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世間一般で割引と言うと商品を安く買うことを意味します。
それが手形の世界となると少し違った意味になります。

別のエントリで手形の仕組みについて簡単に説明しました。
会社の判子は新し過ぎてはダメなんです

手形と言うのは期日になったら現金に換金できる証拠の紙のようなものです。
日本で手形が使われるようになった歴史も古く、江戸時代に遡ります。
旗本・御家人は幕府から給料をもらいます。
その給料は今と違って「米」です。
将軍から「よくやった。ボーナス増やしてやる」と褒めてもらって
江戸城から米俵担いで地方に帰るわけにもいきません。

そういうわけで「米100俵」などと交換できる米手形が使われました。
お侍さんたちは米手形を商人に販売し、現金に変換して生活しました。
商人は米手形を米に交換したり、米手形をお互いに売買して生活をしました。
そこの部分で米手形を入手した原価と、現在の米相場との違いから
日本の先物市場がスタートするわけですが、それはまた別の機会に。

 

さて歴史ある日本の手形ですが、現金に変換することができるのは
手形に記載された「期日」を待たなくてはいけません。
今お金があるのなら、わざわざ手形を振り出す必要はありません。
お金が手元にないから「1ヶ月先には用意する」という約束をして、
手形を振り出すことになります。

しかし、お金が無いのはお互い様です。手形をもらう側の人だって
別の会社への支払が明日に迫っているかもしれません。
そこで「この手形は1ヶ月後には10万円になるから、これで支払わせてください」
という作戦が、先回説明した手形の裏書譲渡です。

これが許されない場合はどうなるでしょうか?
どうしても現金を用意しなくてはならない場面というのはいくつかあります。
代表的なものは社員の給料です。まさか会社から従業員に
手形を振り出すわけにはいきませんので、現金で工面する必要があります。

さて困った困った。こういうときに登場するのが銀行です。
銀行は、受け取ったものの期日まで日数が残っている手形を
期日より前に現金化してくれます。なんと便利なのでしょうか。

ま、世の中その辺にうまい話は転がっていないわけでして、そのときに発動するのが

手形の割引

になります。手形の割引では、本来ならば1ヵ月後などにしか入手できないはずの現金を
期日よりも早く手に入れることができます。その代わりとして手数料を取られるます。

例えば今日が6月15日です。
7月15日には100万円がもらえる手形を今日銀行に持って行くと、
95万円の現金になります。5万円は銀行の儲けです。
(※ 金利は適当です)

この儲けの部分は、市中の金利に応じて決まります。
金利が高くなればなるほど大きく割り引かれますし、
金利が低くなればなるほど小さく割り引かれます。
また、期日が先であれば先であるほど大きく割り引かれますし、
また、期日が近ければ近いほど小さく割り引かれます。
期日が到来していれば、そもそも銀行で割り引いてもらう必要がありません。

ちなみに日本の中でもケチで知られる名古屋人は手形の利息に関してすごいことをします。
1円でもケチるのが名古屋流です。午後2時くらいに、代金の取立人がやって来ました。
社長は快く迎えます。ケチだからと言って支払をしぶることはありません。
約束は約束ですので気前良く手形を切って机の上に置きます。
で、しゃべるしゃべる。ゴルフの話にドラゴンズ。天気の話に景気の話をして
午後3時を過ぎたところで、「はい。じゃ、これ持って帰ってちょー」

これはなぜかと言いますと、支払ったのは今日です。
そしてその手形を持っていく銀行は午後3時で閉まりました。
明日まで換金できません。換金できないということは明日の朝9時まで
口座の残高が減りません。しかし銀行口座にある現金に対して、利息は1日分計算されます。
その日のうちの2時に手形を渡して、2時30分に換金されて口座からお金が減ると、
その分の利息を損してしまうという論理です。1億円の手形でやったとしても微々たる額だと思いますが……。
塵も積もれば山となる。このあたりの事をしっかりしている社長さんがわんさかいるのが名古屋です。
今はさすがに低金利時代なのでここまでやっている人はいないと思われますが、
また景気がよくなって金利が高くなったらよく見かける光景になるかもしれません。

