AI主体のコード生成、3年後に約3倍へ──IDC調査が示す開発現場の構造転換
IDC Japan株式会社は2026年5月12日、国内企業のソフトウェア開発・IT運用領域におけるAI活用の実態を分析した「2026年 国内ソフトウェア開発・運用におけるAI活用 ユーザー動向調査」の結果を発表しました。
515名を対象としたこの調査は、生成AIが導入の議論段階を越え、業務プロセスへの統合や組織再設計に焦点が移っている状況を示しています。AIが主体となってコードを生成する企業は、現状の11.4%から3年後には35.1%へと拡大すると見込まれており、開発の役割分担そのものが見直される局面に入っているといいます。
今回は、調査が示す利用形態の構造的な変化、開発組織と人材戦略への影響や残された課題、そして、今後の展望について取り上げたいと思います。
AIコード生成の利用形態に起きている構造変化
IDC Japanが公表した数値で重要となるのは、AIが「ほとんど」または「主体となって」コードを生成していると回答した企業の割合です。現状で11.4%にとどまるこの比率は、3年後の見通しでは35.1%に達する想定です。一方、AIをまったく使っていない、または補助的に利用するにとどまる企業の比率は49.0%から23.8%へと半減以下に縮小すると予想されています。両者の動きを重ねると、AIを軸とした開発スタイルが主流に移行していく流れが見えてきます。
背景には、生成AIモデルと開発支援ツールの精度向上があります。コード補完や単体テスト自動生成、リファクタリング支援といった機能が、商用エディタやクラウド統合環境に標準搭載される状況となり、利用コストとスキル習得の障壁が下がってきました。同時に、海外勢との生産性格差を縮める課題が経営アジェンダとして認識される段階に入っています。
ただし、数値が示すのは「AI主体化がどの企業でも均一に進む」という単純な見通しではないと考えられます。3年後でもAIへの依存度合いが補助的にとどまる企業は2割を超えており、開発組織の現実が一様でないことが分かります。次に問われるのは、この格差がどこから生まれているのかという問いです。

業務統合と組織再設計に焦点が移った段階
IDC調査では、AI活用は導入の議論や試験的利用の段階を越え、活用効果の最大化に向けた業務プロセスへの統合、組織再設計、スキル高度化に焦点が移っているとしています。リサーチマネージャーの木村伸一氏は、AI活用の巧拙が競争力を方向づける時代において、技術導入にとどまらず既存のプロセスや組織体制、人材・スキルを統合的に再設計することが求められると述べています。
ここで重要となるのは、開発組織の役割分担です。AIが定型的なコード生成や検証作業を担うようになると、エンジニアの業務はアーキテクチャ設計、要件定義、AI出力の品質管理に重心が移ります。プロジェクトマネジメントも、人手による工程ベースから、AIアウトプットを統合する継続的開発モデルへと切り替わっていくと考えられます。
ただし、現場には摩擦も生じています。AI生成コードのレビュー責任が誰にあるのか、品質保証プロセスをどう設計するか、内製と外注の境界をどこに引くかといった論点が、各社の整理を必要としている状況です。導入が終着点ではなく、運用設計が次の課題となる段階に入っています。

生産性効果を分ける、組織能力という変数
調査では、AI活用が生産性向上や業務効率化にもたらす効果と、効果の度合いを決める要因について分析されています。導入企業のすべてが同程度の成果を得ているわけではなく、組織のデータ基盤、開発標準、レビュー文化の成熟度などが効果の幅を生み出しているとされます。
この差異は、海外企業との比較で重要となります。米国ではAIコード生成ツールがすでに開発標準ツールチェーンに組み込まれ、エンジニアのキャリア構造もAI協働を前提に再設計されつつあります。日本企業がAI主体化を11.4%から35.1%へと進めるとしても、ツール導入だけでは追いつかない領域が残ります。組織と人材の制度設計が伴って初めて効果が顕在化する状況といえます。
経営側にとっての論点は、AI活用に対する投資配分です。ライセンス費用やコンピュート資源だけでなく、内製化基盤、データ整備、レビュー体制構築といった「補完投資」の比重が高まります。投資判断には、技術導入のタイミングと組織能力の整備計画を連動させる視点が求められます。
