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ヴィジュアル、サウンド、テキスト、コードの間を彷徨いながら、感じたこと考えたことを綴ります。

ギタリスト・イン・ザ・スポットライト・フォーエバー。クールなリフは、ノーマスクで刻め。 ~6弦のカナリア(11)~

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9月30日10月1日10月8日と、10日間で3本のライブに出演し、25曲を演奏した、『TERROR SQUAD』。
鬼気迫るボーカルと、圧倒的な演奏技術で、客を魅了した。
だが、ギタリスト・大関慶治は、初めて防毒マスクを装着して弾く事態に見舞われた。
パフォーマンスを完全に封じた演奏。心の傷が癒えぬまま、11月のライブが幕を開ける。

企画者の超アイデア!前代未聞、メタル×自治体のフライヤーを配れ!

『東京メタル祭り』の初日、11月11日(土)。
『東京両国SUNRISE』にて、『METAL ANARCHY TOUR STRIKES BACK!!!』が開催された。
『METALUCIFER』と『SILVERBACK』のダブルレコ発。『METALUCIFER』は、ヨーロッパツアーを終えての出演となる。
出演バンドは他に、『DIE YOU BASTARD!』、『SHADY GLIMPSE』、そして『TERROR SQUAD』。

企画者、別府伸朗氏は、『TERROR SQUAD』結成時からの客で、旧知の間柄だ。もちろん、香害に苦しむ大関の事情を知っている。
そこで、考えた。なんと、フライヤーの裏面を、香害の啓発に使おうというのだ。
この奇想天外なアイデアは、すぐに実行に移された。
「香害に関して、フライヤーの裏面に載せたほうがよい情報、何かありますか?」
メールでの問い合わせに、大関が薦めたのは、平塚市のウェブページだ。香害健康被害者たちの間で、わかりやすいと評価されていたからだ。
これを受け、別府氏は、同市の担当課に交渉、転載の許可を得たのだった。

こうして、前代未聞の、アナーキー(無秩序)×オーダー(秩序)という、驚愕のミスマッチ・フライヤーができあがった。

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8月8日、別府氏は、facebookに、開催要項とフライヤーを投稿。そのテキストには、「TERROR SQUADのギタリスト大関氏が現在化学物質過敏症にて闘病中ですのでご理解とご協力お願いします。」

このアイデアには、香害啓発者たちの誰もが驚いた。大関が「X」で紹介するや、瞬く間にリポストされていく。

別府氏は、その後4回にわたり、facebookに投稿。集客と無香害の両立を目指した。
10月26日には、「どんな洗剤ならOKなのか?」という問い合わせがあるとして、香害啓発者有志の制作した、比較的安全な製品の一覧表を掲載。また、非掲載の洗剤を使用中の場合、「多めの水で2回濯ぐ」よう提案。「いくつかの選択肢があると思いますので、あとはご来場の皆さまの判断にお任せいたします。また何か情報ありましたら都度発表していきます。」と、ていねいに説明。
この企画者の投稿を、『SHADY GLIMPSE』ドラマー・西山泰博氏がシェア。拡散に拍車がかかる。

別府氏は、「X」でも告知。「『モトリー&デフレパもメイデンも何かも高過ぎ!』と号泣してるメタルな皆様」に向けて、宣伝に余念がない。店舗に置いてあるフライヤーは、客が持ち帰る。10月26日には、ほぼ掃けた。配布開始が早かったため、来場予定者には、無香害のお願いが行き渡るにちがいない。

バンドマンたちの粋なはからい。まさに、シュプリーム・ギフト。

ライブを二日後に控えた11月9日、大関に思いもよらぬプレゼントがもたらされた。
共演者の『SHADY GLIMPSE』のメンバーたちが企画した、オリジナルTシャツだ。
「香害をぶっ飛ばせ!」―――叫びが聞こえるかのような、辛口のデザイン。ロックでクールな一着だ。まさに、『Supreme Gift』だ。

このTシャツは、物販に並べるだけでなく、香害健康被害者たちのために、いくらか取り分けているという。この心遣いを知らせる大関のポストに、健康被害者たちは、大感激、大感涙。

