Forrester「GTMシンギュラリティ」が問うB2B営業・マーケティングの再設計
Forresterは2026年4月27日、米アリゾナ州フェニックスで開催した「B2B Summit North America」において、新たな調査レポート「The GTM Singularity Is Here」を公表しました。AIエージェントが買い手側にも売り手側にも介在する状況下で、従来の一括メール配信、MQL中心の評価指標、ゲート付きコンテンツ、部門間サイロといった慣行が機能不全に陥っているとの分析です。同社は新たな指針として「ARC(Augmented・Resilient・Collaborative)」原則を提示し、B2B各社に抜本的な再設計を求めました。
今回は、ARC原則の中身、AI買い手エージェントへの対応や成果指標の再定義、そして、今後の展望について取り上げたいと思います。

ARC原則が示す新たなGTM設計の輪郭
Forresterが提示したARCは、Augmented(人とAIの協働)、Resilient(変化適応)、Collaborative(部門連携)の三つの頭文字から構成されます。同社は、買い手の意思決定プロセスにAIエージェントが介在する環境下において、従来型のGTMが構造的に通用しなくなっていると分析しています。
年次で計画を更新する運用、メール一斉送信に依存した接点設計、営業・マーケティング・カスタマーサクセスが情報を共有しないサイロ運用は、AI支援型購買と整合しません。Forresterは、人間とAIの双方を組織内の「役割」として再定義し、顧客が価値とみなす成果に意思決定を結びつける運用を提唱しています。
問われているのは個別施策の改善ではなく、GTM設計の前提そのものを書き換える要請です。組織図、評価指標、テクノロジー投資が連動して動く再編の起点として位置づける視点が求められています。
可視性の空白とアンサーエンジン対応
買い手は、検索エンジンや生成AIのアンサーエンジンを経由して候補ベンダーを絞り込む段階に入っています。Forresterは、ベンダーがアンサーエンジン上で適切に参照されない状態を「可視性の空白(visibility vacuum)」と表現し、コンテンツ戦略の根本的な作り直しを求めています。
人間の閲覧者だけでなく、買い手側のAIエージェントや要約モデルが解釈しやすい構造で情報を提供することが必要となります。ゲート付きの白書を主軸とした従来手法は、AIに読まれず、商談機会の入口を狭める結果を招きます。
よりパーソナライズされ、開放された情報を、精緻なセグメンテーションと細分化されたペルソナに基づき配信する運用への切り替えが求められています。情報を囲い込むことで案件化につなげる発想は、AIが買い手の代理として情報収集を担う環境では成立しにくくなる状況です。
ブランドとデマンドの分断を解消する選好形成
購入と継続の判断は、ベンダー選好の蓄積によって決まる構造へ移行しつつあります。Forresterは、購買サイクル全体を通じた選好形成(preference-building)の重要性を指摘し、ブランド施策とデマンド施策を分離してきた組織体制の見直しを提唱しています。
買い手側のネットワーク全体に、一貫したメッセージが浸透するかどうかが、案件化以前の段階で勝敗を形作ります。マーケティング部門が認知を担い、営業部門が刈り取るという分業の前提では、AI支援型購買のプロセスを捉えきれません。
ブランド予算とデマンド予算を別管轄で運用する慣習、認知指標と商談指標を別ダッシュボードで管理する設計は、選好形成の連続性を分断します。組織横断の整合性をどう再設計するかが、運用上の論点となります。
ROOへの転換と成果指標の再設計
Forresterは、買い手のエンゲージメント指標、たとえばクリック率や開封率、商談数といった従来型KPIが、AI支援型購買環境では業績との連動性を失いつつあると指摘しています。代替として、顧客側の業務目標達成度に紐づく「ROO(Return on Objective)」を中心指標に据える運用を提唱しています。
GTMチームは事業インパクトの説明責任を求められる中、自社活動量を測る指標群から、顧客成果に結びつく指標群への乗り換えが必要となります。指標を変えれば、組織評価、報酬設計、営業計画の前提も連動して動きます。
成果定義の刷新は、現場のインセンティブ構造に踏み込む論点です。GTMの「成果」をどう定義し直すかが、各社の運用差を生む分岐点になると考えられます。

AIエージェントを「役割」として組織に組み込む
AIエージェントを「ツール」ではなく「役割」として迎え入れるForresterはこの考え方を打ち出しました。エージェントを業務効率化の道具として導入する場合、人間の担当業務を補完するに留まりますが、組織内の役割として位置づけ直すと、職務記述書、KPI、責任範囲、引き継ぎプロセスの設計対象に組み込まれます。
買い手側のエージェントについても、購買ネットワークの一員として扱い、必要な情報を供給する運用が求められています。人間のGTM人材は引き続き重要な価値を担う一方で、役割の重なりと分担を継続的に再設計する運用負荷が発生します。
自動化の議論から成果起点の議論へ視座を移し、AI導入を組織設計の問題として扱う発想が、ここで問われています。
国際競争と日本企業の現在地
GTMシンギュラリティの議論は、欧米のB2B市場で先行している状況です。AI支援型購買は、買い手側のリテラシーとツール環境の双方が成熟して初めて成立しますが、日本市場では商習慣、稟議プロセス、対面営業の比重が高く、移行のスピードに差が生まれる可能性があります。
一方で、AIエージェントを介した情報収集は国境を越えて進展しており、海外バイヤーが日本企業を評価する局面では、アンサーエンジン上の可視性、英語での構造化情報の提供、ROO型の成果説明力が比較対象となります。国内基準で運用を整えるだけでは、グローバル案件で機会損失を招く構図が想定されます。
輸出産業を抱える各社にとって、GTM設計は調達戦略と並ぶ国際競争の論点に移りつつあります。海外発の方法論を翻訳して取り込むのか、独自の運用モデルを構築するのか、選択そのものが経営判断の対象となるでしょう。
今後の展望
ForresterのGTMシンギュラリティ論は、AIが買い手側に浸透した結果として、売り手側の組織設計と指標体系が連動して書き換わる過程を描いています。今後数年で、ROO型の指標導入、アンサーエンジン最適化を意識したコンテンツ運用、AIエージェントを役割として組み込む人事設計といった論点が、各社の中期計画に組み込まれていくと考えられます。
組織再編、人材要件、テクノロジー投資、ブランド戦略が同時並行で動く局面となるため、部分最適での対応では効果が限定的となるでしょう。日本企業にとっては、国内市場の慣性とグローバル基準の乖離をどう縫合するかが、もう一段の課題となります。
GTMを単独施策ではなく、経営戦略の構成要素として再配置する視点が、今後の競争力を形作る要因になると予想されます。営業・マーケティングの組織論として閉じず、CFOやCHROを巻き込む論点として扱う姿勢が求められます。
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