量子コンピュータと産業政策
量子コンピュータは、従来のコンピュータでは解決できない複雑な問題を高速に処理する能力を持ち、医療、金融、材料開発など多岐にわたる分野で革新をもたらす可能性があり、期待が高まりつつあります。
経済産業省は2024年12月23日、「第12回 半導体・デジタル産業戦略検討会議」を開催。この中から、量子コンピュータの産業政策について焦点をあてて、その背景と政策の現状、そして今後の展望について取り上げたいと思います。
なぜ今、量子コンピュータなのか
量子コンピュータは、量子力学の原理を利用して従来のコンピュータでは実現できなかった計算能力の飛躍的向上が期待されています。量子コンピュータは、膨大な組み合わせ計算を瞬時に処理できるため、暗号解析や医薬品開発などで画期的な成果を生み出すと期待されています。
産業競争力の強化の観点からも重要な位置づけとなっています。米国や中国、欧州各国は、国家戦略として量子技術の開発に巨額の投資を行っています。日本も競争に遅れを取らないための体制強化が急務となっています。
産業応用の広がりも見込まれています。量子技術は、最適化問題や材料設計、機械学習の分野で応用が期待され、持続可能な社会の実現への貢献も期待されています。
そして、既存のテクノロジーと組み合わせたハイブリッドコンピューティングの環境において、量子コンピュータの位置づけは高まっていくことが予想されます。
日本の量子技術の現在地
日本は、量子技術の研究開発において長年の実績を持っていますが、産業応用や商業化においては欧米に後れを取っているのが現状です。研究基盤の強化としては、国立研究機関や大学を中心に量子技術の基礎研究が進められています。産業技術総合研究所(AIST)では、量子コンピュータシステムの開発や部素材の強化を行っています。
また、民間企業の取り組みとしては、富士通や日立製作所などの企業が量子アニーリング技術や超伝導量子ビットの開発を進めています。
また、超伝導量子コンピュータなどのハード開発にも取り組んでおり、超伝導方式では、理研を中心に実機開発に成功し、世界のトッププレイヤーと熾烈な競争を展開しています。
量子技術を活用した新製品や新サービスの開発支援にも力を入れています。中でも注目されるのがサプライチェーンにおける日本の技術です。
量子コンピュータの産業化には、極低温冷凍技術等、古典コンピュータとは全く異なる部品技術が必要となり、サプライチェーンの構造転換が必要となっています。 日本に強みのある部素材技術が数多く存在し、海外企業・研究機関からも注目が集まっています。
量子コンピュータの産業政策
経済産業省では、量子コンピュータ分野の産業政策を強化しています。研究開発支援の拡充としては、産業技術総合研究所(AIST)の量子研究拠点の強化と最新設備の整備が進められています。特に、産総研つくばセンターに設立された開発センター「G-QuAT」では、量子技術の産業利用の国際的なハブ化が進められています。
本センターでは、基礎研究から応用研究までの一貫した開発体制が整備されており、産業界との連携も強化されています。経済産業省の予算はR6 年度補正:518 億円(国庫債務負担行為を含め、3 年1000 億円規模となっています。
ソフトウェア開発・ユースケース創出にも取り組んでいく方針です。NEDOの「量子・古典ハイブリッド技術のサイバー・フィジカル開発事業」では、量子コンピュータと古典コンピュータによるAI技術を活用し、実問題解決を目指すユースケースアプリケーションを開発していく計画です。
具体的には、素材開発や製造、物流・交通、ネットワーク分野におけるアプリケーションの開発と実証。また、共通ライブラリの開発を通じて、最適化プログラムの管理体制を整備し、事業効率化や省エネ化、新規市場獲得に取り組んでいくとしています。
量子コンピュータ分野の人材育成では、未踏事業(IPA)を通じて、次世代ITと先進分野の人材発掘・育成を行い、特に量子コンピューティング技術を活用したソフトウェア開発に挑戦する人材を支援しています。2018年度から80件、延べ119名の修了生を輩出しています。
ベーシック部門ではアニーリングマシンやゲート式量子コンピュータ向けソフトウェア開発を支援し、2022年度からはカーボンニュートラル部門も追加され、環境課題解決を目指した技術開発にも取り組んでいます。
量子技術分野におけるスタートアップ支援を強化し、革新的な研究成果の事業化を促進しています。
ハードウェア分野では、NanoQTやQubitcoreが次世代量子コンピュータ技術の開発を推進し、コンポーネント分野ではQuELやLUQOMが通信技術の商用化に取り組んでいます。
ソフトウェア分野ではQunaSysやJijが量子アルゴリズムの開発と最適化を支援しています。また、J-StarXやJ-Bridgeを活用した資金調達やグローバル連携を通じて、スタートアップの成長を支援しています。
量子特化VCによるエコシステムも注目です。海外の取り組みではフランスのQuantonationは、カナダで産学官連携によるインキュベーションプログラムを展開し、量子ビジネスの種から市場投入までの支援を段階的に実施しています。これらの取り組みにより、量子技術分野での国際競争力強化と新規市場創出に向けたエコシステムの創出を目指しています。
量子技術に関する国際標準化の推進では、ISO/IEC JTC 3(量子技術)を通じて、量子コンピューティング、量子通信、量子計測などに取り組んでいます。日本を含む27カ国が積極参加し、9カ国がオブザーバーとして参加しています。2024年から韓国で第1回会合が開催され、10月にはエディンバラで第2回会合を開催、2025年5月頃に第3回会合開催を予定しています。日本は、強みを生かした標準化提案やポスト獲得を目指し、産総研や民間企業と連携して活動を進めています。
今後の展望
量子コンピュータ産業の発展は、日本経済の成長と競争力強化に不可欠です。日本は量子コンピュータ分野で世界をリードするための産業エコシステムを構築し、グローバル市場への展開を目指していくことが求められています。
最先端の計算資源を確保し、研究開発支援や人材育成を強化することで、スタートアップや知財戦略を活用した技術革新を推進。そして、オープンイノベーション政策を通じてユースケース創出やサプライチェーン戦略を強化し、量子技術の産業応用を加速していく取り組みが求められています。
さらに、米国をはじめとする有志国と連携し、経済安全保障政策にも貢献することで国際競争力を高め、量子技術のグローバルハブとしての地位を確立し、新たな市場と産業の創出を促進していくことが期待されるところです。