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AIスーパーサイクルは本当に到来するのか、エージェンティック・バイヤーの台頭、LLMを超える多モデル・多エージェント時代に

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米調査会社IDCは2026年4月9日、米ボストンで開催した旗艦イベント「Directions 2026」において、AIが世界経済と企業の意思決定を再構築する過程を示す複数の研究成果を公表しました。

IDC Highlights New AI Research at Directions 2026 on Economic Impact, Agentic Buyers, and the Rise of AI Agents

同社は2031年までにAIが累計22.5兆ドルの経済価値を生み出すと予想しており、インフラ構築から企業実装へと市場が移行する局面にあるとしています。一方で、実装段階まで進んでいる組織は限られ、ROI測定に苦戦する企業が4割を超える状況です。投資が先行する一方で価値の顕在化が追いついていない現実をどう読み解くかが問われています。

今回は、AI経済のスケール感、購買行動のエージェント化やソフトウェア事業モデルの再編、そして、今後の展望について取り上げたいと思います。

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22.5兆ドルという数字の読み方

IDCの発表によると、AIが2031年までに生み出す累計経済価値は22.5兆ドルに達すると予想されています。生産性向上、新たな収益モデル、事業変革の三つが主な源泉として挙げられています。ただしこの数字は直線的に積み上がるものではなく、実現のタイミングは各組織が実験段階から運用段階へどれだけ早く移行できるかに依存するとしています。

背景には、AI投資構造の二段階化があります。IDCのMeredith Whalen氏は「過去30年で最も力のある技術支出サイクルの入口にいる」と述べる一方、価値の源泉は構築ではなく実装にあると指摘しています。半導体、データセンター、ソブリンAIなどインフラ投資は先行して加速していますが、企業内での業務実装は緒に就いたばかりの状況です。

現場では、AIの試行錯誤が続く一方で、事業部門との連携、人材再教育、ワークフローの再設計といった運用面の課題が表面化しています。中東情勢に伴うエネルギー価格や供給網の不安定化もコスト構造に影響を及ぼす可能性が考えられます。市場の軌道そのものは維持されると予想されていますが、投資と実装のタイムラグをどう埋めるかが次の論点となります。

エージェンティック・バイヤーの台頭

IDCの研究は、企業の購買プロセスが人間主導のジャーニーからAI仲介型の意思決定システムへ移行していると示しています。情報探索、評価、選定の各段階でエージェントが介在する場面が増え、従来のマーケティング・ファネルの前提が揺らいでいる状況です。

この動きは、ゼロクリック型のエージェント主導の発見、顧客関係に対するブランド統制の低下、そして構造化データとエージェント可視性(AEO:Agent Engine Optimization)の重要性の高まりという三つの変化を伴うと説明されています。検索エンジン最適化(SEO)に続く新たな可視性管理の枠組みが求められています。

現場では、B2Bマーケティング部門がエージェント向けに製品情報を整備し始め、広告投資の比重を見直す動きが広がっています。他方、エージェントが参照する知識ソースや評価基準は各AIベンダーによって異なり、標準化の議論はこれからの状況です。広告、流通、CRMなどの関連産業は、顧客との接点そのものが中間化されるなかで、自らの価値の源泉を再定義する段階に入っています。

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LLMを超える多モデル・多エージェント時代

IDCが公表した研究では、企業AIが汎用LLM中心の段階から、多モデル・多モーダル・多エージェント型の構成へ進化していると示されています。業務ごとに推論性能、コスト、応答速度、セキュリティ要件が異なるため、単一モデル依存から「モデル選択戦略」を採る組織が増えつつあります。

背景にあるのは、モデル供給側の競争激化と推論コストの低下です。クラウド事業者、基盤モデル開発企業、オープンソース・コミュニティからの選択肢が拡大し、企業は用途ごとに複数モデルを組み合わせる自由度を得ました。一方で、モデル選定、ガバナンス、オーケストレーションの負荷は高まり、AIシステム設計は新たな複雑さを抱える状況です。

現場では、モデルごとの出力品質を評価する仕組みづくりや、ハルシネーション対策、プロンプトとデータの管理方針を統合する体制整備が求められています。クラウドベンダーはモデルルーティングやオーケストレーション機能を相次いで提供していますが、機能の標準化は進んでおらず、ロックインへの警戒感も残ります。AIガバナンスと投資判断をどう連動させるかが、次の論点となります。

