ガートナー2026年CMO調査──マーケティングAI投資15.3%、成熟度は30%にとどまる
ガートナーは2026年5月11日、ロンドンで開催中のGartner Marketing Symposium/Xpoにおいて、最高マーケティング責任者(CMO)を対象とした年次調査「2026 CMO Spend Survey」の結果を公表しました。
北米、英国、欧州の401名のCMOおよびマーケティングリーダーが回答し、その多くは年間売上10億ドル超の大企業に属しています。調査では、マーケティング予算のうち平均15.3%がAIに振り向けられている一方、AI活用を本格的に拡張できる成熟度を備えた組織は30%にとどまる状況が示されました。投資先行と組織体制の遅れというギャップが、2026年のマーケティング戦略を規定する論点となっています。
今回は、AI投資と組織成熟度の乖離、予算制約下での優先順位の組み替えやデータ基盤・統治・人材の整備、そして、今後の展望について取り上げたいと思います。

AI投資15.3%が示すマーケティング予算の現在地
ガートナーの2026年CMO Spend Surveyは、1月から3月にかけて401名のCMOとマーケティングリーダーから回答を得たもので、回答者の多くは年間売上10億ドルを超える企業に所属しています。調査の中心となるのが、マーケティング予算におけるAI投資比率で、平均は15.3%という結果が示されました。残りの予算でブランディングや既存チャネル運用を維持しながら、限られた財源の中でAIへの再配分を進めている構図と考えられます。
背景にあるのは、生成AIの実装が個別ツール導入の段階から、データ基盤やワークフローの再設計を伴う組織変革のフェーズに移っている状況です。広告制作、コンテンツ生成、顧客分析、リード管理など、AIの適用領域はマーケティング機能の広範囲に及び、投資判断はキャンペーン単位ではなく組織全体の運用設計と切り離せなくなりました。
ガートナーのEwan McIntyre氏は、CMOがAIを成長・効率化・変革の増幅装置として認識している一方、その価値を獲得する体制が整っている組織は多くないと指摘しています。投資先行と組織未成熟という構図が、2026年のCMOにとっての最初の論点となります。

AI成熟度の格差と「リーダー組」の輪郭
調査では、70%のCMOが「AIリーダーになる」ことを2026年の重要目標に挙げています。一方で、AI実装を本格的に拡張できる成熟度を備えた組織は30%にとどまり、70%が内部プロセスが追いついていないと回答しました。野心と実装能力の乖離がデータとして示されたかたちです。
成熟度の高い組織はマーケティング予算の21.3%をAIに配分しており、調査平均の15.3%を上回ります。さらにマーケティング予算自体も売上比8.9%と、調査平均の7.8%を超えており、投資余力と成熟度が連動している様子が確認できます。
この差は、ツール導入の早さではなく、データ基盤、ガバナンス、運用プロセス、人材育成といった土台の整備度に起因していると考えられます。同じ予算規模でも、データ整備が遅れている組織ではAI投資が成果に結びつかず、再投資の判断が鈍る循環に入る懸念が指摘されています。AI成熟度が、マーケティング組織の競争力を測る新しい指標として位置づけられつつあります。

予算横ばい下で求められる支出の組み替え
マーケティング予算は売上比7.8%と、前年の7.7%からほぼ横ばいで推移しています。一方で、CMOには成長、効率化、AI変革の三つを同時に実現することが求められており、56%が「2026年戦略を実現する予算が不足している」、54%が「リソースが不足している」と回答しています。
財源拡大が見込めない中で、CMOは支出の中身を組み替える判断を迫られています。既存チャネルへの投資を縮小し、AIを軸とした顧客接点設計や自動化基盤へと再配分する動きが広がっています。広告代理店や制作会社への外部委託費の見直し、ロイヤルティプログラムの統合、マーケティングオペレーション人員の役割再定義など、コスト削減と機能再構築を同時に進める事例が増えています。
財務的制約が、AI投資を「追加コスト」ではなく「既存コストの置き換え」として位置づけ直す力学を働かせている状況です。CMOにとっての論点は、AIに何を投じるかよりも、どの既存活動を縮小して原資を生み出すか、という意思決定の精度に移りつつあります。
データ基盤・統治・人材という三つの土台
McIntyre氏は、CMOがAIツールへの投資をデータ基盤、プロセス、ガバナンス、人材の整備よりも先行させてしまうリスクを抱えていると指摘しています。AIモデルの精度は学習に用いるデータの質に依存するため、顧客データプラットフォーム(CDP)の統合や、サイロ化されたデータの整理が前提条件となります。
ガバナンスの面では、生成AIによるコンテンツ制作におけるブランド整合性、知的財産権の取扱い、個人情報保護法制への対応など、各国規制の動向に応じた運用ルールの整備が求められています。EUのAI法、米国各州のプライバシー法制、日本の個人情報保護法ガイドラインなど、規制環境の差異が国際展開する企業の運用設計を複雑にしています。
人材面では、データサイエンティスト、AIエンジニア、プロンプト設計者など新しい職種への需要が高まる一方、既存マーケティング人材のリスキリングも並行して進める必要があります。三つの土台のいずれかが欠ければAI投資は成果につながらないという構造が、調査結果から読み取れる論点として挙げられています。
競争構造の再編と日本企業に問われる論点
成熟組織と平均値の格差は、マーケティング機能における競争構造そのものを再編する力を持ちます。AI実装が進んだ企業は、顧客理解の解像度、コンテンツ生成の速度、キャンペーン最適化のサイクルを短縮し、同じ予算でより多くの成果を生み出す態勢を整えつつあります。
日本企業の文脈で考えると、マーケティング予算の売上比は欧米平均と比較して低い水準にとどまるケースが多く、AIへの再配分余地も限定的になりがちです。さらに、データのサイロ化、部門間の所管調整、外部委託への依存度の高さといった構造的な特徴が、AI実装の足かせとなる場面もみられます。
一方で、製造業や金融業を中心にデータ統合の取り組みを進めてきた企業群では、顧客接点でのAI活用を競争優位として位置づける動きが広がっています。マーケティングAI投資は、CMO単独の判断ではなく、CIO、CDO、CFOとの連携の質が成果を決める領域に入ってきました。経営層全体でAI投資の優先順位を共有できる体制の有無が、次の競争局面を分ける論点として位置づけられます。
今後の展望
ガートナーの調査が示すのは、AI投資の絶対額ではなく、組織成熟度との組み合わせが成果を決める段階に入ったという構造です。今後数年で、マーケティング予算におけるAI比率は20%前後まで上昇すると予想されます。一方で、データ統治、人材、運用プロセスといった土台の整備が伴わない投資は、成果を出せず再投資判断を停滞させる循環に陥る懸念があります。
制度面では、EUのAI法をはじめとする規制の本格運用が2026年以降に集中し、AI活用におけるリスク管理の標準化が求められる状況です。産業構造の面では、広告代理店、マーケティングテクノロジー企業、データ分析ベンダーの再編が加速し、CMOにとっての調達戦略も見直しが必要となります。
日本企業に求められるのは、AIツール導入の前にデータ基盤と意思決定プロセスを整える順序の徹底です。CMOがCIO、CDO、CFOと一体で動ける統合的な体制が、次の競争力の源泉として位置づけられるでしょう。
【書籍紹介】
AI時代のCxO論: CFO・CMO・CDAO・CHROはAIにどう備えるか