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別府氏は、さっそく、このTシャツを、facebookで紹介。
「『SHADY GLIMPSE』の皆さんがイベントシャツ作成してくれました!超絶最高!イベント開演前から会場入り口近くで販売可能か確認しますので、もし早めに購入希望の方はアナウンスお待ちください。当日、こちらに着替えていただければ香料対策にもなるかとも思います。」
当の『SHADY GLIMPSE』も、リーダーのSHINYA SAKAI氏や西山氏が、facebookでシェアして、拡散。

SHINYA氏と大関は、20年以上の旧知の仲。バンド同士の歴史も長い。
『METAL ANARCHY TOUR』と銘打ったイベントは、2005年、2007年に続き、今回3度目。毎回、共演している。
2005年のイベントでは、『SHADY GLIMPSE(当時は、VACUUM)』、『SILVERBACK』と、3マンそれぞれの本拠地を巡るツアーを敢行。『新宿 DOM』、『浜松 MESCALINE DRIVE』、『札幌 culb counter action』で演奏した。
2007年には、2マンで、 『浜松 MESCALINE DRIVE』、『鈴鹿 SPARK』、『新大久保 EARTHDOM』、『いわきSONIC』を回っている。

今年は、6月4日に、『東高円寺 二万電圧』でのライブ『PIG'S TAIL 19TH ANNIVERSARY LIVE』で共演。
その時は、『SHADY GLIMPSE』のメンバー全員が香害対策にいそしみ、完全無香料で出演。SHINYA氏は、使う洗剤に迷った挙句、新品を着用するという念の入れようだった。それ以降、大関を陰から見守ってきた。持つべきは、バンドマン仲間ということか。

日常生活に潜む危険。ライブ当日までの健康管理に四苦八苦。

企画者と共演者の、粋な、はからい。万全の体制に、万全の体調でのぞみたい。
そう心がけはするものの、本人努力でどうにかなる問題ではない。香害とは、健康を、他者に握られている問題でもある。
出会い頭の曝露がある。汚染された大気に包囲される。防毒マスクを24時間装着することなどできない。しかも、香害の原因物質は、そのマスクさえすり抜ける。逃れる方法はない。

10月14日、3週間ぶりのスタジオ練習。以前、大関が捉えた「ロビー全域が紫色に感じるような芳香剤臭」は、消えていた。トイレの芳香剤が変わっていたのだ。少しずつ、理解する人が、増えている。ありがたかった。
だが、帰ろうとしたその時、すれ違った利用者からの強烈な曝露に見舞われた。健康被害者たちが、ダメージの大きさに慄く製品だ。頭の片側がビリビリと震えた。

症状が治まった、翌々日。今度は、移香に遭遇してしまう。注文していた本が届いた。カバーと断裁部分が悪臭を放っていた。自然派の洗剤で除去を試みたが、これが5時間がかり。作業を進めると、刺激臭は粘土のようなニオイに変化した。重層した両方の物質を浴びて、顔が痺れた。
強く移香している部分は、ヤスリで削った。本を読むために、健康と時間を差し出さなければならない。
いまや紙製品への移香は深刻な問題だ。本に限らず、紙パッケージ、配送用段ボール、郵便物、紙幣。無香害のものを探す方が難しい。

その数日後、今度は、ゆうパックの配達員が香料臭をまとって訪れた。健康被害者たちの間で「粉粉」と呼ばれ、恐れられている柔軟剤だ。痺れが始まり、付着した物質を洗い流すために、朝から入浴する始末。

ライブ1週間前。スタジオ練習の後、髪をカットし、スーパーへ立ち寄った。馴染みの美容師は大関の窮状を知っており、配慮してくれる。だが、そこは美容室。無傷では済まない。
スーパーも、香害対策をしており、比較的安心して買い物できる。だが、店員が無香害でも、客には使用者がいる。駐車場ですれ違いざま、強烈な曝露。またしても「粉粉」。そのうえに重なる、線香のようなニオイ。まるで、ニオイの壁が迫ってくるような圧迫感。ピリピリと痺れた。

