クラウドとAIの融合で何が変わるのか?
Gartnerは2025年9月24日、「AI-Enabling Cloud Services are the Future of Cloud」と題した見解を発表し、クラウドとAIの融合が今後のIT業界における最大の変革要因になると指摘しました。
Gartnerのデニス・スミス氏(Distinguished VP Analyst)は、AIがクラウドサービスの中核に組み込まれることで、インフラ管理からアプリケーション展開までIT運用全般が再構築されると強調しています。2030年には80%以上の企業が産業別AIエージェントを活用し、60%超が複数クラウドでAIモデルの大規模な活用に踏み出すと予測しています。一方で、電力需要の急増、デジタル主権をめぐる規制対応、AI環境の最適化不足によるコスト増といった課題も浮き彫りになっています。
今回は、AI統合型クラウドの台頭がもたらす競争環境の変化、I&Oリーダーが取るべき戦略、そしてデジタル主権をめぐる論点について掘り下げたいと思います。
AIとクラウドの融合が拓く新しい競争環境
AIがクラウドサービスに組み込まれる流れは急速に進んでいます。これまで差別化の中心であったクラウドの基本機能はベンダー投資により高度に標準化され、むしろ「コモディティ化」してきました。その結果、競争の軸はAIを組み込んだ付加価値サービスへと移行しています。特に産業別AIエージェントの導入は、業界ごとの知見を反映し、意思決定や業務プロセスを自動化・高度化する手段として広がる見込みです。
Gartnerによると、2030年には80%超の企業がこの産業別AIエージェントを活用し、AIは「選択肢」ではなく「前提条件」となる時代が到来します。さらに、ハイブリッドクラウドでのAIモデル運用も60%を超える水準に達する見通しで、従来のシングルクラウド戦略はもはや現実的ではなくなるといいます。こうした潮流は、クラウド事業者にとってはAI対応のための巨額投資を迫る一方で、利用企業にとっては新たな競争優位の獲得機会ともなります。
I&Oリーダーに求められる次世代戦略
AI統合型クラウドの普及に伴い、ITインフラと運用(I&O)リーダーの役割も大きく変化します。まず求められるのは、従来のコスト最適化中心の姿勢から、AIがもたらすビジネス価値を前提にした「再設計」へのシフトです。
デニス・スミス氏は、I&Oリーダーが重点的に取り組むべき領域として、
①ステークホルダーとの連携による戦略整合性の確保
②AI対応型クラウド導入によるROI最大化
③AIワークロードに対応した財務管理枠組みの構築
④セキュリティとAIを統合した防御戦略
を挙げています。特にセキュリティは、2030年までにAI関連活動が企業のセキュリティ戦略の中心に据えられると予測されており、従来以上の統合的対応が不可欠です。
さらに、AI導入による電力消費の急増は避けられず、2030年までにデータセンターの電力需要は3倍以上になる見込みです。このため、冷却技術や電源インフラの刷新といった物理的な基盤強化も戦略の中核に組み込む必要があります。
AI産業クラウドがもたらす課題と機会
AIを取り込んだ産業クラウドは、単一の業務改善にとどまらず、データ・分析・AI機能を横断的に統合することで、より高度な意思決定や自動化を可能にします。しかし、その導入には複数の課題が伴います。
一つ目は、システム間の統合不足による戦略的整合性の欠如です。クラウド導入は広がっているものの、事業価値に直結する形での成果を実現できていない企業は少なくありません。
次にAI統合に伴う調達の複雑化です。AI対応型クラウドは単なるIaaSやPaaSの延長ではなく、部門横断の調整や新しい調達戦略を必要とします。
そして、セキュリティとガバナンスの強化が必須となります。AIが事業の中枢に組み込まれる以上、データ保護や規制遵守を欠いた取り組みは致命的なリスクを招きます。
Gartnerは、AIコンピューティング環境を最適化できなかった企業は、そうでない企業に比べて50%以上高いコストを負担することになると予測しています。つまり、効率化への投資は競争力を守る生命線とも言えるのです。
デジタル主権とクラウド戦略の新常識
AI統合型クラウドの普及と並行して、デジタル主権の確保が企業戦略の重要な柱となります。地政学的な緊張や規制の進展により、データやオペレーションを自国内で管理できる体制を求める動きが強まっています。
Gartnerは、2030年までに75%超の企業がデジタル主権戦略を持つと予測しています。これは、技術的能力の一部を犠牲にしてでも主権を優先する選択を意味します。具体的には、プライベートクラウドやソブリンクラウド、分散型クラウドの導入検討が加速し、ベンダーとの契約交渉においても主権対応の提供力が重視されるでしょう。
企業が取るべきステップは、まず自社にとって必要な主権要件(データ・運用・技術の観点)を明確化することです。そのうえで、最適なホスティング環境を比較検討し、柔軟に戦略を修正できる体制を整えることが求められます。こうした取り組みは、規制リスクの低減と戦略的柔軟性の確保につながり、長期的な事業安定性を支える基盤となります。
今後の展望
AI統合型クラウドは、企業ITの前提を根本から変える存在となりつつあります。I&Oリーダーは、単に新技術を導入するのではなく、経営・財務・セキュリティ・インフラといった全社的視点で再設計を進める必要があります。また、エネルギー需要の急増や規制対応など従来型ITでは想定されなかった課題にも備えることが欠かせません。
今後は、企業が自らAIエージェントのエコシステムを形成し、業界固有の価値を共創する動きが広がるでしょう。同時に、サステナブルなデータセンター運営やデジタル主権確保への投資が、単なるリスク対応ではなく新しい成長機会を生み出す可能性もあるでしょう。