介護の負担を軽減するには。排便に1点集中の、介護テックを急げ。(前) ~続・ライル島の彼方(n)~
介護者、とくに在宅介護者にとって、最難関の作業は、排せつ介助だ。
まず、排尿の介助。
高齢になると、変形性膝関節症、ベーカー嚢腫を患う人が増える。膝が痛くて歩きっづらい。這ってトイレにたどり着ける人でも、段差があれば危険だ。転倒による骨折のリスクは避けたい。
バリアフリー化に助成する自治体は多く、持ち家であれば工事は可能。その場合、車いすに移乗させてトイレまで運び、さらにトイレへ移乗することになる。
筆者のケースのように、呼び寄せ介護の賃貸住まいでは工事ができないから、ポータブルトイレが選択肢になる。ベッドサイドに設置し、自力で移ることができるなら、見守るだけでよい。だが、筋力が衰えてくると、都度、介添えする必要が生じる。
移乗の介助は力仕事だ。それ相応のマンパワーが必要になる。
その介助を、一日に何度も行うことになる。排尿回数は、起きている間に5回、夜間は1回程度と言われている。個体差は大きく、膀胱炎の既往のある女性は、トイレが近い。
筆者の親の場合、1週間ほど記録してみたところ、平均で一日約20回だった。このうち6~7回は夜間だ。介助して排尿を済ませ、1~2分でポータブルトイレのバケツを洗ってセットするや、再び尿意を訴えるので、移乗させる。これを数回繰り返すと、介護者は完全に目が覚めてしまい眠れなくなる。そうでなくとも、親の要請で、夜間も電灯をつけたまま、三つ折りフォールディングベッドに着衣のまま横たわるだけ。睡眠負債の蓄積が加速する。
そのようなわけで、昨年春に膀胱炎で入院したのをきっかけに、バルーン(留置カテーテル)装着となった。
毎朝、尿量をチェックして記録し、パック内の尿を廃棄するだけ。ワンオペでは、やむをえない選択だ。
もっとも、本人はバルーンなど望んでいない。
採尿パックへの高低差を確保するために、慣れた布団ではなく、介護ベッドでの生活となった。体から伸びるチューブは1メートル程度で、可動範囲はベッドの上だけ。「これでは、身体がだめになる、動けなくなってしまう」と、本人は危機感を募らせている。実際、少しずつ脚の筋力が衰えていく。
スマホを使っての情報収集やコミュニケーションができない超高齢者にとって、ベッド上での生活は、感覚遮断に近い状態だ。ロケーションの良い場所ならまだしも、居室の窓から見えるのはビルだけ。さらに香害のため、窓を開けられる時間すら限られる。これでは光も風も草木の香りも感じられない。そのうえ今年になってからというもの、抗菌系洗剤の移香力が非常に強くなり、ノンユーザーであっても出先での移香を持ち込むので、来訪者との会話を増やすこともできない。
さらに、2週間~数週間に一度のバルーン交換が苦痛ときている。皮膚が擦れるため、痛いと叫んでのたうちまわる。これにより装着がさらに困難になる。額に汗して格闘する看護師に、親は恨みの眼を向ける。
これでストレスが蓄積しないはずがない。メンタルに影響して、せん妄が長期化する。
そこで、以前から試す予定だった最新の採尿装置について、福祉機器業者に問い合わせてみた。ところが、現在問題が生じて解決中だというのだ。
介護福祉機器には、開発中断や実用化中止となるものが、何割かある。商品化されても、このように、使用困難となるものもある。
トイレに辿り着く脚力がないだけなら、サイバーダイン社のロボットスーツが安価にリース可能となれば、使えるようにおもうかもしれない。本人にとっては良い選択肢となるだろう。だが、自分で着脱できるのでなければ、介護者の労力が軽減することはない。
次に、排便の介助。
この5年間、ポータブルトイレを利用している。この1年で、要介護2から要介護4になったが、まだポータブルトイレを使うことができている。ショートステイ先では、職員二人で移乗させているところを、筆者ひとりで頑張っている。
