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妹尾さんのデフレに関する私的考察を拝読して、最近のデフレといわれる時期について考えました。というか、ここ最近気になっていたんですが。
ジーンズが1,000円未満。これだけでも、十分にデフレの要因だと感じます。売っている会社がどうこうという話ではなく。だって、少なくとも技術革新ではないですよね。人件費の安い国で作っているだけです。
僕は2,980円のジーンズを持っていますが、正直言って穿き心地がよくない。ジーンズというものは、長く穿いていると身体にフィットしてくるのですが、そのジーンズはそうならない。つまり、たとえばリーバイスとか、エドウィンといったジーンズとは違うわけです。ユーザー視点ですけど。
バーゲンはあるべきだし、スーパーの特売や目玉商品はうれしいことですが、いつでもその値段になってしまうと、そのお店や会社で働く人たちの人件費を下げざるを得ない。
その昔、とあるディスカウントショップ(になるのかな?)の社長が「自分がゴルフに行くと、社員が真似をするから行かない」と仰有っていて、とても違和感を覚えたことがありました。なぜ社員がゴルフに行くといけないのか、は説明されていませんでしたが。
菅さんがデフレを認めたということは、対策フェーズに入るべきだという宣言とも考えられます。自動車が、電化製品が、といった「木」から見るのではなく「森」を見て考えていただきたい。そう感じた今日この頃です。
天地人という大河ドラマが終わりました。あまり見ていなかったのですが、最終回は最初から最後まで見ました。その中で直江兼続が石田三成の遺言を受けた話がありました。それは「義」です。
大義名分という言葉がありますが、何をもって「義」とするのか。今日(こんにち)において、「義」はどんどん揺らいでいるように感じます。
一年ほど前から日本経済にリーマンショックの影響がおとづれ、大義と称していろいろな契約形態の人たちが職を失いました。ここ最近の話題は、事業仕分けです。この中にも、本当に中止していいものか、と議論され続けているものもあります。スーパーコンピューターもそのひとつ。
僕が20代の頃にお世話になった方が仰有っていた言葉が印象的でした。
「正義っていうけれど、正義と正義がぶつかったらどうなるのか」
確かに、正義と正義がぶつかることは往々にしてありますよね。どちらも、私利私欲だけではないこと。それは、正義と正義とぶつかりなのかもしれません。その当時、その方が仰有った言葉で、とても違和感を感じた言葉。
「勝った方が正義なんだよ」
若造だった僕は、「勝った方が正義」であるなら、負けたほうはどうなるのか、と違和感を感じたものでした。
今でも違和感を感じる面はあるものの、具体的な反論を持ち合わせていないのも事実です。違和感を感じたから、「それはおかしいと思う」と議論になったのも懐かしい話ですが、具体的に名案を持ち合わせているわけでもないのに、すぐに反論していたのは僕の悪いところだったのだと、今になって反省しています。
「義」とはなにか。実は、そのときすぐに答えが出ないものなのかも知れません。どんなときにも、お互いをいたわり合いながら生きる。そういう生き方も必要なのではないか。兼続の最期を見ていて、そう感じた今日この頃です。
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