2030年へのデジタル・ワークプレース変革に向けた6つの論点
ガートナージャパン(以下、Gartner)は2025年7月15日、「2030年に向けて企業がデジタル・ワークプレース変革を推進する上で考慮すべき6つの論点」を発表しました。これは、8月27〜28日に開催予定の「ガートナー デジタル・ワークプレース サミット」に先立って示されたものであり、生成AIや拡張現実、週4日勤務制度といった先進的なトレンドがもたらす働き方の変化を踏まえた提言となっています。
急速な技術進化と人口動態の変化を背景に、企業は人材不足、生産性の向上、従業員エンゲージメントの維持といった複雑な課題に直面しています。働く場所・時間の柔軟性だけでなく、AIとの協働や現場人材の省力化までを視野に入れた包括的な見直しが求められています。
Gartnerは、こうした変革に向けて、ITリーダーが果たすべき役割の再定義を促しており、従来のITシステム導入を超えた「組織文化の再設計」が重要であると強調しています。
今回は、ハイブリッド・ワークの深化、生成AIの浸透、週4日勤務制度の可能性、現場人材の未来など、Gartnerが示した6つの論点を軸に、今後の企業戦略と働き方の展望について考察します。
ハイブリッド・ワークの進化とオフィスの再定義
働き方の柔軟性に対する従業員の期待は高まっており、「いつ、どこで働くか」は個人の選択に委ねられる傾向が強くなっています。これに対応するため、企業はオフィスの役割を「単なる作業場」から「創造性や偶発的出会いを促す場」へと進化させていく必要があります。
IT部門は、自宅・オフィス・移動中といった多様な環境下での生産性と満足度を高めるため、クラウド基盤、コラボレーションツール、セキュリティ対策の整備を推進する必要があります。また、勤務形態の選択肢を増やすことで、働く意義や帰属意識の再構築にもつながります。
このように、働き方の多様化は単なる制度変更ではなく、従業員体験(Employee Experience)そのものの再設計を求めています。
現実とバーチャルの融合がもたらす協働の変容
AR/VR技術の発展により、バーチャル空間を活用した研修、会議、共同作業の可能性が広がっています。メタバースという言葉の幻滅が語られる中でも、企業は現場トレーニングや遠隔支援など、現実的な活用領域において試行的な導入を進めています。
IT部門には、XR技術の有効性を検証しつつ、情報漏洩やプライバシーといったリスクへの備えも求められます。リアルとバーチャルの融合は、場所や時間にとらわれないコラボレーションの質を高めるうえで重要な視点です。
今後は、情報伝達の手段が「画面とキーボード」から「空間と動作」へと移行する可能性も視野に入れ、長期的な人材育成や組織設計が問われていくのかもしれません。
生成AIが働き方の基盤へと変化する
2030年には、生成AIは企業の日常業務に深く浸透し、文書作成、データ分析、顧客対応などの分野で不可欠な存在になるとGartnerは予測しています。すでに一部の先進企業では、業務改善に生成AIを活用する動きが進みつつあります。
ITリーダーは、生成AIを活用する個人やチームを支援し、組織全体に展開する体制づくりを主導する必要があります。その一環として、センター・オブ・エクセレンス(COE)を設けることで、戦略的な推進とリスク管理の両立が可能となります。
生成AIを活用する未来は、単なる効率化ではなく、従業員の創造性や判断力を引き出す基盤となることが期待されています。
AIとの協働が人間の役割を進化させる
AIが「デジタル・ヒューマン」として職場に現れ、同僚の一員のように振る舞う未来が現実味を帯びてきました。ルーティン業務をAIに委ね、人間はより創造的・戦略的な業務へとシフトする働き方の転換が進んでいます。
この変化に対応するため、企業にはリスキリング支援、キャリア設計の見直し、AIとの協働に適した新しい職務定義が求められます。とりわけ、共感性、倫理観、創造性といった人間ならではの特性が、組織の競争力として重視されるようになるでしょう。
多様な価値観に応える「週4日勤務」への備え
Gartnerは、ワーク・ライフ・バランスの重視や価値観の多様化により、「週4日勤務制度」の採用を検討する企業が増えると見ています。実際に、国内外でパイロット導入を進める企業も出始めています。
一方で、勤務時間の短縮によって情報共有やチーム連携に課題が生じる懸念もあります。IT部門は、非同期型のコミュニケーションツールの整備や業務の自動化、プロセスの見直しを進め、短時間でも成果を出せる仕組みを構築する必要があります。
週4日勤務の導入は、単なる労働時間の短縮ではなく、業務そのものの在り方を問い直す契機となるでしょう。
フロントライン・ワーカーの変革が企業の生産性を左右する
日本企業にとって、現場の人材不足は今後さらに深刻化することが予想されています。製造業、物流、介護など、多くの現場では属人的な作業が多く、IT化が遅れているのが実情です。
IT部門は現場部門と連携し、センサー技術、音声入力、スマートデバイスなどを駆使した省人化・効率化の仕組みづくりを加速させる必要があります。作業負荷を軽減し、従業員が安心して働ける環境を構築することが、生産性と定着率の向上にもつながるでしょう。
今後の展望
Gartnerの提言は、テクノロジーの導入そのものではなく、「未来の働き方とは何か」を問い直しています。ハイブリッド・ワーク、生成AI、週4日勤務といったトレンドは、組織文化、制度設計、リーダーシップの再定義と密接に結びついています。
ITリーダーは、経営層やビジネス部門と連携しながら、自社に適したデジタル・ワークプレース戦略を策定し、段階的に実行していく必要があります。その際、トップダウンによる制度導入ではなく、従業員の声に耳を傾け、実際の業務やライフスタイルに即した柔軟な設計が重要となるでしょう。