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あの2001年9月11日、私は米国に滞在していました。
「さぞ大騒ぎだったのでは?」と思われるかもしれませんが、実は9.11が起こったことを知ったのは、9月13日頃でした。
この旅行では、遅い夏休みを取って米国南西部を回りました。9月6日にサンフランシスコに到着、9月20日にラスベガスから帰国、というスケジュールだけを決めて、後はレンタカーでその日のホテルやモーテルを探して泊まっていく、というものでした。
旅行中、毎日パソコンを繋げてメールをチェックしていました。しかし、9月10日から泊まったヨセミテのホテルは19世紀に建てられたもので、部屋にはテレビも電話も新聞も、当然ネットもない状態でしたので、メールは繋げられませんでした。
まぁ、しばらくネットに繋げない生活もいいかな、と思い、ヨセミテの大自然を満喫しながら数日を過ごしました。
ヨセミテがとても気に入ったので、さらに数日滞在を伸ばすことにし、別のホテルを予約しに行きました。
無事、お目当てのホテルのレセプションで予約を終えて、ロビーでくつろぎながら何気なくCNNの放送を見ていたら、あのビルの崩壊の様子を何回も流しています。
「最近は、CNNも特撮映画を紹介するようになったのだな」と思ったのが第一印象。
しかし何回も繰り返し流していますし、キャスターからも緊迫感が伝わって来るので、どうも大きな事件が起こっているらしいことが分かりました。しかし、なぜビルが崩壊しているのかが分かりませんでした。
実は9月13日頃には、旅客機がビルに衝突する映像があまりにもショッキングだということで、米国では放映を自粛していたようです。当時、米国の子供達が、この映像でかなり精神的なショックを受けたことも理由です。
大変なことがニューヨークで起こっていることは分かりましたが、ヨセミテにいる人々ののんびりした様子からは、全く現実感が感じられません。滞在先のホテルに向かう頃には、この映像の様子を忘れてしまいました。
ホテルに戻ると、誰も私達の行き先を知らない筈なのに、何故か「すぐに家か会社に電話すること」というメッセージが入っていました。
「日本の親戚に不幸があったのではないか?」
と思って急いで電話すると、「大丈夫か!」との声。
実は日本では、9月9日までメールで連絡が取れていた私が、9月11日以降の2日間全く返事がなかったので、「もしかしたらテロに巻き込まれたのではないか?」と大騒ぎをしていました。
日本では、ビルに飛行機が衝突する様子が何回も放映され、あたかも全米が戒厳令のような状況になっていると放映されていたことは、帰国して分かりました。
普段はインターネットは全く使わない上司が、ヨセミテに行くと言っていた私の話を思い出し、ヨセミテのホテルを検索して片っ端から電話して、「ナガイという人間は泊まっていないか?」と確認していたそうです。
この時はその日本の様子は全く分からず、何でそんなに大騒ぎをしているのだろう、と思いました。
翌日から町の様子を注意してみてみると、確かに色々な変化が見てとれました。
・国旗が半旗になっていました。確かに9月12日頃から半旗が目立っていましたが、「国旗掲揚の途中で何らかのトラブルで上まで上がらなかったのだろう。それにしても多いな」と思っていました
・9月14日頃から町を走る車に国旗が飾られるようになりました。実際にこの時期、ウォルマートでは米国国旗が普段の数十倍売れたそうです
・CNNでは、市民や学生が集まった討論番組で、「今後、米国はどう対応すべきか」という議論を行っていました。皆、個人の立場で様々な意見を出し合っていました。自己責任に基づく民主主義が根付いている米国の強みを感じるとともに、米国で何らかの合意形成がされつつあることも肌で感じました
・ラスベガスの電光掲示板で"Good Bless America"というメッセージが繰り返し流れていました。アングロサクソンを中心とした愛国主義の台頭を肌で感じました
9月19日、ラスベガスで米国IBMに勤務している米国人の同僚夫婦と食事をしました。この時も、9.11の話題はあまり出ず、仕事やプライベートの話に終始しました。
このように、9.11直後の1週間、少なくとも西海岸のカルフォルニア州やネバタ州は意外に静かで、9.11は人々の実際の行動に目立った影響は与えていないように思いました。
しかし、逆に、人々の心の奥底で様々なことが起こり、群集の潜在意識の中に大きな変化を与えたのが、この時期なのではないでしょうか?
もうすぐあの9.11から丸6年。世の中は大きく変わりました。その種は、私が米国にたまたま滞在していたこの1週間の間に、米国社会の中に生まれていたように思います。
8/25の日本経済新聞の記事で、「履いたり座るだけでやせる」と過大なダイエット効果をうたってサンダルやクッションを販売した会社に、経済産業省が業務停止命令を出した、というニースがありました。
「サンダルを履くだけで足裏のつぼが刺激され脂肪が燃焼する」
「クッションに座るだけで骨盤のゆがみを整え肥満の根本原因を解消」
と宣伝していたそうですが、経産省が根拠を示すよう求めたところ全く提出しなかったそうです。全国の消費者センターなどには数十件の苦情が寄せられていたとか。
本来、「痩身」という意味でのダイエットを行うためには、運動したり、食事に気を配ったり、という何らかの主体的な努力が必要なはずです。
「xxxしただけで」というのは消費者にとって魅力的な誘い文句ではありますが、このようなものは本来はあり得ないと考えるべきなのかもしれません。
この記事を見て思い出したのが、以前、米国に出張した時のこと。
国内線に乗ったのですが、隣が米国人の基準でも割とふくよかな米女性で、席に着くなりポテトチップスの大袋を空けて猛烈な勢いで食べています。
フライト・アテンダントが「何になさいますか?」と尋ねたところ、
「ダイエット・コーク・プリーズ」
その時は、「は? こんなに沢山食べているのに、今さらダイエット・コーク?」と思いましたが、後でよくよく考えてみると、「ダイエット・コークを飲めばダイエットできる」と考えているのかもしれない、とも思いました。
言うまでもなく、ダイエット・コークやダイエット・ペプシは通常のものと比べてカロリーが非常に少ないだけで、食事を沢山食べてもダイエットできるということではありません。
ちなみに、コカ・コーラのホームページを見ると、今の商品は
になっています。商品名的には、この二つの商品は非常に的確に商品特性を消費者に伝えていると思います。
今回のサンダル・クッションの事件と、コカ・コーラの見事な商品名の付け方を見て、今後はより正しく商品の特性を消費者に伝えていくマーケティング・コミュニケーションがますます求められていくのではないかと考えた次第です。
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