ただ、排便コントロールは難しくなりつつある。便意の訴えがあり、トイレに座ったものの不発で、ベッドに戻し、パジャマを直す。時折、その数分後に再び訴えがあり、これが5~6回繰り返されることもある。
これは介護者の精神力では解決できない問題だ。火事場の馬鹿力(筋力のリミッターを意図的に外すこと)は、一度の火事に発揮される力であって、ニンゲンの身体は連続放火に対応できる作りにはなっていない。何度も繰り返すうち、支える力が弱くなる。転倒や怪我の危険性が高まってしまう。
さらに難しいのは、腹を下した場合だ。食事と便秘薬(マグミット)の扱いには慎重を期しており、ごく稀ではある。この1年間で、3回だけ、困った事態に陥った。
洗濯は最小限で済むようにしている。ベッドにはレンタルの床ずれ防止マット、その上に,防水シーツ、さらに、ベッドの下1/3にはゴミ袋を切って養生テープで留め、その上にキルトパッドを重ねている。汚れはゴミ袋で止まるので、洗濯するのはキルトパッドとパジャマだけ。
しかしながら、パッドを交換するために、ベッドから、一時的にポータブルトイレに移動してもらわなければならない。また、自宅での入浴は(浴槽が深く)不可能であるため、湯で何度も清拭をして、衛生的に保つ必要がある。これを一人で完結するのは、重労働だ。
それでも、筆者の親の場合、手を拭いてほしい、洗ってほしい、という依頼を理解するし、ズボンをはきかえるにあたっては、筆者が何も言わずとも、自ら足を浮かせて協力する。何より、膝関節症のために屋内を徘徊することがない。せん妄などの認知症状は強く、医療関係者からは認知症だとおもわれているが、認知症ではないので(別記事で説明)、何とかなっている。
これが足腰の達者な認知症の高齢者の場合は、自分で片付けようとして、部屋中に被害を拡大することになる。介護者の負担は計り知れない。重労働であるし、繰り返されるとメンタルを削がれるだろう。
このようなことから、介護で最も気力体力を要する作業は、排便の介助だと考える。
この作業を機械化することが、介護負担の大幅な軽減につながることはいうまでもない。
国も自治体も助成をして、介護機器の開発を推進している。
しかしながら、生体が相手。しかもユーザーの意見を吸い上げること自体が難しい。技術開発は容易ではない。
そのうえさまざまなテーマへの少額の助成では、小さな問題の解決には有効だが、大きな問題についての画期的な成果は見込みにくい。
そこで筆者は、予算の1点集中投下を提案したい。もちろんテーマは、排便介助機器だ。
排便介助機器を期待するのは、わが国の介護者だけではないだろう。栄養状態が良くなり、室温をコントロールできるようになれば、高齢化が進む。その一方で、環境汚染から内分泌かく乱ホルモンの影響などで少子化が進む。少子高齢化する国は増えていく。
技術を確立し、製品とノウハウを輸出すれば、開発費を回収できるものと考える。画期的な製品化が実現すれば、収益化も視野に入る。輸出先にとっても、有益な製品と情報を得られるのだから、Win Win の関係になれるのではないか。もちろんトイレ文化は異なるから、各国の文化や習慣に合わせてカスタマイズする必要があることはいうまでもない。
企業の介護休暇制度の充実は望ましい。しかしながら、介護は何年も続く。ビジネスケアラーが増え、介護離職者は年間11万人とも言われる現在、作業を代替したり効率化する、介護テックを、強力に推進する必要がある。
後編「親から聞いた、戦前の排せつ介助方法。排せつ介助機器の提案」に続く(6月上旬公開予定)
タイトルイラストは、Adobe Fireflyで描いています。掲載済みのイラストは、こちら