IoTトラフィック2035--IoTデータの過半は自動車から生まれる
英国の調査会社Omdiaは2026年4月28日、世界のセルラーIoTデータトラフィックが2035年に218.6エクサバイト(EB)に達するとの予測を発表しました。
New Omdia research states that cellular IoT data traffic will reach 218.6 exabytes by 2035
データを分析し、業務効率化や新規収益機会へと結び付けたいという企業側の需要が、この拡大を支えているといいます。中心となるのは自動車セクターであり、インフォテインメントや無線経由のファームウェア更新が牽引役として挙げられています。一方で、アジア太平洋地域が世界の半分超のトラフィックを生む地域構造や、エージェンティックAIによるマシン間通信の増加など、新たな力学も動き始めています。
今回は、Omdia予測が示す市場規模の輪郭、自動車セクターを軸とした構造変化や地域別の重心の動き、そして、今後の展望について取り上げたいと思います。
Omdia予測──218.6EBへ向かう成長カーブ
Omdiaが2026年4月28日に公表した調査「Cellular IoT Data Traffic from Cloud to Edge - 2026 Analysis」は、セルラーIoT接続から生成されるデータトラフィックが2035年に218.6EBへ達すると予想しています。同社IoT担当シニアアナリストのAlexander Thompson氏は、スマート機能を備えた車両の増加、特にインフォテインメントの普及が、この10年間のトラフィック拡大を支えるとしています。
ここで重要となるのは、総量の増加が接続数の増加だけに依拠するものではなく、一接続あたりが生み出すデータ量の質的変化に裏打ちされている点です。映像と音声を中心とした帯域を要するユースケースが主流となり、メッセージング型・テレメトリ型のIoTから映像伝送型のIoTへと比重が移っていく構図が描かれています。
この移行は、通信事業者の収益モデル、半導体ベンダーの製品設計、車載・産業機器メーカーの開発スケジュールにまで波及する論点となります。単純な数値の伸びではなく、IoTという領域そのものの技術的中身が組み替わっていく過程として捉える必要があります。

自動車セクターが牽引する135.4EBという内訳
Omdia予測の中核を担うのが自動車セクターです。同セクターのトラフィックは2025年の30.7EBから2035年の135.4EBへと拡大し、全体の6割超を担う見通しです。背景には、新車に標準搭載されるインフォテインメントシステムの広がり、動画・音声配信に対する消費者利用の拡大、そして高帯域を支える5Gの実装が、同時並行で進む状況があります。
ファームウェアの無線更新(OTA)も常時通信を前提とする領域となっており、車両は出荷後も通信網を介して機能を追加・修正する製品へと位置付けが移っています。これにより、自動車メーカーは通信費用と通信品質の責任を抱え込む形となり、通信事業者と長期契約を結ぶ動きが各国で広がっているといいます。
一方、5Gの普及度合いには地域差があり、米国・欧州・日本・韓国で進む一方、新興国では4G中心の運用が継続する状況です。同じ「コネクテッドカー」でも提供できるサービス品質が地域によって差を持つ構造となるため、メーカー側はモデル別・地域別の通信プロファイル設計が求められています。

物流・運輸に続く新領域と摩擦の所在
Omdiaは自動車に次ぐ第二の柱として運輸・物流(Transport & Logistics)を挙げています。これら以外のセクター合計でも全体の29%未満にとどまるとされ、トラフィックの偏在は今後10年でさらに進むと予想されます。
物流分野で通信トラフィックが伸びる要因は、車両追跡やコールドチェーン管理に加え、自律走行配送ロボット、ドローン配送、倉庫内マテリアルハンドリング機器など、映像と位置情報を併用するユースケースの広がりです。これらはモビリティを伴うため、固定回線では代替できず、セルラー回線への依存度が高まっています。
ここには摩擦も生じます。物流事業者の利益率は薄く、通信費の上昇は荷主への転嫁か事業者の負担増のいずれかを迫ります。低価格帯のNB-IoT・LTE-Mでカバーできる範囲と、5Gが必要となる範囲の切り分けが、現場での具体的な交渉材料となっているといいます。通信事業者側もボリューム値引きや業種別パッケージで応じる動きを見せており、価格設計が次の競争軸となりつつあります。
