢はあくまで「ヒト」であり、地域コミュニティの復活や宅配業者の声かけ、行政担当者の訪問といったマンパワーに委ねられているのが現状です。

これは高齢者の介護でも同様です。いまなお、現場では、人がおむつを換えています。直接取り付けて排せつできる快適な装置がありません。この、生物学とロボット工学が発展している時代にです。
そして、管理する側は、効率化と人材確保に躍起になっています。3人の介護者で10人を担当するところを1人で10人になるように工夫したところで、外国人有資格者に頼ったところで、作業内容が変わるわけではありません。
マンパワーに委ねるだけでは、作業者を減らしたり交代させることはできても、根本的な解決にはいたりません。

熱意と善意がすべての問題を解決できるという理想は、長続きしません。「睡眠不足」と「精神的負担」が長期間のしかかれば、健康に自信のある人材であっても、判断力も効率も低下します。人的資源頼みでは、「資源」となった「人材」が疲弊したら、それで終わりです。

それにしても、なぜ、これほどまでにマンパワーが重視されるかといえば、それは問題の原因を、「心」にもとめる傾向があるからでしょう。心の問題だから、心ある人が努力すれば、心を変えることができる、と考えてしまうのです。

ところが残念ながら、その「心」とは何ぞや?と問えば、共通する概念のない曖昧模糊としたものでしかありません。

もし「自分が」親の立場なら?と考えたのでは、不完全です。なぜなら「自分」が、だからです。自分の脳は他者の脳ではありません。自分の脳を用いて、自分の脳を基準に考えても、的外れな答えしかえられないでしょう。他者と分子レベルで寸分違わぬ(脳を含む)身体を持って生まれ、そのヒトの境遇で育ち、同じ出会いをし、同じものを食べ、同じように働き眠ってきたら?と想像してようやく、おぼろげながら他者の立場が分かり始める程度でしょう。

自らの幸福だけでメモリが占有されている状態のとき、子供に注意を向けにくい機能をもつ脳もあるでしょう。また、自らの幸福と子供の存在を、互いに参照せず別モノとして処理する脳もあるでしょう。
理由なく行動を命令する脳もあるでしょう。もっとも、あらゆる行動には意図などないのかもしれません。意識にのぼる前に、行動が出現するのであれば。

どのような心理的な葛藤があったかを探ることも重要ですが、脳内で物理的にどのような現象が起きたのか、それを再現して、fMRIやSPECTで現象を追跡し、解析することも重要ではないでしょうか。
原因を「心」に、解決策の第一選択肢を「マンパワー」にもとめるのではなく、原因を「脳の働き」に、解決策の第一選択肢を「IT」にもとめる方が有効だと思われます。マンパワーよりマシンパワーなのです。

予算面においても、マンパワーの場合の教育費・人件費・管理費と、IT利用の場合の研究開発費とシステム構築費と運用管理費を比較すれば、長期的には、IT利用の方が低予算で済むと思われます。また、IT利用の場合は、そのシステムやノウハウを輸出すれば費用を回収できるはず(?)です(筆者は、経済の専門家ではないので、これ以上の言及は差し控えますが)。

日常生活の中に、科学 × 技術 × 医学を。

我が国では、ロボット工学も、物理学も、精神医学も、脳科学も、生物学も、遺伝子工学も、栄養学も、じつに多くの分野の学問が発展しているにもかかわらず、それぞれの分野の間には、そして、生活とそれらの学問の間には、なにか壁があるような気がしてなりません。まるで、自らの専門に張りめぐらせた意識の壁が、顕在化しているかのようです。

ITエンジニアは、科学と技術と医学に関心を持ち、日常生活の中に、その三つの要素を、思考の武器として取り込むよう心がけた方がよいのではないでしょうか
そして、科学者による倫理と制御に関わる脳機能の解明、第三者からの視点と気付きを与えて脳を社会に適応可能な状態にはぐくむ方法論の確立を、ITにより支援していくことができればよいのではないかと思います。

これから先、コミュニティでの見守りを強化するなら、そのコミュニティとは地域社会に限定されない、ネットを含むコミュです。そして、異常に気付く手段は、人の五感よりも、センサーです。
「IT」は、生命を維持するに足る最低限の衣食住を提供することはできません。しかし、次世代の未来を生かす力は持っているのではないでしょうか。

「データ・デザインの地平」バック・ナンバー
≪ 第1回 UXデザインは、どこへ向かうのか? (2010/12/20)
≪ 第2回 そのデータは誰のもの? (2011/01/24)
≪ 第3回 子ノード化する脳 (2011/02/20)
≪ 第4回 多重CRUDの脅威(2011/03/14)
≪ 第5回 震災は予知できなかったのか(2011/04/18)
≪ 第6回 永代使用ポータル、クラウドがつなぐ生者と死者の世界(2011/05/16)
≪ 第7回 脳活動センシングの進化が、作曲を変える(2011/06/13)
≪ 第8回 死にゆく者の意思は守られるか (2011/07/11)
≪ 第9回 Windows Phone 7.5 に見る"ヒトとコミュニケーションの形"(2011/08/29)
≪ 第10回 データ設計者は、ヒトを知れ、脳を知れ(2011/09/26)
≪ 第11回 設計者であるための、日々の心得(2011/10/24)
≪ 第12回 センサーの進化がユーザー・インタフェースを変える
≪ 第13回 プログラマ or デザイナから、"デベロッパー"へ(2011/12/05)
≪ 第14回 技術進化が促す、人類総デザイナー化(2011/01/16)
≪ 第15回 芸術家、大量発生の時代(2011/02/13)
≪ 第16回 明日の言動予報(2011/03/12)
≪ 第17回 アウトソーシング・センサー(2011/04/09)
≪ 第18回 コントローラー化する、携帯デバイス(2011/05/21)

Comment(0)

コメント

コメントを投稿する