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エンタープライズコラボレーションの今と今後を鋭く分析

初音ミク現象に見る集合知活用型作品開発のポイント

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 ネットで大ブレイク中でここオルタナティブ・ブログでも幾度となく(*1)取り上げられている初音ミクであるが、実は思うところがあって、ニコニコ動画上でずっと継続的に作品を追っかけている。
 既に2000個以上になった膨大な初音ミクネタの動画を見ながらいったい何を分析しているかというと、ニコニコ動画でのネタや技術の発展過程を進化として捉えるとともに、ああいったオープンなコミュニティにおける作品の制作過程において集合知的な要素がどう作用しているのかをみているのだ。前半はその初音ミクのここ最近までの進化過程をひとしきり解説し、後半{エントリーが長いのでジャンプ用のタグを挿入}で進化のポイントを分析してみた。

 初音ミクの製品発売後ちょうど1ヶ月が経過した。一時期品薄になったようだが、このところそれも改善されて欲しい人の所に行き渡り、その結果ニコニコ動画に掲載される初音ミク作品は週末ともなると1日に200以上という凄い数になる。個人的にはこれを大体10パターンぐらいに分類して見ているが、現在でも一番数が多いのは「歌わせてみた系」の作品である。アニメ主題歌からJPOP、替え歌、はては外国語の歌から学校の校歌までいろいろな曲が既に初音ミクによって歌われている。しかしこの「歌わせてみた系」は既にパターンつぶしが一巡した感があり、既に作品の数ほどには注目をされなくなってきている。
 「歌わせてみた系」が飽きられるのと相反して今一部で非常に注目されているのは「作詞・作曲してみた系」(「オリジナル曲の流れ」とも呼ばれる)である。最初にオリジナル曲と聞いた時は単なる自作曲の披露なのかと思ったが、その後実際によくよく追っかけてみると注目をあびてアクセスを集めているのは、少なくとも歌詞を初音ミク登場にあわせて書き下ろした(書き直した)作品であり、単に以前に作った自作曲を初音ミクに“歌わせてみただけ”のものとは明らかにジャンルが異なる。(*2)

 その他に割と早い時期から良質の作品を生み出すつつ進化を続けているのが「描いてみた系」である。ホームページでイラストを公開するだけでなく作画状況をそのまま動画作品にするというこの手法は9/9には既に登場していた。そしてこの「描いてみた系」によって生み出される素晴らしい画像が次の「歌ってみた系」ので支持されるというコラボレーションを生み出している。特に「可愛すぎるので描いてみた」という作品は「描いていた系」で史上発の30万アクセスに迫る勢いとなりその後の多くの作品で背景画として採用され、愛されている。
 さらに先週には興味深い現象も起きた。「武道館ライブ」という「描いてみた系」作品の公開をきっかけに、それに前述したオリジナル曲と組み合わせたPV風の作品が作られるという流れが起きたのである。素晴らしい作品にインスパイアされてクリエイターが創作意欲をかき立てられるという良いスパイラルが生じて、結果として実際にそれまでよりもハイレベルの作品が生み出されるというのは非常に興味深い。

 「描いてみた」系の亜流として、9/20頃からは初音ミク3D化計画というのも持ち上がってきている。これも最初の数日はモデリングをする過程の動画が上がるだけだったが、こちらは早くも25日には実際に3D化した初音ミクが踊る動画作品が登場し、その画像を前述のオリジナル曲に組み合わせたPVも別の人の手によって作成された。多分今週末にはこうした3D動画を使ったさらに高度なPVもでてくるだろう。(*3)

 以前、日経BPの武部記者をして「ニコニコ動画の真価はその進化スピード」だと言わしめたがまさにそのものである。どうしてこんなに速いスピードで作品の試行・改善・改良が行われていくのであろうか。上にさらっとまとめて書いたような動きがたった30日間(*4)で行われてきている。そして実際に30日前の作品と現時点の作品には雲泥の差がみられる。その背景を考えるといくつかのキーワードが見えてくる。

 一つは、前述したような多数の参加者によるパターンの消し込み作業である。今の初音ミク現象下では、多数の参加者という物量を生かして、おおよそ考えられ得る様々なパターンが速やかに試行・開発・評価されつつ消費されていく。こうした試みを「2番煎じばかり」という非難する声もあるが、私個人はxx氏のいう『可能性とは即ち全てのパターンであり、全てのパターンは轢き殺されるべきである』という意見のほうに賛同したい。かの天才発明家が「あなただって99回失敗したじゃないですか?」という問いに「私は99個のダメなやり方を発見したのだ」と答えたという逸話もあるのだから。(*5)