そして、ライブ前日の10日夕方。かねてより注文していた、「ザ・ビートルズ、ベスト・アルバム『赤盤』『青盤』2023エディション」が届いた。
だが、またもや「粉粉」だ!宅配便の配達員が激烈なニオイをまとっていた。対面で受け取ることなどできるはずもない。宅配ボックスに入れてもらった。
商品はエアクッションに包まれており無事だったが、ロゴ入りの箱は移香していた。近づくと痺れるほどの強さ。除去は不可能だ。
大関にとって、音楽は生活と仕事のすべて。All You Need Is Music. 人生を、香害は、毀損している。

ベスト・パフォーマンスを発揮するために。ノーマスクで弾く意味。

10月26日、イベントのタイムテーブルが発表された。
16時半開場、17時開演。『TERROR SQUAD』の持ち時間は、17時~17時半。トッパーだ。
それなら、ハコの中に徐々に蓄積していく有害物質の影響を受けにくいはずーーー以前は、誰もがそう考えた。
だが、香害が猛威をふるう今では、その考えは通用しない。
9月30日のライブでは、会場入りした時点で、空気は汚染されていた。だから大関は、防毒マスクを首に提げてステージに立ったのだ。そして、ラスト3曲で、装着に踏み切った。

それは異様な光景だった。来場者は素顔、ギタリストひとりがマスク姿。
香害健康被害者たちが、ライブへ足を運ぶことは難しいのだから、当然ではある。大関の「X」のフォロワーには、ステージを一目見たいと願う、健康被害者が何人もいる。だが、行きたくても、行けないのだ。10月のライブに駆け付けた橋本氏のように、防毒マスクを装着して、意を決して参加するのでなければ。それは、危険な賭けだ。
結果、来場者は、香害の空気の中でもノーマスクで楽しめる者に限られる。

ならば、大関さえマスクを装着すれば、客は使用製品について考えなくてもよいのではないか、という見方もあるだろう。
否。プロギタリストにとっては、単純なマスク装着の是非を問う問題ではないのだ。

大関の演奏の基本姿勢は、全身の連動にある。ポール・マッカートニーがお手本だ。

音楽の道を志した、中学生時代。きっかけは、ビートルズとの出会いだった。すぐに虜となった。ジョンもジョージも好きだが、やはり、ポール。自らの出力した音をフィードバックして、踊るかのように、全身でリズムをとりながら、弾き、歌う。
4拍子を8分や16分で細かく刻み、身体の各部位が異なる粒度で動く。まるで、身体の中にドラムセットがあるかのように。
出力される音を、内包した動き。そのビート感に憧れた。
ポールのように!と願ったあの日から、それは大関の目標となった。

そして、2020年。しばしばステージで香害に見舞われ、欠勤を余儀なくされた大関は、Youtubeで、古武術の甲野善紀氏の動画に出会う。爪先から指先まで、つながった身体。全身を使う感覚。驚愕し、共感した。演奏に、共通点を見出した。
その奥義は、模倣することさえかなわない。それでも、少しでも、感覚で捉えて、生かすことはできないか。自らの演奏を見詰め直した。

手だけで弾いているわけではない。骨格も神経も筋肉も、すべてが連動したフィンガリングとピッキング。その結果として出力されるのが、「大関の音」なのだ。

その身体の動きが、防毒マスクを着けた途端に、封じられる。
直立不動では、手先で弾くかたちになりかねない。もちろん、ヘドバンやアクションも不可能だ。

一度や二度では、客は誰ひとり、音の違いに、気づかないかもしれない。
だが、繰り返された暁には、どうなるか。
創られるものには、創り手の心身の状態が反映する。無心で、全力で、集中した結果、おのずと生まれたものは、企図して、余力で、耐えながら、生み出したものを、凌駕する。客席に向けて放たれる熱量の違い。意識に上らずとも、「何かが違う」結果を生み出しかねない。

それだけではない。マスクの装着を前提としようものなら、「規定量を守りさえすれば、香害原因製品を使用してもよい」という暗黙の了解を生みだす可能性もある。

とはいえ、マスクを装着していれば、出会い頭の曝露は防ぐことができる。有害物質を吸い続けて頭が混乱するよりも、冷静に、ステージに立つことはできるだろう。なにより、身体へのダメージを軽減できる。香害に耐えれば耐えるほど、階段を転げ落ちるように、症状は悪化していくのだ。

演奏を優先して、ノーマスクを貫くべきか。あるいは、健康を優先して、マスクを装着すべきか。
答えのない問いが、堂々巡り。―――大関は、まだ、答えを見いだせていない。

香害さえ、なければ。
悩みを追い払うように、届いたばかりのビートルズの音に包まれて、大関はギターの弦を張り替えた。
思い出と現実が交錯した。
最後の曲まで、マスクを装着することなく、ベスト・パフォーマンスを発揮したい。

準備は整った。企画者、共演者の全面協力のもと、無香害ライブ達成に挑む。

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友情が炸裂!懐かしい、コード。対バンの名曲をカバー!

