生成AI導入の"影のリスク"はどこにあるのか?
Gartnerは2025年11月19日、インド・コーチで開催された「Gartner IT Symposium/Xpo 2025」において、生成AIの導入が引き起こす"見えにくいリスク"に関する分析結果を発表しました。
Gartner Identifies Critical GenAI Blind Spots That CIOs Must Urgently Address
Gartnerは企業のCIOが直面する落とし穴として、シャドーAI、技術的負債、スキルの劣化、データ・AI主権への要求、相互運用性の欠如、ベンダーロックインなどを挙げました。
企業はこれまで、セキュリティ対策やビジネス価値といった目の前の課題に注目しがちでしたが、Gartnerは2030年に向けて、見えにくいリスクこそが"AIを安全かつ戦略的に拡張できる企業"と"AIに振り回され競争力を落とす企業"を分ける分岐点になると示しています。導入だけでなく、長期的な運用負荷や組織能力への影響を読み解く視点が求められているということです。
今回は、Gartnerが示した主要な盲点の実態、企業への影響、リスクマネジメントの方向性、そして今後の展望について取り上げたいと思います。
急速に広がるシャドーAIの脅威
Gartnerが2025年に実施した調査では、サイバーセキュリティ担当者の約7割が「従業員による禁止AIツールの利用」を疑っていると回答しました。これは単なるガバナンス違反にとどまらず、知的財産の漏えいや企業データの外部流出を招く重大なリスクです。生成AIツールは利便性が高いため、現場で独自に使われやすく、その利用実態が把握しづらいまま広がります。
背景には、生産性向上を急ぐ現場のニーズと、企業側のAI利用ルール整備の遅れが存在します。また、従来のシャドーITと異なり、生成AIは少量の入力情報からでも再現不能な形で外部に情報が拡散するため、影響範囲の特定が困難です。2023~2025年の急速なAI普及が、従業員の"独自AI活用文化"を生み、企業統制を超えた動きが目立ち始めています。
Gartnerは2030年までに、企業の4割以上がシャドーAIを要因とするセキュリティ事故を経験すると予測しています。CIOには、利用ポリシーの明確化、監査体制の構築、SaaS審査へのAIリスク統合など、組織的な対策が求められています。
AI技術的負債という"見えにくいコスト"
生成AI活用が広がると、コード、文章、設計書など多数の成果物がAIによって生み出されます。しかし、これらの品質保証や更新管理を怠ると、後から維持費用が積み上がり、AI導入のメリットを相殺する構造が生まれます。Gartnerは、2030年には半数の企業がGenAI起因の技術的負債によってアップグレード遅延や保守費用の増加に直面すると予測しました。
生成AIは高速に成果を生成できる一方、企業側にレビュー基準がない場合、内容がブラックボックス化し、後年の改修で多大なコストが必要となります。また、複数のモデルやプロンプトが混在すると、どの生成物がどのバージョンに基づくものなのか追跡できない状況も起こり得ます。
企業が持続的にAIを活用するには、技術的負債を可視化し、生成物の文書化ルールや基準レビューの仕組みを整えることが求められています。AI導入は"スピードの追求"だけでなく、"運用負荷への備え"を前提に組み立てる姿勢が重要です。
高まるデータ・AI主権要求と企業負担
2028年までに、世界の政府の6割以上が何らかの技術主権ルールを導入するとGartnerは見込んでいます。国境を越えたデータ移転やモデル共有に対する規制が強まれば、企業のAI導入計画は複雑化し、総保有コストの増加につながります。
生成AIが扱うデータは機密性が高く、推論・学習基盤が海外にある場合、他国の法律の影響を受ける可能性があります。そのため欧州を中心に、データ主権を確保した「Sovereign AI」への関心が急速に高まっています。企業も同様に、自社データをどの国のどのモデルが扱うのか、法的な影響を踏まえて選定する姿勢が求められています。
CIOは法律・コンプライアンス部門との連携を強め、契約段階から主権要件を盛り込んだアーキテクチャ設計が必要となります。
AIによる"人間のスキル劣化"という静かなリスク
生成AIの高度化により、専門知識や判断の一部をAIに依存する場面が増える一方で、企業内部の暗黙知や職人技が少しずつ失われる懸念が浮上しています。特に、品質管理、リスク判断、顧客対応など、状況に応じて微妙な判断が必要な業務はAIだけでは代替が難しく、技能劣化は長期的に組織力を弱める可能性があります。
スキル劣化は緩慢に進むため、企業が気づく頃には取り返しのつかない状態となることがあります。Gartnerは、AI活用において"人間の判断を残す設計"が求められると指摘しており、人材育成戦略にもAI時代の役割分担を組み込む必要があります。
ベンダーロックインと相互運用性の欠如
企業がAIを迅速に導入しようとすると、特定ベンダーに依存した形でアーキテクチャを構築しがちです。この結果、データ形式、API、ワークフローが特定のエコシステムに結び付けられ、後から乗り換えを行う際に莫大な移行コストが発生します。
生成AIはモデルやデータが密接に連携しているため、一度ロックインが発生すると技術革新に追随しにくくなるという問題があります。Gartnerは、AI導入初期からオープンAPIや標準化されたデータフォーマット、モジュール型設計を採用することが将来の柔軟性につながると強調しています。
今後の展望
生成AIは企業価値向上の強力な手段である一方、見えにくいリスクが複雑に絡み合う領域でもあります。2030年に向かう企業環境では、AI戦略の差が競争力の差としてさらに明確に表れると見込まれます。
今後の焦点は、AI導入の「スピード」から「持続可能性」への転換です。シャドーAIの抑制、技術的負債の管理、主権要件への対応、スキル維持の仕組み、オープンな技術基盤づくりは、いずれも単独ではなく総合的に取り組む必要があります。企業がAIを戦略的資産として活用するには、リスクを早期に可視化し、統制の効いた運用モデルを確立する姿勢が求められています。
また、企業文化や人材戦略を含む"組織全体のAI適応力"を高めることが、持続的なAI活用に直結します。AIが判断を補完し、人間が高度な判断を行う協働体制をどうつくるかが鍵となります。さらに、技術主権や相互運用性への配慮は、将来のモデル選択や海外展開に影響するため、早期の戦略策定が重要です。
CIOは、これらのテーマを包括的に捉え、AI活用に伴う新たなガバナンスを構築することが求められています。この段階で基盤を整備できた企業こそ、2030年のAI競争で優位を築くことが期待されます。
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