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Windows Phone 7.5 に見る「ヒトとコミュニケーションの形」

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この記事は、メルマガ「デジタル・クリエイターズ」(8月29日配信分)からの転載です。

ヒト中心の UI、「People hub」

8月25日、Windows Phone OS 7.5 搭載のスマートフォン「IS12T」が、auから発売されました。
スマホとしては後発ですが、ソーシャルメディアが充実してきた段階での登場です。
特筆すべきは、優れたコミュニケーション機能「People hub」。
ユーザーは、コミュニケーション相手の「ヒト」を選んだ後、メールや各種ソーシャルメディアといったコミュニケーションの「方法」を選択できます。

まだ実機をお持ちでない方は、ぜひ「この動画」をご覧ください。

Windows Phone のUIは、まさに「ヒト」ありきです。この UI を木で表現するなら、最上位にあるのは「ヒト」であり、コミュニケーション方法や、ヒトをカテゴライズするグループではありません。それは、「人間とは何か」―――といっても、存在そのものではなく、データ・デザインにおける、この社会での「一意なもの」の定義―――を問いかけます。

「People hub」は、操作性の改善にとどまらない、革新的なコンセプトであるといえるでしょう。

「ヒトのプロパティ」が変わっても、「ヒト」は変わらない

「ヒト」という単位が明確に打ち出されたことには大きな意味があります。データ・デザインにおいて、「ヒトのプロパティ」が変わっても同じ「ヒト」であるという、社会的な承認が得られるからです。

その昔、リアルなコミュニケーションが主流であった時代には、我々は、相手と会うやいなや、おおよその年齢や性別などにより、相手をカテゴライズしていました。また、訪問してのプレゼンのように事前に勤務先や所属などの情報が得られると、カテゴライズしたうえで、相手に接していました。自分なりのフィルターを通して、相手を分類していたのです。

ともすれば我々は、勤務先・学歴・性別・年齢、あるいはビジュアル、といった「ヒトのプロパティ(個人情報や、外見や所作から受け取る印象)」を、「ヒト」の存在そのものよりも重視しがちです。

しかしながら、ネット上では、そのような「ヒトのプロパティ」を知らないまま、交流を深めることが珍しくありません。筆者自身、面識のない編集者さんたちと多数の書籍や記事を送りだしてきていますし、ソーシャルメディアでつながっている友人のうち、面識のある人はごく一部です。このようなことは、昨今では、珍しくありません。ハンドルネームしか知らない友人の数が、交換した名刺の数を上回っている人も多いでしょう。

我々は、相手のプロパティを知らなくても、つながることができます。
もはや「ヒト」と「ヒトのプロパティ」のプライオリティは逆転したといっていいでしょう。「ヒトのプロパティ」は「ヒト」に従属する属性でしかありません。そして、「ヒトのプロパティ」が変わったからといって、我々は「ヒト」まで変わったとは思いませんし、同じ「ヒト」として交流を続けるでしょう。

たとえば、結婚や離別、あるいは未成年の場合は親の再婚により姓が変わっても、ヒトに従属する「姓」という情報が変わるだけで、ヒトそのものが変わるわけではありません。性別も、ヒトに従属する情報にすぎません。性別が変わったとしても、単に性別というプロパティの値が変わるだけで、「ヒト」に変わりはありません。定年退職しても、移転しても、結婚して別世帯を築いても、ヒトそのものは変わりません。勤務先や居住地や世帯は、ヒトに従属する情報にすぎません。

リアル社会では、ビジネスとプライベートの境界がいっそう薄れ、ソーシャルメディアにおいても、社員と個人の立場は混在しつつあります。節電対策の在宅勤務が拍車をかけているのかもしれません。しかし、立場というプロパティに関わらず、同じ「ヒト」であることに変わりはありません。

一意な「ヒト」であるためには、「つながる」他者が必要

我々は、ひとつの単位の「ヒト」であると認められるために、「私は私である」と主張するだけでなく、一人以上の他者と「つながり」、他者から認められる必要があります。

荒唐無稽な話ではありますが、地球上の全員がスマホを持っている状況を想像してみてください。そのような社会で、今ここにいる自分の存在を叫ぶだけで、コミュニケーション相手が一人もいなかったり、あるいは相手がいても生涯一度も接続しなかったとしたら、そのヒトは、社会的に「一意なもの」と見なされるでしょうか。

これは、「観測者のいない作品は、芸術かどうか?」という問題に似ています。島流しにあった世阿弥の雪の中でのただ一人の舞、ヘンリ・ミラーの小説の中で語られる密室のバイオリニストと同じ問題です。芸術ではあるが、芸術とは認められない―――、一意な存在ではあるが、社会的には一意な存在とは認められない、ということになるのではないでしょうか。