15時半、会場に到着、機材を降ろした。周辺の空気事情は、さほど悪くはない。ノーマスクで搬入作業。
そのころステージでは、共演バンドのリハーサルがすでに終了。本日4番目、19時30分~20時30分を演奏する『SILVERBACK』のリハーサルが始まろうとしていた。

久しぶりの再会。懐かしく、声をかけた。ところが、ギター・ボーカルのKIYO氏の姿が見当たらない。北海道からの、遠路。遅れているようだ。
「KIYOさんが来るまで、代わりに弾く?」
「いいね!弾く!弾く!」

大関は、KIYO氏の演奏が好きで、大の仲良しなのだ。親しみを込めて「キヨさん」と呼ぶ。
「キヨさんとは、ジャンルや弾き方は全然違うんだけど、昔から何故か惹かれ合うんだよね。」
過去の『METAL ANARCHY TOUR』では、「対バンの曲をカバーする」という掟があった。これを大関は楽しんでいた。その経験が、生きた。

どの曲を弾けばいいのか、しばし考え込む。1st.アルバムの『EVIL MIND』のイントロか、2nd.の『FEMT』か。そうだ、『ALIVE』と『NoTitle』は、しっかり弾いたことがあるぞ。
『NoTitle』を弾き始めると、コードが思い出された。どんどん弾いた。

リハーサル代行を終えて、袖に下がる。もう少し弾いていたいような、愉快な気分。対バン曲をコピーしていた頃の、無邪気に音を追いかけていた記憶がよみがえり、心が、じんわり、温かくなった。

まさかの事態。面食らう関係者、共演者たち。

引き続き『TERROR SQUAD』のリハーサルが始まった。
ところが、ここで問題が発生。
大関の嗅覚は、香害製品の存在を捉えた。まさか。その、まさかだった。ステージスタッフが、ユーザーだったのだ。

当のスタッフは有能らしく、楽屋とステージを往復しながら、フル回転で準備を進めていく。ドラムのセッティングまで手伝っている。
さいわい、大関自身のセッティングは、キヨさんのリハーサルの代役を務めたことで、完了していた。退避して、マスクを装着、作業完了を待つことにした。

企画者の別府氏は申し訳なさそうに詫びる。大関は「いやいや、充分すぎる啓発活動してくれて感謝!」と返す。『SHADY GLIMPSE』の面々は、「この空気、大丈夫かな?」と気遣い、マスク姿の大関を見て、「ああ、やはり、だめですよね...」と、苦笑い。
しばし、外で、歓談。昔話に花が咲く。

この日は、急に気温が下がったため、クローゼットから引っ張り出したままの衣類を着用してきたらしき人も、ちらほら。感知するやすぐさま回避し、事なきをえた。
だが、トイレでは、ドアを開けた瞬間に、芳香剤に襲われた。一時退却。楽屋に引き返し、防毒マスクを付けた。 まさかのユーザー、まさかのトイレの芳香剤。油断も隙もない。

16時前。「香害ぶっ飛ばせ」Tシャツを着た自身の写真を、「X」にポストした。
フォロワーたちにとっては、予想もしていなかった事態の報告。「無理」。その一言に、凍り付く。「いいね」の数は増えていくが、1件のリプもない。ハコの空気事情がわからない以上、かける言葉が見つからないのだ。ステージは大丈夫なのか?

大関は、不安を振り払うように、ストラトを手にした。開演だ。

会場、爆上げ!無香害の、あの頃のように、全力で!

