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ニュースの感想に見る、在宅介護への誤解。現行のシステムでは、国立市の事件は防げない。

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介護者と要介護者の間の事件が、増えている。ニュースからは、介護度や介護サービス利用の状況がわかりにくく、SNS上には憶測での投稿が見られる。そのうえに、介護未経験者による早合点や誤解が積み重なっていく。

今月17日に判決が言い渡される国立市の事件についても、早合点がみられる(続報、詳細)。
技術革新による介護の省力化を発信してきた者として補足しておく必要性を感じ、これを書いている。

介護者は(事件当時)70歳の女性、要介護者は102歳の母親。
報道では、介護者は高卒後銀行入行の寿退社。この年齢でこの経歴ならば、職務能力も家事力もある。「無職」だが、おそらく銀行員時代の比例報酬部分と3号の年金受給者だろう。
1時間の距離に住む妹と、以前の結婚での子どもが二人いるが、被告のワンオペ介護のようだ。

事件の経緯は、次のとおり。

  • 2012年から実家に同居して家事を支援。
  • 2015年から母親がポータブルトイレ使用。
  • 2018年、脱水で入院、退院後、ケアマネがショートステイを提案するが、母親が拒否。
  • 2024年、ポータブルトイレを自力で利用できなくなり、介助が必要になる。
  • 事件1週間前、トイレ移乗の要請が10分おきになり、腰を痛める。
  • 頻尿の訴えから5日後、ケアマネに相談、3日後の施設入所が決定。
  • 翌日(事件前日)、施設側から説明を受ける。この日、妹の声掛けにも反応しないほど被告は疲れていた。
  • 入所を翌日に控えた午前4時過ぎ、母親がベッドから落ちる、
  • 「(ベッドに)戻さないといけない」と思ったが腰が痛く、110番通報の後に、119番通報。消防が出動して支援。次回対応に難色を示された。(緊急出動する業務に支障が出ないようにするには、当然の対応)
  • 救急隊が帰った後も、親が頻回なトイレ移乗を要請。
  • 助けてくれる人が思い浮かばず、思い詰めて、犯行に及んだ。

介護者は、地域包括センターや介護サービスに関する情報を知らなかったわけではない。ケアマネは、ショートステイの利用を提案しており、トイレ要請が頻回になってからは、介護施設への最短での入所を手配している。

「(検察側は)サポート体制は整っており」と言うが、このケースでは、サポート体制は、整っていない。

「(検察側の言う)助けを求められる妹の存在」があっても、介護は誰でもすぐにできる作業ではない。60代であろう妹が、トイレ移乗の介助をすることは困難だ。さらに頻回となると不可能だ。

ケアマネも、3日後の施設入所という、最善の策を提案している。
いかに有能なケアマネが付いていても、空床がなければ、緊急ショートステイも、即日入所も、物理的に不可能だ。

そのうえ、緊急時に、辛さを傾聴して寄り添う人ではなく、実作業を代行できる人が何度でも駆けつけるシステムはない。

事件当日、電話1本をかけるだけで、「今、介護スタッフがお宅へ向かっています。お母さんがベッドから落ちているままでもいいので、そのまま待っていてください。すぐに到着しますから」という、24時間体制のシステムがあったなら、事件は発生していない。さらに、入所予定日までの数日間、泊まり込んで、頻回なトイレ移乗要請に、昼夜二交代で対応してくれる介護福祉士を派遣するシステムもあったなら、無事入所できている。

しかしながら、そうした夜間の頻回な緊急要請に対応可能なシステムはない。
現代は、予約社会。介護保険制度は、スケジュールありきのシステムになっている。緊急時の弾力的な運用は難しい。
現行のシステムは、こうした事件の防波堤にはなりえないのだ。

介護者の「助けてくれる人が思い浮かばず」は、当然だ。助けてくれる人がいないのだから。いないものを思い浮かべることはできない。

サポート体制が整っているのに事件を起こしたわけではなく、サポート体制が整っていないから事件を防げなかった」といえるだろう。

入所前日の事件ということで、今後、共依存の問題に言及する意見が出てくるかもしれない。介護者は、親離れを迫られる事態に直面しているからだ。だが、仮に、それが原因のひとつであったとしても、事件を防ぐために必要なものは同じである。実作業を代行するシステムにほかならない。

同様の困難を抱えた介護者は、全国に、多数いる。
では、このような事件にまで突き進まないようにするには、どうすればよいのか?
解決策にはならないが、いくつか緩和策を挙げてみる。

