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AI駆動開発はなぜモダンITを前提とするのか?

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AI駆動開発は、単なるコーディング支援ツールの導入に留まりません。それは、ソフトウェア開発のライフサイクル全体にAIを深く組み込み、生産性と品質を飛躍的に向上させる、開発パラダイムそのものの変革です。

しかし、この変革の恩恵を最大限に享受するには、アジャイル開発、DevOps、クラウドネイティブといった「モダンIT」の実践が不可欠な土台となります。AIというパワフルなエンジンを搭載しても、それを支える車体や道路が旧態依然としたままでは、本来のスピードもパワーも発揮できないのです。

本稿では、なぜモダンITがAI駆動開発の前提となるのか、その理由を3つの側面から解き明かします。

1. アジャイル開発:AIの「学習サイクル」と「精度」を最大化する

AI、特に機械学習モデルは、データから学習し、フィードバックを通じて賢くなります。この「学習とフィードバック」のサイクルは、アジャイル開発の思想と完全に一致し、AIの能力を最大限に引き出します。

  • 継続的なデータ供給: アジャイル開発の短いイテレーション(スプリント)は、AIモデルが学習するための新鮮で質の高いデータを継続的に生み出す仕組みとして機能します。動くソフトウェアを少しずつリリースすることで、ユーザーの利用状況やコードの品質に関するデータが絶えず蓄積され、それがAIの新たな燃料となります。

  • 迅速な仮説検証: AIは時に、人間が思いつかないようなコードや設計を提案します。アジャイルの「まず試してみる」という文化は、こうしたAIの提案を迅速にプロトタイプに反映し、その有効性を素早く検証することを可能にします。もしウォーターフォール開発のように数ヶ月単位の計画であれば、AIの提案を試す心理的・時間的コストは計り知れないほど高くなるでしょう。

  • タスクの細分化とAIの精度: アジャイル開発では、機能を人間が管理しやすい小さなタスクに分割します。このアプローチは、コードの可読性を高め、テストカバレッジを向上させるだけでなく、AI駆動開発においても極めて重要です。なぜなら、生成AIは一度に多くのステップや複雑なコンテキストを処理しようとすると、精度が低下する傾向があるからです。開発の単位を小さく保つことで、AIは的を絞った高品質なコードを生成しやすくなり、結果として開発プロセス全体がスムーズになります。

アジャイル開発がなければ、AIは学習の機会と精度の高い出力を生む土壌を失い、その能力は陳腐化してしまいます。アジャイルの反復的かつ細分化されたプロセスこそが、AIを常に最新の状態に保ち、進化させ続けるためのエンジンとなるのです。

2. DevOps:AIによる「自動化」を加速する高速道路

アジャイルなサイクルでAIが価値を生み出しても、それが手作業で塩漬けにされていては意味がありません。DevOpsが実現する自動化されたパイプラインは、AIの生成物をビジネス価値へと変えるための「高速道路」です。

  • CI/CDパイプライン: 開発(Dev)と運用(Ops)を連携させるDevOpsの中核、CI/CD(継続的インテグレーション/継続的デリバリー)は、AI駆動開発と最高の相性を誇ります。AIが生成・修正したコードは、自動的にビルド、テスト、セキュリティスキャンされ、問題がなければそのまま本番環境にデプロイされます。 この一連の流れが自動化されていなければ、AIによる開発の高速化は、結局「テスト待ち」「デプロイ待ち」という新たなボトルネックを生むだけです。

  • AIOpsによるフィードバックループ: DevOpsは、開発して終わりではなく、運用から得られる学びを開発に活かす「フィードバックループ」を重視します。本番環境の膨大なログやパフォーマンスデータをAIが監視・分析し(AIOps)、異常の予兆を検知したり、改善点を開発チームにフィードバックしたりする。この**「AIによる運用→開発へのフィードバック」というループ**は、DevOpsの思想をさらに高いレベルで実現するものです。

DevOpsがなければ、AIによる生産性向上は限定的なものになります。DevOpsの自動化された文化とパイプラインがあって初めて、AIが生み出す価値を迅速かつ安全にユーザーへ届けることが可能になるのです。

3. クラウドネイティブ:AI駆動開発を支える実行基盤

AI駆動開発を組織全体で安定して実践するには、一貫性のある開発環境と、AIが扱いやすい明確な作業単位が不可欠です。クラウドネイティブのアプローチは、コンテナとマイクロサービスを通じて、このための理想的な実行基盤を提供します。

  • コンテナ化された一貫性のある開発環境: AI駆動開発では、開発者ごとにAIツールのバージョンや設定が異なると、生成されるコードの品質にばらつきが出かねません。コンテナ技術(Dockerなど)を用いて開発環境そのものをコード化(Dev Containersなど)することで、全開発者が完全に同一のツールと設定を持つことが保証されます。 これにより、AIによる開発体験の一貫性と再現性が保たれます。

  • マイクロサービスによるAIの作業範囲の限定: AIは、対象となるコンテキストが明確で小さいほど、精度の高い成果を出します。マイクロサービスアーキテクチャは、開発対象を機能ごとに独立した小さなサービスに分割します。これは、AIに対して「このサービスの範囲内でコードを生成して」という明確な指示を与えることを可能にし、AIの作業精度を向上させます。また、生成されたコードのテストもサービス単位で迅速に行えるため、開発サイクルが加速します。