ステージには、いつもと変わらぬ4人の姿があった。

ベース・前川によるセットリスト。今回は、激しく攻める構成だ。
『Wild Disorder -Eternal Sin-』で狼煙をあげた。すぐに会場は大盛り上がり。
客席から流れてくる香害はない。だが、ステージの残臭は消えてはいない。心身ともに、落ち着かない空気。それでもプロ、それでも弾き慣れた曲だ。演奏に集中した。
今回は、2曲目で、新曲『No Wrong Way』を披露。ボーカル・宇田川は、いつも通りの激しいパフォーマンス。シンガロングを煽り、客を巻き込む。ドラム・ジョーカーも、ベース・前川も、前のめりに、爆速で気炎を上げる。音だけに心を注いだ。耐えた。

弾き続けるうちに、いつものペースを取り戻していた。笑顔を見せられるようになった。
宇田川の巧妙なMCを挟み、『Tokyo Metal Anarchy』。『Bastards』『闇より深く...』と、人気曲を熱演。4人の音が渦を巻いて駆けあがる。

ふたたびMCを挟んで、定番の『Straight to Hell』からの『Chaosdragon Rising』。なめらかで力強い単音速弾きのソロを披露。宇田川の咆哮を受け止めて、ピックを振り抜いた。

マスクはーーー付けなかった。

客たちの歓声の中、大関の脳裏に、過ぎ去ったツアーの記憶が蘇った。

香害はなく、元気があふれていた、あの頃。共演者たちと一緒にいるだけで、楽しかった。
SHINYA氏とともに、ビールソロと称して、ソロ・パート中にビールを飲んだことがある。客たちも、盛り上がる。強烈な楽曲の中に挟む、ユーモア。プレイヤーも客も、衣類や空気など気にすることなく、共有する時間を、思いっきり楽しんだ。ハコは、いつも、心躍る空間だった。

思い出を詰め込んだアルバムを閉じるように、大関の出番は終わった。

「良い一日だった。今日はすごく楽しかった。『SILVERBACK』とは、『ETERNAL ELYSIUM』もまじえて、いつか、この3バンドでツアーを、と話していたほどの仲だしね。それが、香害のために不可能になっている。でも、いつか、いつか......。」

ノーマスクで演奏を終えたとはいえ、長居するには、会場内の空気は厳しかった。
「できればみんなのライブを見たかったな。」

痺れは起こらなかったものの、吐き気と少々の頭痛。気力で車のハンドルを握った。
帰途、一度だけ、どこを走っているのか、わからなくなった。放心状態ではない。脳が鈍り、混乱していた。
20時前、なんとか自宅にたどり着いた。すぐさま「X」で報告した。
「ライブより無事帰宅。今から除染。」

身体と衣類とギターの移香を除去して、ようやく一息。感謝のことばをポストした。
「企画の別府くん、ゴリゴリの香害啓発ありがとう!!対バンのみんなも全面協力ありがとう!先に帰って申し訳ない。お客さんも無香料ありがとう!!」

産業公害が、家庭内へ。いま、この国で、起こっていること。

今回のライブに先立ち、『西横浜 EL PUENTE』のライブで大関をサポートした、『BxTxW』ギタリストで『LEGEND OF TRUTH』ベーシストのRATCHI氏が、大関にプレゼントをくれた。タンクの塗装業者から譲り受けた業務用マスク。長年倉庫に保管されていた新古品だ。

さっそくスタジオ練習の際に付けてみた。
息を吸うと、顔面にしっかり密着。機密性は抜群だ。息苦しさは、先月のライブで装着した防毒マスクと同等。鼻を押さえつけないぶん、ラクである。
演奏の30分を耐えるには厳しそうだが、激しい曝露スポットをやり過ごすには、有効だ。気道閉塞を引き起こす抗菌系成分の防波堤となりうるか。

そして、『SHADY GLIMPSE』は、Tシャツをプレゼントしてくれた。もちろん、大関も着用してライブに臨んだ。
このTシャツにデザインされたマークは、GHSのシンボルだ。
シンボルの意味は、厚生労働省「職場のあんぜんサイト」「GHSのシンボルと名称」に詳しい。環境省でも、PDFの資料が公開されている。
消費者の多くは、同じ製品であれば、業務用にも家庭用にも、同じシンボルと注意書きが記載されているとおもっているかもしれない。
実は、業務用には表示義務があるものの、家庭用品については、業界の自主基準に委ねられている。
家庭用品にシンボルが印刷されていないからといって、低リスクとは限らない。だからといって、ウェブで業務用製品の仕様を確認してから、家庭用品を購入する―――そのような手間を手間ともおもわない消費者が、どれだけいるだろう。シンボルが目にとまらなければ、安心するのではないだろうか。