AI依存のリスクと、基礎スキル低下の懸念
IDC調査では、AIの実用化が進む中で課題への懸念が顕在化しているとしています。AIへの過度な依存、基礎的なコーディングスキルの低下、AI生成コードに含まれうるセキュリティ脆弱性などが、各社で議論の対象となっている状況です。
背景には、若手エンジニアの育成プロセスの再定義という問題があります。コード補完が標準化された環境では、新人がコードを一から書く機会が減り、デバッグや設計の力が育ちにくくなる懸念が指摘されています。AIが提案するコードを評価し、必要に応じて修正・拡張する能力は、従来のコーディング力の延長線では身につきにくい、新しいスキルセットです。
セキュリティ面の課題も深刻化しています。生成AIが学習データから引用したコードがライセンス上の問題やセキュリティ脆弱性を含む可能性があり、コードレビューや脆弱性スキャンの仕組みをAI前提で再構築することが必要となります。検討されている代替案として、自社データで学習させた専用モデルの内製運用や、AI生成物に対する品質ゲートの設置といった取り組みが進みつつあります。
IT運用領域とAI人材のボトルネック
調査ではIT運用領域でのAI活用についても触れられており、ボトルネックとしてAI専門人材の不足が挙げられています。AIOpsやインシデント自動検知、ログ解析の自動化といった領域は導入余地が大きい一方、設計・運用できる人材が市場に限られている状況です。
国内では、AIエンジニアの採用競争が激しさを増しており、給与水準は欧米企業との比較でも上昇傾向にあります。SI業界の人材構造を考えると、ベンダー側に偏在しがちなAI人材をユーザー企業側にどう移植するかが課題となります。内製化の議論はここで再び論点に戻ります。
代替案として議論されているのが、エンジニアの再教育とロール設計の見直しです。既存のインフラ運用担当をAIOps運用に転換する、データエンジニアにAIモデル運用の知識を加えるといったキャリア再設計が、現実解として挙がっています。AI活用は、開発と運用の境界そのものを再定義する局面に入っているといいます。
国際競争と日本企業の戦略選択
AI主体化の流れは、国境を越えた競争構造を再編しつつあります。米国主要プラットフォーマーは生成AIモデルと開発支援ツールを統合し、エンジニアの生産性を前提から引き上げる方向に投資を集中させています。インドや東欧のソフトウェア受託企業も、AIによる工数削減を価格競争力に転換する戦略を採り始めました。
国内企業の選択肢は、価格競争ではなく、AIを前提とした品質・信頼性・業界特化型ソリューション開発に絞られていくと考えられます。金融、製造、ヘルスケアなど規制業種ではドメイン知識とコンプライアンス要件の充足が競争軸となり、汎用的なコード生成能力以上に、業界文脈に適応したAI開発体制の構築が重要となります。
経営の論点は、AI活用を生産性ツールとして捉えるか、事業モデルそのものの再設計手段として位置づけるかという選択にあります。前者は短期の効率化を生みますが、後者は中長期の競争優位につながります。IDCが示す35.1%という数字は、3年後にどちらの選択をしてきたかの結果としても読めるでしょう。
今後の展望
国内ソフトウェア開発・運用業務におけるAI活用は、ツール導入段階から組織再設計段階へと移行する局面にあります。3年後にAI主体化が35.1%に達する想定が現実となるかは、技術導入の速度ではなく、組織能力の整備速度に依存すると考えられます。
制度面では、AI生成コードの責任分界、知的財産権の扱い、セキュリティ基準の策定が、業界団体や政策当局を含む議論として進むと予想されます。産業構造の側では、SIerの役割再定義、ユーザー企業の内製化進展、AIエンジニア人材市場の流動化が同時並行で起きていくでしょう。
企業行動の観点では、AI活用を生産性指標と切り離し、事業成果指標と接続する評価制度への移行が求められます。投資判断には、ライセンスやインフラ費用にとどまらず、人材育成、データ基盤整備、レビュー体制構築への配分を一体で設計する視点が必要となります。
国際競争を見据えると、日本企業が選ぶ進路は、規制業種における品質・信頼性の優位を軸にAIを実装することにあるといえます。35.1%という数字は到達点ではなく、その先で何を生み出すかの起点として位置づけることが重要となります。