既に、ユーザー認証において、携帯電話の所有の事実を、ユーザーが一意な存在であることの判断材料としているサービスがあります。これは10年前には考えられなかったことです。「スマホ、あるいは、ポスト・スマホによって、コミュニケーション相手と、すくなくとも一度は双方向に通信を行った事実」を、一意な「ヒト」であることの簡易証明とする方法は、デファクト・スタンダードとなるかもしれません。

スマホ時代以降の「ヒト」とは、「私が認識する『私』」ではなく、相対的な関係のなかで「(法人の担当者を含む)他者が観測可能な個体、形を識別できる『ひとつの物体』、まとまりのある分子たち」といえるかもしれません。それは、輪郭の曖昧な「人」という言葉が冠詞なしで通用する日本語とは異なり、名詞に可算あるいは不可算の定義付けがなされる英語圏の捉え方なのかもしれません。

自他の認識が異なる場合、たとえば、ヒトの一部が物理的に変更され、ユーザーが自身の連続性を認識していなくても、あるいは、センサの進化によりヒトの思考と外部との境界が薄れたとしても、他者が一意であると見なすならば、一意であるということになるでしょう。いずれくる「存在のデバイス化」時代に向け、「ヒト」という単位が明確に打ち出されたことは、データ・デザインにおける、ひとつの指針となります。

プロパティなき「つながり」が、コミュニケーションのスタイルを変える

一意な「ヒト」であるために他者とつながることが必要となれば、コミュニケーションのスタイルは変わります。

いま我が国では、単身世帯が増えています。
高齢化が進み、限界集落も目立ちます。
隣近所もすべて高齢者となれば、「つながり」の事実を作るには、遠い親戚よりも、近くの他人よりも、距離を問わない友情でしょう。10年20年経ち、IT機器を使いきなす高齢者が増えれば、リアル訪問よりも、通信によるコミュニケーションが、無縁社会での存在証明の切り札となります。

また、いまだ終息しない福島原発震災の余波で、子どもたちのために海外移住を考える人々も出始めています。
もっとも、地球環境は変わり続けており、日本の安全な場所に、海外の人々を迎えることも考えられるかもしれません。
世界中の若い人たちは、生き残らなければなりません。これは比喩ではなく、文字通りの意味です。安全な場所で、糧を得て、生きながらえなければなりません。

故郷を離れて生きていくためには、つながるきっかけを作る力、つながりを維持する努力が必要です。若い人々は、互いの一意性を保証し合い、万が一困った時には損得抜きで寝食を提供し合える友を世界中に持たなければなりません。そして、一度築いたつながりを絶やさないように、常日ごろからコミュニケーションをはかる地道な努力を続けるべきです。

天災が発生する度、ハンドルネーム以外の情報を知らない友人たちの身の安全をソーシャルメディアで気づかう人々が多数います。
東日本大震災から半年近く経ち、TVでの報道が少なくなっても、互いにハンドルネームしか知らない人々がなお、支援情報を共有、拡散しようとしています。
ヒトのプロパティとは無関係に、この社会での一意な者同士が、その存在を尊重し合い、つながろうとしています。

ソーシャルメディア離れもささやかれ始めてはいますが、それは、ユーザーが、点在する大量の情報の巡回と、さほど深くはない儀礼上の付き合いに多大な時間を費やし、浅い情報、浅い友情に、疲弊しているからではないでしょうか。
友人の数は多い方がいいとしても、コミュニケーションの密度も重要です。これから先、ソーシャルメディアで表示される我々の個人情報には、友人の数だけではなく、コミュニケーションの拡がりと深度を表す情報も必要とされるようになるでしょう。

そして、近い将来、世界各地に(宇宙も含めて)、点在する一意な存在たちの新たな共同体が雨後のタケノコのように顔を出し、それらはレイヤーのように重なり、相互に緩く結びつき、物理的な境界を超えるものとなっていくでしょう。

筆者は、昨日発売されたばかりの「IS12T」を購入しました。充電しながら、この原稿を書いています。さらに使ってみれば、多くの新しい発見があるに違いありません。
蝉しぐれも終わり、虫の音が響き始めた夜長、「People hub」を使い、「ヒトとコミュニケーションの形」について、思いめぐらしてみるのも一興ではないでしょうか。

※本稿は、XMLおよびポストXMLのデータベース設計をテーマとする連載 「データ・デザインの地平」 (月1回、基本第3月曜配信)の一記事です。記事内で言う「一意なもの」とは、ヒトの情報を記録したデータベースにおける、ルート要素あるいは主キーに対応するユニークな存在のことです。

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