「Tシャツに、しっかりGHSシンボルが入ってるということは、本気で香害や洗濯公害のことを調べてくれたんだろう。」
大関は感謝しきりだ。
「『各家庭の洗濯に関してはプライベートなことなので』と、なかなか重い腰をあげない行政や学校もある中で、バンドマンたちは率先して立ち上がっている!いつも勇気をありがとう!オレもまだ頑張れそう。」

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このマスク、そして、このシンボル。
これまで、民間人が、日常生活の中で目にすることがあっただろうか?
製造や加工の現場で扱う危険物のためのシンボルであり、有害物質を扱うプロのためのマスクである。
有資格者が現場で取り扱うレベルの化学物質が、ドラッグストアやスーパーを経由して、一般家庭に入り込む。そして、乳幼児や未成年者の衣類に使われる。それも、毎日のように。
これでは、住宅街で、学校で、病院で、産業公害が発生しているようなものだ。民間人を巻き添えにする、香害。それは、エリアを限定しない、広域公害ではないのか。

香害は「最大級の公害」で、呼吸を奪う「人権問題」。

ライブ当日の11月11日(土)。香害に関係するイベントが、2件、開催された。
ひとつは、「 香害・化学物質過敏症に関する啓発講演会」。 渡辺一彦小児科医院の渡辺一彦医師は、「香害は最大級の公害」と言い切った。
650名収容可能な、札幌市の共済ホール。録画がYoutubeで公開されており、広範囲の周知に期待がかかる。

さらに、同日。千葉県市川市が後援する「アレルギーライフ展inいちかわ」。
香料アレルギー、イソシアネートアレルギーは知られるようになってきている。香害によってアトピーのような症状が見られる場合、使用する日用品の見直しも選択肢のひとつだ。「X」上には、多くの体験談が見られる。
このイベントには、香害健康被害者が家族で始めたパネル展「化学物質過敏症・香害・SDGs」で使われたパネルが、提供された。 パネル展は、併行して、東洋大学白山図書館で、 「知ろう・考えよう 人権」の参加型コンテンツの一環として開催中だ。同図書館のウェブサイトには、化学物質過敏症についてのよくある質問を例に」というページが公開されている。一読すれば、化学物質過敏症者たちの、極めて厳しい立場がわかるだろう。

他の地域でも啓発が進む。世田谷区では、「2023 せっけんフォーラム」が、11月6日(月)に開催された。ふくずみアレルギー科の吹角医師が、「お医者さんに聞く!広がる化学物質過敏症について」と題する講演をしている。
豊島区では、香害講演会が、11月2日(木)に開催されている。テーマは、「身の回りにあふれるにおい-私たちの暮らしと香りの深い関係」。講師は、新潟大学非常勤講師の平賀典子氏だ。

これらのイベントから分かるように、香害は過去の公害を上回る「広域公害」であり、生存に不可欠の呼吸を奪う「人権問題」なのだ。

そして、万人に起こりうる「健康問題」であり、身の回り品を見直すことによって「改善できる問題」でもある。

だからだろう、この問題を取り上げるメディアが増えている。
前回ライブから今回ライブまでの約1カ月間で、北海道新聞、読売新聞夕刊、日本経済新聞の社会・調査コーナー、朝日新聞京都版、時事通信社「時事ドットコム」が、記事を掲載。朝日放送テレビ「newsおかえり」、山梨県エリアのラジオ放送「FM FUJI」の番組「Bumpy」が報道している。

同僚や知人友人に対し、「におう」とは言いにくい。何も言われないからといって、問題が生じていないわけではない。
また、化学物質過敏症を発症すると、外出が困難になる。SNSで発信している者は、デバイスを扱う体力はかろうじて残っている者であって、発症者の一部に過ぎない。
そのため、問題が可視化されにくい。だが、全国に多数の健康被害者がいる。彼らは、社会の片隅で、息をひそめて、暮らしているのだ。

香害への関心の高まりを背景に、過去のニュースも見直され、SNSで拡散されている。たとえば、日本経済新聞のこの記事だ。 「シャボン玉石けんによる、生活排水の環境及び生物への影響に関する実証実験プロジェクトの結果発表

大関たちカナリアによる啓発活動は、ゆっくりとではあるが、実を結びつつある。一人から、二人へ。二人から四人へ。ネットワークが拡がるように、理解の輪が拡がっている

立ち上がるバンドマンたち。6弦の響きは、闘いの狼煙!

