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きょこコーリングさんが口コミの判子屋さんというエントリで
不思議な判子屋さんを紹介しておられます。

この判子というのは商売では色々と考えるべきところが多いものです。
迷信あり、判子だけは肌身離さずもっておられる社長あり、などです。

かくいう私は山本印店さんのような「開運」のような話は
全然信じていないんですけれども、商売人でもないのに
うっかりチタンの印鑑を買ってしまいました。

相手が紙なら何万回押しても削れない強靭さ!(印鑑登録以外に押したことありません)

並みの火事にあっても溶けません!(融点は1500度以上)

象さんを傷つけることもありません!(日本で買える象牙は密猟品じゃないと思いますが)

と、良いこと尽くめです。完全に無駄遣いです。
ま、孫の代まで使っても傷つくことがないと思われますので
判子社会とが続く限り、私の跡継ぎに相続してあげられるといいな、と思っております。

さて、縁起を担ぐ商売人さんにあっては、判子というのはとにかく色々と気を使うものでして、
とても大切にされます。しかし判子は机の上に飾って眺めるためのものではありません。
特に社名に住所や電話番号などを組み合わせたゴム判などは、
どれだけ大切に使っても「磨り減ってくる」ものであります。

しかしゴム判ですらこれは「変えてはいけない」ものなのです。
だから判子だけは高くてもできるだけ良いものを買いなさい、と言われます。

変えてはいけないといっても、法律上の問題から
登記に使うような印鑑をみだりに変えてはいけません、というものではありません。
もちろん、「運が悪くなる」という迷信めいた理由からでもありません。
変えると困ってしまう理由というのはあるのです。
ただしこれは商売の世界に興味がない人では当たらないクイズだと思います。

ヒントは手形です。
手形の仕組みをご存知ない方は答えを言われてもピンと来ないかもしれません。

手形というのは、何月何日になったらお金をいくらを支払いますという約束を表すものです。
企業の経営にあたっては、物を買うたびにアタッシュケースに現金詰めて
行き来するわけにもいきません。宮路社長か!

よって手形を使います。
買い掛け・売り掛けといって帳簿上で取引を済ませてしまうことも多いですが、
手形も似たようなものです。振り出した瞬間はお金が減りません。
渡した相手が手形を銀行に持っていくと現金がもらえます。
銀行は手形を持ってきた人に額面の通りに現金を支払います。
そして手形を振り出した人の口座からお金が減額されます。
(ややこしくなるので期日の話は抜きにしております)

これが手形の仕組みの基礎です。

関連するエントリ:今なら1割引?手形のバーゲンセール
(# 2007/6/16 関連リンク追加)

基礎というからには応用がありまして、手形には裏書というのがあります。
裏書というのは債務の譲渡の仕組みです。

Aさんが10万円の手形を振り出して、Bさんに渡します。
Bさんは銀行に持っていけば10万円もらえるのですが、
ちょうど今日中にCさんに10万円の借金を返す予定がありました。
そこでBさんはCさんに「これあげるからチャラにして」とAさんの手形をあげます。

これは現金だったら何の問題もないのですが、
手形だと保証の問題があります。Cさんが手形を掴んだ時点で
万一Aさんが破産していた場合、手形は紙くずになっています。
いわゆる不渡りというものです。手形は次々と渡っていくものですので、
渡らなくなってしまった手形を不渡りと呼びます。
不渡りが無ければ、Cさんが銀行に行ってAさんの口座から10万円を受け取ります。

とは言え、普通ならCさんはこの場で現金で10万円くれよ!というほうを選びます。
そこでBさんは「もしAさんに何かあったら俺が補填するからさ、この手形でよろしく」と
手形に判子を押します。これを裏書と言います。

もしAさんが破産したらBさんが10万円払う義務を被ってしまいます。
なのでAさんを良く知るBさんが、「Aさんところは儲かってるから大丈夫」
という自信のもとに裏書を行います。

