世界通信サービス市場、2025年に1兆5,510億ドル -- IDCが示す緩やかな成長と次の構造転換
世界の通信サービスおよびペイTVサービス市場が、2025年に1兆5,510億ドル規模に達したと、米IDCが2026年5月11日に公表しました。
前年比2.0%の成長は、地政学リスクやエネルギー価格の高止まり、インフレ圧力という逆風下での結果であり、通信需要の非弾力性をあらためて示すデータとなっています。一方で、EMEAにおける料金制度の在り方、アジア太平洋の市場分化、そして低軌道(LEO)衛星コンステレーションの本格展開は、業界の中期構造に静かな変化をもたらすと考えられます。
今回は、地域別の成長格差、衛星ブロードバンドが描く新たな競争構造や事業者の投資判断、そして、今後の展望について取り上げたいと思います。
1兆5,510億ドル市場が示す需要の非弾力性
IDCの「Worldwide Semiannual Telecom Services Tracker」によると、2025年の世界の通信サービスおよびペイTVサービスへの支出は1兆5,510億ドルに達し、前年比2.0%の成長を記録したとしています。さらに2026年には1.8%増の1兆5,800億ドルに拡大すると予想されます。マクロ経済の不確実性、東欧・中東の地政学的緊張、地域間の不均衡な成長といった環境のなかで、業界は緩やかな上昇基調を維持しています。
この背景には、通信サービスが個人と企業の双方にとって不可欠な社会インフラとして定着し、景気後退局面でも需要が大きく崩れにくい構造があると考えられます。同時に、緩やかな成長率は、通信事業者にとってトップライン成長だけでは投資原資を確保しづらい状況を示しています。料金改定、コスト構造の再設計、新規収益源の確保が、各社の経営課題として連動しはじめている状況です。
EMEAを押し上げたCPI連動料金という制度設計
地域別では、EMEAが3.0%成長と最も高い伸び率を示しました。2024年の4,760億ドルから2025年には4,910億ドルへ拡大した背景には、消費者物価指数(CPI)連動型の料金改定を許容する規制環境が存在します。インフレ圧力をそのまま売上に反映できる仕組みは、欧州の通信事業者にとって安定したキャッシュフロー創出の柱となっています。
その一方で、市場ではユーザー側の負担増、規制当局による消費者保護の議論、競争事業者間の価格戦略の調整など、さまざまな摩擦が同時進行している状況です。代替策として、データ容量や付加サービスを組み合わせたバンドル料金、長期契約割引、企業向けプライベートネットワークの強化など、価格以外の差別化要素を組み合わせる動きも広がっています。日本や米国の事業者にとっても、料金改定の制度的余地をどう設計するかが、中期収益基盤を支える論点として重要となります。
アジア太平洋の市場分化 -- インドの加速と中国・日本の停滞
アジア太平洋は1.4%成長と、3地域のなかで最も伸び率が低い結果となりました。インドではモバイル契約数の増加、ARPU改善、5Gネットワークの全国展開が成長を牽引しています。これに対して、中国市場は契約者数の頭打ちと国営事業者間の競争激化により縮小局面に入り、日本市場はほぼ横ばいで推移しているといいます。同じ地域内でも、人口動態、規制設計、市場成熟度の違いが成長率の格差として現れています。
日本市場が停滞している背景には、人口減少、料金競争の激化、政府主導の通信料金引き下げ政策の余波、固定通信からモバイル・OTTへの収益シフトといった構造要因が複合的に作用していると考えられます。事業者は国内の量的拡大に頼らず、法人向けDX、データセンター連携、エッジコンピューティング、海外展開といった非通信領域への踏み込みを通じて成長軌道を描き直す動きが求められています。

地政学リスクが圧迫する投資余力と運用コスト
東欧と中東で続く紛争は、原油価格を高止まりさせ、通信事業者のエネルギーコストを押し上げると予想されています。基地局、データセンター、ネットワーク機器の運用には大量の電力が必要となるため、燃料・電力価格の高騰はそのまま営業利益率の圧縮要因となります。さらにインフレはネットワークハードウェアの調達コストや工事・保守の人件費にも波及し、事業者はインフラ投資計画の延期・縮小を検討する局面に入っています。
市場では、コスト構造の改善策としてネットワーク共用、AIによる運用自動化、再生可能エネルギー調達、設備のソフトウェア化(Open RAN等)といった代替アプローチが議論されています。地政学リスクが緩和し、エネルギー市場が正常化する時期は依然として見通しにくく、各社の中期計画にはシナリオ分析と機動的な投資配分が求められています。短期の逆風が長期化する前提に立った計画設計こそが、財務体質の差を生む要素となるでしょう。
LEO衛星とDirect-to-Deviceが描く競争構造の再編
中期的な成長の触媒として位置づけられているのが、低軌道(LEO)衛星コンステレーションの本格展開です。IDCは、衛星ブロードバンドが未整備地域への通信普及と、バリューチェーン全体の競争構造の組み替えに寄与すると示しています。なかでもDirect-to-Device(D2D)サービスは、衛星から端末への直接接続を可能にする技術として、地上網と衛星網のハイブリッドアーキテクチャの採用を移動体事業者に促す存在となります。
事業者にとっては、自社の地上網を維持しながら、衛星事業者との接続契約、料金分配、サービス品質管理の枠組みを再設計する作業が必要となります。同時に、衛星インフラ事業者、端末メーカー、半導体ベンダーには新たな成長機会が生まれます。2020年代末には、LEOブロードバンドが通信サービス全体の収益に占める比率がさらに拡大すると想定されており、業界の競争マップは静かに塗り替わりつつある状況です。地上網中心の事業設計を前提としてきた既存事業者には、提携・買収・接続規律の設計を含めた戦略的な意思決定が求められています。

今後の展望
世界の通信サービス市場は、地政学リスクとエネルギー価格の高止まり、インフレという短期的な逆風と、LEO衛星・D2Dという中期的な構造変化が併存する局面に入っています。1.8%前後の緩やかな成長予測の裏側で、収益構造、技術アーキテクチャ、規制設計のいずれにおいても、業界はこれまでとは異なる前提に立つことが期待されます。
通信事業者にとっては、地上網中心の発想から、地上・衛星・エッジを統合した「マルチレイヤー接続」の事業者へと位置づけを再定義する作業が求められています。日本の事業者にも、海外パートナーとの提携、衛星事業者との接続スキーム、料金制度の柔軟化、エネルギー調達戦略の見直しなど、複数の論点を同時に進める動きが期待されます。