「今は『普通』ではない空気汚染だよ。」

大関は言う。「使用者とすれ違いざま、顔面が痺れる。におう前に痺れることもある。無臭の有害物質だろう。使用者が悪いわけではない。製品を作る企業の問題だ。今、いちばん困っているのが、昔ながらの洗剤。商品名は同じでも、内容が大きく変わっている。それに気付かず、高齢層が使い続ける。大気を汚染している。呼吸困難を引き起こす。ダメージは大きい。」

カナリアたちは、憂えている。
今この瞬間の楽しみと、未来の子どもたちの生きる環境。両者を天秤にかけるとき、躊躇なく前者を選ぶ者があまりにも多いことを。

カナリアたちは、気付いている。
空気がなければ生きていけないことに。
このままでは、誰ひとり暮らせない地球になってしまうということに。

カナリアたちには、見えている。近未来の光景が。
毒ガスマスクが必須の、恐ろしい社会。しかも、それを装着しているのは、カナリアたちだけではない。誰もが、マスク頼みでなければ、呼吸のできない世界。清浄な空気を買うか、マスクを入手できなければ、目の前には、死。買うために、死よりも辛い労働に明け暮れる日々。

ばかげた話、戯言だろうか?

そのような社会へ歩を進めていることは、すこし考ればわかるだろう。
ビジネスの基本は、適性な価格で良品を仕入れて、適正な価格で良い加工をして、売ることだ。いや、売ること「だった」。過去形だ。ビジネスの常識が、崩れ始めている。
儲けだけを最優先すれば、どうなるか。無料で仕入れて、できるだけ高く売ろう。それなしでは生きられないものなら、買わざるをえまいーーーそう考える者が現れても不思議ではない。それは時間の問題だ。かつては、土、石だった。そして、水。今や、空気だ。
われわれは、言語化して確認し合うまでもなく、共通する倫理観のうえに、社会を築いている。その倫理観を反故にする者がひとりでも現れれば、安定は、なし崩しになる。

化学物質過敏症・対策情報センターによれば、「2015年に環境汚染が原因で死亡した人の数は世界中で900万人に上る」という調査結果が、英医学誌「ランセット」に掲載されたという。「世界の6人に1人は環境汚染で死亡」することになる計算だ。

国内の化学物質過敏症の推定患者数は1000万人、そのほとんどには自覚がないという。 症状が進行しつつも体調不良を自覚していないか、あるいは疲れや他の病気だと勘違いしているケースもあるだろう。

香害を原因またはトリガとする、発症者が増えている。任意のコミュニティ「香害をなくそう」が、3月に行ったアンケートによれば、ここ2年以内では、「香害による発症者が8割弱にもなっている」という現実がある。

「子どもたちに、原因不明の、頭痛や吐き気や不登校がある。なんとなくでもいいので、知人やご近所さんに『香害という公害』があることを、伝えてくれたらありがたい。子どもたち、そして、犬、猫、鳥、のことを考えてほしい。ついでにオレのことも。犬、猫は、人間より嗅覚が良いし、マイクロカプセルが堆積している地面に近い。そして、辛さを訴えられない。」

メディアで取り上げられても、5省庁がポスターを作っても、まだ、津々浦々までは届かない。届いてもなお、無理解に晒される。
大気の質はあきらかに劣化しているにもかかわらず、カエルの釜茹で状態で、気付かない。気付こうとしない。リスクの告知に耳を塞ぐ。
無香害のお願いが、嘲笑される。香害健康被害者たちが配慮をもとめれば、逆に増量して使う人もいるという。