アジア太平洋が握る50.6%──地域構造の含意
OmdiaはAsia & Oceania地域が2025年時点で世界のセルラーIoTデータトラフィックの50.6%を占めると示しています。早期の技術導入と、街頭・施設・車両に大量設置された監視カメラの存在が、この地域シェアの背景にあるといいます。
シェアの大きさは技術導入の速さだけで説明されるものではない、と考えられます。中国における産業政策、日本・韓国の通信インフラ整備、東南アジアの都市化と物流網の拡張など、複数の制度・市場要因が同時進行で作用しています。さらに、5G SAネットワークの商用化スケジュールでもアジア各国が先行しており、IoT向け帯域の確保が他地域より早く進んでいる状況です。
このことは、通信機器・IoTモジュールメーカー、ソフトウェアベンダー、データプラットフォーム事業者にとって、アジア市場での存在感が将来の競争力を決める要因となることを示しています。欧米市場で築いた地位だけではIoTデータ経済の主流から外れる懸念があり、グローバル戦略の重心配分を見直す必要が生じています。
リモートビジョンとエージェンティックAIが押し上げる需要
Omdiaのプラクティスリードを務めるAndrew Brown氏は、自動車・物流に加え、リモートビジョンとエージェンティックAIという二つの潮流が新たなトラフィック需要を生んでいると述べています。リモートビジョンは、配送ロボットや産業機械にカメラを搭載し、遠隔地から映像で監視・操作する用途を指します。エージェンティックAIは、自律的に判断し行動するソフトウェアエージェントが、機器間で直接通信しタスクを完結させる構造を生みます。
両者に共通するのは、人が逐次関与しないマシン・ツー・マシンの連続通信が常態化する点です。従来の人間主導のIoTでは想定されなかったピアツーピア型のマシントラフィックが急増し、エッジ側での処理能力と低遅延伝送への要求が同時に高まっています。
この需要は、通信事業者に対しトラフィック量の増加と、エッジコンピューティング基盤への投資判断という二つの論点を同時に提示します。中央クラウドへ全データを送るモデルでは経済性が成立しにくく、地域分散型のエッジ処理拠点の配置が次の論点となっているといいます。
通信事業者と企業の選択──データ経済の輪郭
218.6EBという数値は、通信事業者にとって新規収益機会となる一方、ネットワーク投資の負荷増加を伴います。トラフィック単価の下落圧力が継続する中で、量だけでは収益を確保しにくく、業種別ソリューション、エッジ処理、データプラットフォーム提供など、付加価値型の事業構造への移行が求められています。
企業側にとっては、収集したデータを業務効率化と新規収益にどう結び付けるかが論点となります。Omdia自身も、データ分析に対する需要拡大を市場成長の根本要因として挙げています。製造業の予知保全、小売業の店舗運営最適化、保険業のテレマティクス料率設計など、データ取得が業務プロセスに組み込まれる例は増えています。
ここで生じる摩擦が、データの所有権と利用範囲をめぐる議論です。車両データを誰が握るか、製造機器のテレメトリを誰が分析できるかは、自動車メーカーと部品サプライヤー、機器メーカーと利用企業の間で利害が対立しやすい論点となります。EUのデータ法(Data Act)など制度面の整備も進む中、技術導入と契約・規制対応の両輪を回す体制が必要となります。
今後の展望
2035年に218.6EBへ向かう成長は、直線的な拡大ではなく、自動車と物流という主軸の太さに、リモートビジョンやエージェンティックAIといった新領域が重なることで描かれる立体的な構造として理解されます。今後10年に起きうる変化を見通すうえでは、いくつかの観点を併せて考える必要があります。
制度面では、データ流通やAI実装に関する規律が国・地域ごとに固まり始めており、IoTデータの越境利用や保管要件が事業設計に直接影響します。産業構造では、通信事業者がパイプ提供者からプラットフォーム事業者へと事業モデルを再構築する動きが続くと予想されます。技術導入のタイミングとしては、5G SAとエッジコンピューティングの整備度合いが、新サービスの実装余地に影響してくるでしょう。
【書籍紹介】
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