トイレへの移乗要請に対し、複数の代行業者と契約しておき、ローテーションを組む方法がある。
昼間であれば、(各自治体にある)公益社団法人シルバー人災センター連合会、(エリア限定で筆者に利用経験はないが)ダスキン、地域のチェーン店などが展開するお助けサービス、便利屋などが考えられる。
夜間も対応可能なのは、(筆者がサービス開始の30年ほど前から利用している)ALSOK みまもりサポート、訪問看護、(看護婦、家政婦・付添婦の仲介をしている)家政婦紹介所だ。

ALSOKのサービスでは、通報装置のボタンを押すだけで警備員がかけつけてくれる。月数千円からで、自治体によっては、地域内に身内がいることを条件とした助成制度がある。
訪問看護は、看護を依頼する先であって、介護を依頼する先ではない。ただ、介護者に腰痛がある場合は、要介護者を取り落として怪我をさせかねないので、依頼できる可能性はある。とはいえ、看護師には、契約しているほかの世帯への訪問がある。そうでなくても人手不足だ。スタッフをやりくりしても、日をまたいでの常駐は依頼できないだろう。

考えられるすべてのサービスを契約しておいてローテーションすれば、一日8回までなら、代行してもらえる可能性がある。すべてをワンオペでこなす必要がなくなれば、追い詰められる事態になるまでの時間稼ぎにはなる

ただし、どれも事前契約が必要だ。
また、費用もかかる。訪問看護サービス以外は、介護保険の適用外で実費となる。
時間単価を約5,000円とみて、緊急入所までの数日間を、1時間×6か所に外注する場合、10万円ほどかかる計算になる。翌月の一括支払いが難しい人は、社会福祉協議会の貸付制度を調べておく必要があるかもしれない。

訪問看護だけでなく、訪問診療サービスもあるが、これは医療行為を提供するものであって、ベッドに引っ張り上げる作業を外注するには不向きだ。また、かかりつけ医がいる場合は、ほぼ完全に切り替える形になるので、気軽に契約できるかといえば、難しい面もあるだろう。

筆者の場合、親が20年前に介護認定を受け、5年半前に24時間見守りが必要となった。昨春から留置カテーテルだが、それまでは頻回なトイレ要求があった。
就寝前、ポータブルトイレの移乗を介助し、バケツを洗って片付けて、トイレにセットするや、「もう一度トイレ」
排せつしたことを忘れているのではなく、尿意があるのだ。これを何度も繰り返す。
排尿回数を1週間カウントしてみたところ、一日平均20回だった(つまり25回、30回の日もあった)。
ただし、筆者の場合は、親の介助時に邪けんにしたことはない。それは、単に、仕事柄、動作環境のバージョンアップに伴う緊急対応に備えて、着衣のままの仮眠や不規則睡眠に慣れており、その状態で、常駐介護が始まったからにすぎない。突然のことではないからパニックにならなかった。「物理的な距離をとる」という判断が出来たのだ。深夜、親が熟睡したのを見届けて、近くに借りているオフィスに逃げ、30分の仮眠をとっていた。戻ると、リミッターの壊れた腕でドアをこじ開けて通路に這い出していることもしばしば。雨天のときはパジャマのズボンが泥だらけ。それでも、2~3日に一度は逃げた。
深夜労働や緊急対応に慣れていない人が、突然その状態に置かれると、短期間で確実に心身とも追い詰められる。この事件では、数日で妹の声掛けにも反応しない状態になっている。その状態で、「別室に退避」という判断をすることは不可能だ。

睡眠負債は判断を狂わせる。筆者からみれば、加害者と被害者は逆である。要介護者の方が加害者で、介護者のほうが被害者だと考える。なぜなら、要介護者の方が先に、「睡眠妨害」という加害をしており、犯行はそれに対する「防衛」だと考えるからだ。正当防衛か過剰防衛かはわからないが。

さらにいえば、ペイドワークではブラック労働を防ぐ基準があるにもかかわらず、アンペイドワークの介護では、時間外労働がスルーされているのであって、行政も多少の責任は感じるべきだろう。
この国には、「睡眠妨害罪」というものがない。睡眠というものが、あまりにも軽視されている。
睡眠は、脳のデフラグであり、身体のクリーンアップだ。妨害され続けると、シャットダウンする。そして生き延びるために、セーフモードで行動を起こす。それは、正常な判断をできない状態での行動であり、意図しない結果となる可能性がある。
2009年の、歌手の清水由貴子氏の事件の背景にも、介護による睡眠負債があったのではないかと、筆者は推察している。

介護者には、正常な判断ができるうちに、緊急事態への備えを考えておくことをおすすめする。


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