気付いて歌うカナリアたちを排斥する者さえいる。二言目には「田舎へ行け」と言うのだ。
では、彼ら、嗅覚精鋭部隊のカナリアたちが、集団で辺鄙な場所に移り住んだら、どうなるだろう?
この国は、レーダーを外した船と化す。
レーダーなど要らない、危険を叫んで耳障り、とおもうなら、排斥すればいい。リスクを嘲笑って、乗船すればいい。
その船は、いずれ沈む。波にのまれながら、「カナリアたちの歌を聞いていればよかった」と後悔しても遅いのだ。

大関自身、勤務先では、長らく無理解に晒されている。ところが、音楽活動では、多くの理解者がいる。
この正反対の状況が生じる理由は何なのか。
「オレはバンドマンに囲まれているから、『奇跡的に恵まれている』。大気汚染に気付いていなくても、独自のアンテナ持ってるからね。「知ろう」としてくれて「広めよう」と動いてくれる。なにより心が純粋というか透き通ってる人が多い。」

「『オレの未来はオレが作る!』と言いたいけれど、このポジティブチューニング達人のオレが無理なレベルの大気汚染。 オレらバンドマンがちゃんとしなければ、子どもや孫の世代の未来は無い!」

この国をまもるのは、誰か?
われわれ、ひとりひとりだ。
良い未来へとポイントを切り替えるのは、誰か?
それは、政治家ではなく、識者でもなく、アンダーグラウンドのバンドマンたちかもしれない。
ギターやベースを弾くその手が、ドラムスティックやマイクを握るのその手が、次世代、継世代の未来を紡ぐ。
ロックに生きる、ロックを生きる、その生きざまこそが、闇に射す一筋の光だ。

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記事中写真

『METAL ANARCHY TOUR STRIKES BACK!!!』のフライヤー。(提供:『METAL ANARCHY TOUR』)
「香害ぶっとばせ」Tシャツ。(撮影:『SHADY GLIMPSE』)
ライブ前日。ストラトの弦を張り替えた。(撮影:大関慶治)
RATCHI氏提供のマスクを装着した大関、スタジオにて。(提供:『TERROR SQUAD』)
TシャツのGHSシンボル部分を拡大。(撮影:大関慶治)
スポットライトを浴びて弾く大関。健康被害がなかった頃のワンシーン。(公式PVより)


セットリスト / 音源情報

※CDは、残念ながら完売。アルバム2枚は、bandcampで、試聴・購入できる。


ライブ・スケジュール

ご来場の際には、フレグランス・フリーを心掛けてくださいますよう、お願いいたします。

12月16日(土)SHELLSHOCK主催『Abstract Dischord Vol.4』
『新大久保EARTHDOM』16時開場、16時半開演。
SHELLSHOCK、324、TERROR SQUAD、SHADY GLIMPSE、DISASTER、泥虎。超速バンドの競演!!
【 チケット取扱場所 】 イープラス 購入ページSHELLSHOCK Officialサイト、各出演バンド予約、(問)EARTHDOM / 03-3205-4469 Trailer映像
SHELLSHOCK セルフ・カバー・アルバム『FWD: SELF DEFENCE』、会場で発売予定。

12月22日(金)DIE YOU企画『Black X'mas
『新大久保 EARTHDOM』19時開場、19時30分開演。
BASTARD! / TERROR SQUAD、2マン!
※先着でBLACK X'MAS記念手拭いのプレゼントあり!

最新情報は、『TERROR SQUAD official『TERROR SQUAD』サポート を参照。

2023年12月31日(日) 『『BURNING SPIRITS』
『新宿 ANTIKNOCK』
詳細は分かり次第追加しますが、早く知りたい方は、『『TERROR SQUAD』サポート をフォロー。

2024年3月17日(日)憎まれっ子世に憚る十六巡目
『西横浜 EL PUENTE』昼企画。
SLIP HEAD BUTT、DEEPCOUNT、享楽ツインテールの日、#STDRUMS、TERROR SQUAD。
詳細は今後発表、『『TERROR SQUAD』サポート を参照。


※ この日の『METALUCIFER』の「HEAVY METAL NINJA』、『SILVERBACK』の「THE HIDDEN」という、ダブルレコ発を記念して、両バンドのライブ音源等を収録した、スプリットカセットテープが、限定品として発売された。コレクターズアイテムです。詳しくは、企画者・別府氏のfacebookページを参照。


※本稿は、関係者の公開ポストや投稿をもとに、情報を再構成したものです。

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