クラウドネイティブでなければ、AI駆動開発のポテンシャルは十分に引き出せません。AIという強力な開発パートナーを組織全体で安定して活用し、その能力を最大限に引き出すためには、クラウドネイティブの柔軟で一貫性のある実行基盤が不可欠なのです。

4. AI駆動開発の課題:確率的な性質との向き合い方

AI駆動開発は大きな可能性を秘める一方で、乗り越えるべき本質的な課題も存在します。その最大のものが、生成AIが持つ「確率的な性質」です。

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これは、同じプロンプト(指示)を与えても、AIが常に全く同じコードを生成するとは限らないことを意味します。この「揺らぎ」は、ソフトウェア開発における品質保証の観点から、重大な課題を提起します。従来の開発では、コードは決定論的であり、一度書かれたコードは変更されない限り同じ動作をしました。しかし、AIが生成するコードにはこの再現性が保証されません。

この問題を完全に克服するのは容易ではなく、AIが生成したコードが本当に要件を満たしているか、脆弱性を含んでいないか、意図しない振る舞いをしないかを確認するプロセスが不可欠です。したがって、当面の間、AIが生成した成果物に対する人間の専門家による検証と監督は、品質を担保する上で絶対に欠かせない最後の砦であり続けるでしょう。

しかし、将来的にはこの課題も克服される可能性があります。AIが自らの生成プロセスやロジックを説明できるXAI(説明可能なAI)や、より高度な推論能力を持つリーズニングAIの技術が発展すれば、AIが生成したコードの信頼性は向上し、検証プロセスも自動化されていくことが期待されます。

SIer自身のDXへ。ソフトウェア・エンジニアリングへの原点回帰

AI駆動開発は、モダンITという土台の上でその真価を発揮します。しかしこの事実は、特にSIerにとって、重い意味を持ちます。

AI駆動開発は開発工数を劇的に削減する可能性を秘めており、これは工数に基づいて収益を上げる「人月ビジネス」の前提を根底から覆す脅威に他なりません。この視点に立てば、AI駆動開発は自らのビジネスを破壊しかねない「敵」とさえ映るでしょう。

しかし、AIが社会のあらゆる場面に浸透する時代において、自分たちのビジネスだけがその影響を受けないという考えは非現実的です。脅威から目を背けるのではなく、それを変革の好機と捉えるべきです。今こそ、SIerは自らの役割を再定義する時です。

それは、単に「ITシステムを開発すること」から、「ITを武器として顧客の業務変革や新規事業開発を支援すること」へと、価値提供の重心を移すことです。顧客のビジネスに深く入り込み、ITを前提とした新たな価値を共に創造するパートナーへと進化するのです。

この変革を成し遂げるために不可欠なのが、ソフトウェア・エンジニアリングの基本に立ち返り、組織全体の技術力を再強化することです。残念ながら、これまでの人月ビジネスでは、経験則だけに頼り、理論的裏付けに乏しいエンジニアでも業務をこなせてしまう側面がありました。しかし、それではAIが生成したコードの品質を担保することも、顧客の複雑な課題を解決する最適なアーキテクチャを描くこともできません。

顧客のDXを支援する、その前に。SIerはまず、自らの足元を見つめ直さなければなりません。旧来のレガシーITという土台からモダンITへと完全に付け替え、AIを新たな武器として使いこなすこと。それこそが、SIerが生き残るための、そして顧客に真の価値を届けるための「自分自身のDX」に他なりません。顧客の変革を語る前に、まずは自社の変革に真剣に取り組むこと。それが、このAI時代を勝ち抜く唯一の道程なのです。

8月8日!新著・「システムインテグレーション革命」発刊します!

AI前提の世の中になろうとしている今、SIビジネスもまたAI前提に舵を切らなくてはなりません。しかし、どこに向かって、どのように舵を切ればいいのでしょうか。

本書は、「システムインテグレーション崩壊」、「システムインテグレーション再生の戦略」に続く第三弾としてとして。AIの大波を乗り越えるシナリオを描いています。是非、手に取ってご覧下さい

今年も開催!新入社員のための1日研修・1万円

AI前提の社会となり、DXは再定義を余儀なくされています。アジャイル開発やクラウドネイティブなどのモダンITはもはや前提です。しかし、AIが何かも知らず、DXとデジタル化を区別できず、なぜモダンITなのかがわからないままに、現場に放り出されてしまえば、お客様からの信頼は得られず、自信を無くしてしまいます。営業のスタイルも、求められるスキルも変わります。AIを武器にできれば、経験が浅くてもお客様に刺さる提案もできるようになります。

本研修では、そんないまのITの常識を踏まえつつ、これからのITプロフェッショナルとしての働き方を学び、これから関わる自分の仕事に自信とやり甲斐を持ってもらおうことを目的としています。

参加費:

  • 1万円(税込)/今年社会人となった新入社員と社会人2年目
  • 2万円(税込)/上記以外

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2025年8月27日(水) ※1回のみ

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100名/回(オンライン/Zoom)

いずれも同じ内容です。

【第1回】 2025年6月10日(火) ※受付を終了しました
【第2回】 2025年7月10日(木) ※受付を終了しました
【第3回】 2025年8月20日(水)

Bigbeat LIVE 2025 / 2025年8月1日(金)

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