CさんはBさんが裏書しているなら、とAさんのことを全然知らないまま、
Aさん(並びにBさん)を信用して手形を引き受けます。
このことを商法の手形法第75条になぞらえて
「マイミクのマイミクはギリギリ日記にコメント書けるよね」と言います。嘘です。

そのように裏書をつなげていくと、A,B,Cさんだけでなくて
ものすごい人数の手を渡る手形というのも考えられます。
一概に言えませんが、それだけの人数を渡る手形というのは
それなりに有名な会社だったり、人望がある社長だったりが
振り出していることが多いです。そういわけで裏書がたくさんついていると
引き受けてもらいやすくなります。
精神的に「これだけいれば自分は大丈夫だろう」と思いやすくなる、というのもありますし。

さてここで判子の話に戻りますと、裏書には判子を使うことが多いです。

なぜ判子かというと、偽造が難しいからです。
手書きだと、本当にその人が裏書したのかわかりませんので信用度が落ちます。

手形というのは信用関係です。なので初対面の見ず知らずの人同士で
適当に交換するものではありません。良く知ったもの同士で毎日のように
交換していると、判子の印影が頭にインプットされてきます。

手形というのはただの紙ですので、紙幣よりは簡単に偽造できます。
それを悪用して、Aさんの知り合いの振りをしてXさんというのが
Bさんに近寄ります。

「わし、Aの友達のXじゃけぇ。Aから手形もらったけぇ。現金にしてくれやぁ」

とBさんに迫ります。確かにAさんの会社の判子が押してありますが、
良く見ると文字がいつもよりくっきりしています。

「オドレ誰にむかって嘘抜かしとんじゃこらぁ。
耳の穴から指突っ込んで奥歯ガタガタいわしたるどー」

と、危ないところで嘘を見破ることができました。

判子というのは複製することもできますが、使い古した判子にある
傷や丸みというものは複製することが大変難しいです。
判子の古さが偽造を困難にする仕組みを担います。
(また、この季節にAさんが出す手形にしては金額が大きいなぁ、
などの経験則も併せて判断材料として活用されることがあります)

そういうわけで意味も無く判子を新しくしてしまうと、偽者だと思われたり、
偽造されやすかったり、と不利益な点がでてきます。

ペーパーカンパニーを作って手形を乱発し、
現金や物をゲットしてドロンと消え去るケースでは
非常にわかりやすいピカピカの判子が捺されることが多いそうです。
なので判子が新しいと、そういう会社じゃないのか?
と勘ぐられる危険もあると言えます。

以上のことから判子というのはよほどの事がなければ
ぼろっぼろになって、持ち手が手垢で真っ黒になっても
交換されることはありません。そして交換することが難しいことを知っている人は、
例え高価であろうとも、できるだけ長持ちするものを作ります。

普段システム業界にいると、もうすっかり手形なんていうものは
消え去ってオンラインバンキングだとか決済システムの全盛なのかと思いきや、
そんなことはまったくありません。

むしろITベンチャーを起業した若手がこの辺りのルールを
全然知らなくて、手形でカモられてしまう、という
怖い噂を聞くことすらあります。(あくまで噂ですが)

古くは江戸時代、天下の台所である大阪の堂島でも使われていた手形。
21世紀になっても「手形管理システム」なるものがあり、
誰がどこでいくら振り出したかをリアルタイムに管理するという、
なぜオンラインバンキングではダメなのか?という疑問を退けて余りある、
理解できない魅力が手形にはあります。
このエントリも15分で書き上げるつもりが3倍以上かかってしまいました。

こんなマニアックな話を聞いてドキドキしてしまうあなた!
今のうちに判子を作っておいて『こなれた』判子を育ててみてはいかがでしょうか。

yohei

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プロフィール

山口 陽平

山口 陽平

国内SIerに勤務。現在の担当業務は資金決済法対応を中心とした資金移動業者や前払式支払手段発行者向けの態勢整備コンサルティング。松坂世代。

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