 次にこうした膨大な試行錯誤をニコニコ動画のように誰か特別な指揮監督者がいない参加者の自発的な意志の元で行うためのポイントとして、作品の構成要素のモジュール化と再利用化が相当に進んでいることにも注目したい。前述したように今のニコニコ動画では、誰かが作成した素晴らしい画像をベースに自分が曲を合わせる、ある人が作詞作曲した曲と他の人が作成した動画を組み合わせて脚色だけを自分がやる、といったように画像(動画)、音(曲)、モチーフ、演出技術といったモジュールに分けた再利用が進んでいる。こうして作品をモジュール分割して考えると、音だけ変えたり画像だけ変えたりといった具合に各自が新しいパターンを考えやすくなるのだ(*6)
 モジュールに分割されることで、参加者は一部分だけの作成で参加できると言うことになりこれは参加者の裾野を広げるとともに、各自が自分の得意な分野に特化出来ることも示しておりこちらの面ではモジュールの品質の格段の向上の効果が生じる(*7)
 
 最後にこうしたノウハウの共有と再利用を促進すべき場(コミュニティ)としての要素も今のニコニコ動画はきちんと整備している。「ニコニコ動画の最もすばらしい点」で取り上げられているように、ニコニコ動画およびその周辺には地道に作成されてきた初心者はどうすれば良いかをまとめた技術解説動画が多数蓄積されている。これは今回の初音ミクの場合も全く同じで、ソフトのチューニングに関する解説動画が既にいくつも掲載されているし、そもそも「描いてみた」や「モデリングしてみた」などは初心者にとっては作品を見ること自体が技術ノウハウの取得に繋がる。
 新しい作品が掲載されたときにコメントで感想や改善ポイントを指摘する風土や自分の著作物であるモジュールの再利用についても基本的には皆寛大であるということも、こうして短い期間に新しい作品が次々と生まれることに大きく寄与しているのだろう。ちなみにこれらの行為は、全くの無私の心から生まれているというわけではなく、多分一定の無形報酬がそこに関与していると私は推測する。例えば、モジュールの再利用についてだが当然のことながら皆から優れていると認識されたモジュールほどこの再利用される回数が多くなる。そしてそのオリジナルの作者は当然皆から感謝されると共に尊敬の念も集める。以前自己実現とニコニコ動画を絡めて書いたこともあるが、まさに「ニコニコ動画での通貨は尊敬(respect)」であるのだ。

 最後に、本日ここまでの分析はまだ非常に浅いと自覚しているが、ニコニコ動画における作品の進化過程を集合知活用型開発の一種として捉えてこうして分析してみたのは有益だった。ビジネスの分野でも多人数が集まり分担して何かを開発していくシーンは多い。ビジネス上でも変化のスピードが強く求められるこの時代にここから学ぶべきモノは多数あると思う。できれば続きを書いてみたいと思っている。

(*1) 何が凄いって、ここオルタナティブ・ブログでは既に4人ものブロガーで10回以上記事(その1その2その3、その56789その10111213)になっていること。
(*2) “初音ミクオリジナル曲を逆に人間が歌ってみた”というパターンもきちんと踏まれたのはある意味とても面白く、ワラタ。
(*3) 著作権法上で黒い懸念の残る「歌わせてみた系」から著作権法上の白い部分の割合が高い「作詞・作曲してみた系」や「PV系」へ流れていっているのは非常に興味深い現象である。
(*4) 実際には今週私の初音ミクネタの動画の閲覧スピードが追いつかず、9/25までにアップロードされた動画までを見てこの記事を9/29の深夜に書き始めている。
(*5) 集合知のもっとも活用しやすい場面は、パターンつぶし、アイデアや技術の可能性の検証分野であって、斬新なアイデア創出をする場面ではない。この件については以前にも「群衆の叡智(Wisdom of Crowds)が生きる5つの局面」というエントリーで書いた。ニコニコ動画では5つの場面のうち「1. (すべてのケースの)事実検証や確認を参加メンバの数というパワーを生かして“しらみつぶし”に探し手数を使って“手当たりしだい”に可能性検証していっているというわけだ。
(*6) 替え歌は、こうしたモジュール分割方式の最も古いパターンのひとつだと個人的には考えている。 
(*7) 実際に最近のニコニコ動画には一部のプロも参戦していると噂されている。 

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