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AI時代のエンジニアの価値:コードより「言葉」が重要な理由

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生成AIの急速な進化が、私たちの働き方、特にITエンジニアの領域に根本的な変化をもたらそうとしています。かつてエンジニアの最も重要なスキルは「コードを書けること」でした。しかし、AIが人間と同等、あるいはそれ以上の速度で高品質なコードを生成しつつある今、その前提が大きく揺らいでいます。

先日のブログで紹介したことです、エンジニアであり経営者でもある友人が、次のように語っています。

「コードを書けるかどうかは、もはや採用の条件ではないですね。 相手の意図をくみ取り、言葉にできる能力が何よりも大切です。これが、AIを使いこなす側の人間に求められる、最も重要なスキルになっていくでしょう。」

これは、エンジニアに求められるスキルの「再定義」が始まったことを示しています。本記事では、なぜ今、エンジニアに「言語能力」がかつてないほど重要になっているのか、そして言語能力以外に求められる専門性とは何かを解説します。

1. なぜ今、エンジニアに「言語能力」が最重要なのか?

AI、特に生成AIを効果的に活用する鍵は、私たちがAIに対して「いかに的確な指示(プロンプト)を与えるか」にかかっています。AIは指示された内容、すなわち「言葉」に基づいて動作します。

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ここで言う「言語能力」とは、単に日本語や英語が話せることではありません。それは、以下の3つの能力を統合したスキルを指します。

  1. コミュニケーション能力: 対話を通じて、顧客やチームメンバーが本当に求めていること、言葉の裏にある「意図」を正確に汲み取る力。

  2. 論理的思考力: 汲み取った意図を整理し、矛盾なく、構造的に組み立てる力。

  3. 言語化能力: 構造化した思考を、誰もが誤解なく理解できる明確な「仕様書」や「指示」として言葉に落とし込む力。

これらの能力が高い人材は、高品質な「仕様書」を作成できます。そして、仕様書の品質が高ければ、AIが生成するコードの品質も必然的に高くなります。少し前なら、同じ仕様でも、生成されるコードに確率的なばらつきが大きく、人間の検証は不可避とされていましたが、生成AIの論理的思考能力が高まったこともあり、この問題も徐々に解決しつつあるようです。

最近、「初心者がAI駆動開発ツールを使っても、生成されるコードの品質が低く、結局ベテランエンジニアが検証に多大な時間を取られてしまう」という声を聞くことがあります。しかし、これはAIツールの問題というより、AIに指示を与える人間の「言語能力」が未熟であることに起因しているのかもしれません。

ソフトウェア・エンジニアリングの古典であるフレデリック・P・ブルックス Jr.の『人月の神話』(邦訳:ピアソン・エデュケーション)でも、プロジェクトの失敗は技術的な問題よりも、コミュニケーションの欠如や仕様の不備に起因することが多いと、数十年前から指摘されています。AI時代は、この「言語化」と「コミュニケーション」の重要性を、改めて浮き彫りにしたと言えるでしょう。

2. エンジニアに求められるスキルの再定義

AIがコーディングを担うようになると、エンジニアの価値は「コードを書くこと(How)」から、「何を作るべきかを定義すること(What)」へとシフトします。

これからのエンジニアのスキルセットは、ピラミッドのように考えることができます。

  • 土台(最も重要): 言語能力(意図の汲み取り、論理的思考、言語化)

  • 中間層: 専門知識(コンピューター・サイエンス、ソフトウェア・エンジニアリング)

  • 上層: 高次の専門スキル(アーキテクチャ設計、業務・ビジネス提案)

プログラミングスキルも依然として必要ですが、それは「言語能力」という土台の上Gに乗るものであり、AIと協働するための「共通言語」としての側面が強くなっていきます。

3. 「言語能力」以外にエンジニアに必要なスキルとは?

では、社会人としての基本とも言える「言語能力」さえあれば、エンジニアとして十分なのでしょうか。もちろん、答えは「いいえ」です。

言語能力という土台の上に、エンジニアとしての専門性を発揮するために、以下のスキルがますます重要になります。

1. システム・アーキテクチャ設計能力

個別のコードではなく、システム全体の「骨格」を設計する能力です。顧客の要求、将来の拡張性、セキュリティ、パフォーマンスなどを総合的に考慮し、最適な技術やコンポーネントの組み合わせを選択し、堅牢なシステムをデザインする力は、AIにはまだ真似のできない高度な専門性です。

2. 高次の課題解決・提案能力

単に言われたものを作るだけでなく、ITを前提として「そもそも、どのような業務プロセスにすべきか」「どのような新しいビジネス・モデルを生み出せるか」といった、より高次のレベルで課題を解決し、価値を提案する能力が求められます。

これについて、高名なコンサルタントであるジェラルド・M・ワインバーグは、その著書**『コンサルタントの秘密』**(邦訳:共立出版)の中で、顧客の真のニーズを引き出すことの重要性を説いています。エンジニアが単なる「作業者」ではなく、顧客のビジネスに深く入り込む「パートナー」となるためには、この能力が不可欠です。

3. 深い専門知識の基盤

上記のアーキテクチャ設計やビジネス提案を支えるのが、コンピューター・サイエンス(CS)やソフトウェア・エンジニアリング(SE)に関する、深く体系的な理解です。AIが生成したコードがなぜそのように動作するのかを理解し、その限界や潜在的な問題を評価できるのは、この基盤知識があるからです。

そして言うまでもなく、これらの高度な専門スキルもまた、複雑な概念を学び、他者と議論し、設計をドキュメント化するという点で、すべて「言語能力」を土台としています。

4. 新入社員研修と既存エンジニアのリスキリング

多くのIT企業が、来年度の新入社員研修のカリキュラムを検討しているに違いありません。おそらく、多くの時間が「プログラミング研修」に割かれているのではないでしょうか。

しかし、本当に重要なのは、AIでも書けるコードの書き方を教えることでしょうか? それとも、AIに的確な指示を出し、AIを使いこなすための「言語能力」を鍛えることでしょうか?

これからの時代、新入社員研修の重点は、プログラミング技術の習得から、「論理的思考」「ドキュメンテーション技術」「対話による要求定義」といった言語能力を鍛えるカリキュラムへと、根本的にシフトすべきです。

そして、この変革は新入社員に限った話ではありません。むしろ、長年の経験を持つ既存のエンジニアにとっても、「言語能力」を基盤としたAI活用スキルのリスキリングは喫緊の課題です。これまでのやり方に固執せず、AIと協働する新しいエンジニアリングのスタイルに適応していく必要があります。

この変革にいち早く気づき、新入社員と既存のエンジニア双方の教育に取り組む企業と、旧態依然の研修を続ける企業。その差は、3年もすれば、企業競争力という形で、明確に表れることになるでしょう。

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