さて思わず世界の首都、名古屋の話になって力が入ってしまいました。
手形の割引というのはこのように便利な面があります。

大きくない企業というのは儲かっていても資金が潤沢にありません。
サラリーマンの生活からクレジットカードを取り上げて、
給料は後払いで大晦日に1年分まとめて支払われるという生活を想像してみてください。
貯金がたまるまでは薄型テレビを買うことも、新型MacBookを買うこともためらわれることでしょう。
中小企業の経営というのは少なからずそういう性質があります。

そうすると、1ヶ月や3ヶ月の支払猶予がある手形を切って支払を行うと非常に楽です。
また手形をもらった側の立場から見ても、銀行に少し手数料を払えば
必要な時に現金を得ることができます。その必要がない場合は、期日まで手形を寝かせておけば
不要な手数料を取られることなく現金を得ることができます。

手形はこのように便利な仕組みですので、乱発すると破滅を招きやすいです。
例えば、手形の期日に100万円が用意できませんでした。
そうしたら取り立てに来た人が言いました。「来月までに110万円にしてくれたらいいよ」と。
そしてその場で110万円の手形を切ります。以下、無限ループとなることが素人目にも想像できます。
何か革命的な技術を実現するのに後一歩のところまで来て資金が足りない!
とかいう状態でないならば、下り坂を自転車で立ち漕ぎしながら不渡りに向かってまっしぐらですね。
このことを手形のジャンプと言います。楽しそうな名前ですが全然楽しくありません。

また、手形をお互いに交換することもあります。
Aさんの会社は最近ちょっと傾いているので銀行がお金を貸してくれません。
そこで、最近ちょっと羽振りが良いBさんにお金を借りようと思いました。
何か担保に入れようと思いましたが、手ごろなものは工場の工作機械から
自宅まで既に担保にしてしまいました。(この時点で将来が見えますが……。)
そこでAさんはBさんに対して同額の手形をあげようと思いました。
Bさんは、それならお金を貸してあげようと思いました。

  • AさんはBさんに100万円の手形を切りました。
  • BさんはAさんに100万円の手形を切りました。

そしてAさんは銀行に行き、割引を受けて95万円をGETします。
一見、何の問題もないこの行為ですが、Bさんにとってはリスクが高いです。
Aさんの企業が倒産したら、Aさんからもらった手形は紙切れになります。
元を正せばAさんの企業の状態が悪いせいでお金が借りられなくなっているわけです。
このような方法で現金を得たとしても、倒産にいたる可能性は高いと言わざるをを得ません。
このような手形の使い方を融通手形と言いまして、紙切れになってしまう可能性が高いです。
このような手形には大変注意が必要です。

前半は明るい話題だったのに後半は急に恐ろしい感じになってしまいました。
最後に、私の中で伝説の経営者と言えばホンダ自動車の藤沢武夫さんが思い浮かびます。
ホンダの経営が傾いたときに「ホンダから支払うのは手形。ホンダがもらうのは現金。」
という大技をやってのけた方です。この時代の経営を振り返った本を読むと
色々な企業で「頭を下げて手形の支払を猶予してもらった」という回顧を見かけます。
一升瓶を持っていったり、土下座をしたり、ということを聞くと、払う側も払われる側も
お互いに顔の見える商売をしていたのだな、と思います。
それと比べると「株式分割」やら「毒薬」やらというのは少し味気ないような気がしてなりません。

yohei

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山口 陽平

山口 陽平

国内SIerに勤務。現在の担当業務は資金決済法対応を中心とした資金移動業者や前払式支払手段発行者向けの態勢整備コンサルティング。松坂世代。

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