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エージェントがアプリになる時代

IDCは「Agents as Apps: The Rise of Agents -- A Vendor Business Model Reset」と題する研究を公表し、AIエージェントが企業ソフトウェアと情報サービスの事業モデルを再定義していると分析しています。利用者が操作するツールから、成果を自律的に実行するシステムへと、アプリケーションの概念が移りつつあるとしています。

この転換の背景には、基盤モデルの推論能力向上と、ツール実行機能の成熟があります。エージェントがAPIを呼び出し、複数システムにまたがる作業を完了できるようになったことで、競争の焦点はUI設計から実行の信頼性、性能、経済効率へと移りました。IDCはソフトウェア事業者とサービスプロバイダー向けに、競争力維持のための10の重要な行動指針を挙げています。

現場では、既存のSaaS企業が自社製品をエージェント対応へと再設計する動きが加速する一方、従来型のライセンス課金から成果連動型の料金体系への移行に苦慮する事例が増えています。顧客側も運用の透明性や失敗時の責任範囲を巡って契約見直しを進めている状況です。利用者数ではなく処理件数や成果に基づく新しい価値交換の仕組みをどう構築するかが、次世代ソフトウェア産業の競争軸となります。

ROIから事業価値へ──測定枠組みの再設計

IDCが公表した調査では、42%の組織がAIのROI評価に苦戦していると示されています。投資対効果の可視化が遅れることで、追加投資の意思決定が停滞する事例も増えています。同社はこうした課題に対し、「Agentic Business Value Maximization Framework」を提示し、戦略、ユースケースの優先順位付け、価値マッピング、継続的最適化を通じて、実験から測定可能な成果への移行を支援する枠組みを示しました。

従来のIT投資評価はコスト削減や生産性指標に寄りがちでしたが、AIは業務設計そのものや意思決定の質に影響する性質を持つため、既存の会計フレームに収まりにくい側面があります。作業時間の短縮だけでは、AIが生む新たな収益機会や顧客体験の改善を十分に捉えきれない状況です。

現場では、CFOとCIOの間で評価軸を巡る議論が続いています。欧米の一部企業では、AI投資を個別プロジェクト単位ではなく組織ケイパビリティへの投資として捉え直し、複数年にわたる価値蓄積として整理する動きが見られます。測定の枠組みが再設計されない限り、資本配分は旧来の指標に引き寄せられ、実装のスピードが鈍ると考えられます。

実装の制約と2029年の変局点

IDCは、AI市場が2029年前後に変局点を迎えると予想しています。この時期には、AIが学習中心から推論中心へと比重を移し、エージェント運用規模が数十億単位に達することで、企業業務へのAI組み込みが本格化する段階に入るとしています。合わせて、ロボティクス、衛星技術、AIインフラの追跡プログラムなど、市場動向を把握するためのデータ基盤整備も進んでいる状況です。

背景にあるのは、投資と実装のギャップです。Whalen氏は「機会は明確、しかし制約となるのは実装力である」と述べています。つまり、半導体やデータセンターなど供給側の能力ではなく、企業が業務にAIを組み込むスピードが成長率を決める構図となっています。

現場では、IT部門だけでは進まない組織改革の難しさが表面化しています。業務プロセスの見直し、人材の再配置、法務・コンプライアンス対応、データ資産の整備など複合的な取り組みが求められ、経営トップの直接関与なしには前進しにくい事例が増えています。

今後の展望

2026年から2031年までの5年間は、インフラ投資先行型の成長から実装主導型の成長への移行期になると予想されます。投資家の視点では、半導体やデータセンターなどハードウェア層に加え、エージェント運用を支えるオーケストレーション層、評価ツール、AEO関連サービスといった新たなミドル層の市場が形成される段階です。

経営の側では、AI投資を個別の実証実験ではなく組織能力の再設計として扱う視点が重要となります。財務部門は成果測定の枠組みを刷新し、人事部門は役割の再定義と人材再教育を加速することが求められます。取引先との契約や顧客接点においても、エージェントを前提とした情報設計が競争力の源泉となるでしょう。

政策の側面では、AIガバナンス、データ主権、競争政策の三軸が相互に影響する状況です。日本企業にとっては、モデル選択の自由度を確保しつつ、国際的なガバナンス枠組みに整合する経路設計が重要となります。インフラと実装、政策と市場、技術と組織が連動するなかで、2029年の変局点に向けて経路依存から脱する戦略が求められています。

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