NVIDIAのシリコンフォトニクス・ネットワーキング技術
急速に進化するAI技術は、データセンターの在り方を変えようとしています。大量のデータ処理と高度な演算能力が求められるAIワークロードでは、GPUを中核とした高速で効率のよいネットワークが必要となります。
こうした状況を受け、世界中の企業や研究機関では、より大規模なAIファクトリー(AIを継続的かつ大規模に運用するための拠点)の構築に力をいれています。その中で、処理性能を高めるだけでなく、消費電力やコストをいかに抑制するかが重要であり、従来型のアーキテクチャでは限界が見え始めています。
こういった状況の中、NVIDIAはGTCにおいてシリコンフォトニクスを活用したネットワーキング技術を公表しました。
今回はこの発表内容をもとに今回はNVIDIAが発表した新たなシリコンフォトニクス・ネットワーキング技術について取り上げたいと思います。
出典:NVIDIA 2025.3
AIファクトリーの拡大とネットワークの課題
AIブームの活性化により、多くの企業ではGPUを数百から数千、さらには数百万単位で連動させる計画が進められています。最先端のディープラーニングモデルや大規模言語モデルなどは膨大な演算処理を必要とし、こうしたAIファクトリーの規模拡大が進んでいます。一方で、大量のGPUを効率よく結合し、データを高速かつ安定的にやり取りするネットワークインフラを整備することが求められています。
従来の大規模データセンターでは、光ファイバーと電子スイッチを組み合わせたシステムが一般的でした。GPU数が飛躍的に増えるにつれて、消費電力の増大や配線数の増加、信号の減衰など、さまざまな制約が生じます。経済性や運用管理面から見ても、大量のケーブルを扱うことは負担が大きく、物理的なスペースに加えて配線の混雑も課題として顕在化しています。これらの問題を解決し、なおかつさらに大規模なAIファクトリーを実現するうえで、ネットワーク性能の革新は避けて通れないテーマとなっています。
NVIDIAのシリコンフォトニクス技術
NVIDIAは、シリコンフォトニクス技術を統合した新たなネットワーキングスイッチを発表しました。Spectrum-XとQuantum-Xと呼ばれるこれらのスイッチは、電子回路と光通信を高次元で融合させることで、次世代のAIファクトリーを支える基盤となることを目指しています。
特徴は、従来よりも4倍少ないレーザーを使用しながら、3.5倍の省電力と10倍の高いネットワークレジリエンスを両立している点です。シリコンフォトニクスによる信号劣化の低減や高密度化によって、63倍もの高い信号品質が実現されるとされています。ポート当たりの通信速度は1.6テラビット/秒に達し、従来のネットワーク機器では到達し得なかった超高速通信と高効率なデータ転送が可能になるといいます。
Spectrum-Xフォトニクススイッチは、128ポートの800Gb/s、または512ポートの200Gb/sといった構成を提供し、最大で100Tb/sの総帯域幅を確保できるといいます。さらに拡張版では512ポートの800Gb/s、もしくは2,048ポートの200Gb/sに対応し、合計400Tb/sもの大容量をカバーできます。一方、Quantum-Xフォトニクススイッチは144ポートの800Gb/s InfiniBandを搭載し、効率的な液冷設計で高い冷却性能を実現します。前世代と比較して2倍の速度と5倍の拡張性を備えており、AI演算リソースを抱える施設にとってインパクトのある選択肢となるでしょう。
本技術の導入によって見込まれる最大のメリットは、大幅な省電力化と拡張性です。従来の電気信号のみでのスイッチ設計に比べ、光信号との融合により消費電力が抑えられ、運用コストの軽減が期待できます。また、同一スペースでより多くのGPUやサーバーを統合しやすくなることから、AI開発に欠かせない拡張性の高さも大きなメリットとなります。さらに、10倍のネットワークレジリエンスにより、大規模環境でも安定的に運用できる点はビジネスリスクの低減にもつながる可能性があります。
シリコンフォトニクス技術には製造プロセスの複雑さや高コストといった課題が存在します。大規模ネットワークを構築するうえでの初期投資は相応の額に上ることが想定されます。現時点でNVIDIAは2026年にEthernetスイッチの提供を始めるとしていますが、新技術であるために量産体制やサプライチェーンの整備が求められます。半導体製造大手やフォトニクス関連企業との連携を緊密に進めることで、安定的な供給とコストの抑制がどこまで実現できるかが今後のポイントとなるでしょう。
グローバルパートナーとのエコシステム構築
NVIDIAは本技術の開発にあたり、TSMC、Coherent、Corning Incorporated、Foxconn、Lumentum、SENKOなどと協業を進めています。TSMCの3Dチップスタッキング技術(TSMC-SoIC)を含む先端製造プロセスとの連携により、シリコンフォトニクスの量産体制を強化しています。さらに、CoherentやBrowave、Fabrinet、Innolightなどのフォトニクス関連企業も加わることで、多方面の専門技術が集約されている点が注目されています。
TSMCのCEOであるC.C. Wei氏は、
次世代ワークロードに対応するAIファクトリーに向けて、高効率かつメンテナンス性の高い技術が必要です。TSMCは最先端のチップ製造技術とシリコンフォトニクスを組み合わせ、NVIDIAのAIファクトリー拡大を支援する
と述べています。こうした発言からも、世界的な半導体企業が次世代ネットワークの実装に本腰を入れている姿勢がうかがえます。
AIファクトリーのさらなる拡大を支える上では、高性能なプラッガブル光トランシーバーの開発も重要となります。NVIDIAはCoherent、Eoptolink、Fabrinet、Innolightなどと連携し、光学技術の進化を加速させようとしています。これによりスケーラブルかつ持続可能なAIネットワークインフラを形成する方向性を示しています。
今後の展望
AIファクトリーが将来的に何百万ものGPUを活用する時代が到来すると、これまでの電気を中心としたネットワーク技術では対応しきれないところが増えていくことが想定されます。
NVIDIAのシリコンフォトニクス技術は、省電力・高密度・高信頼性のネットワーク基盤を実現し、ビジネス競争力を左右するインフラの革新を後押しする可能性があります。
また、NTTなどが推進するIOWN(Innovative Optical and Wireless Network)の光電融合技術との相乗効果につながるか、もしくは競合となるのかも注目されるところです。