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新興リスク調査――国際情勢と生成AIがもたらす経営課題

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米調査会社Gartnerは2025年7月24日、企業のリスクマネジメント責任者223名を対象に実施した「新興リスク調査(2025年第2四半期)」の結果を発表しました。

今回の調査では、報復関税や貿易政策の変更による「エスカレートする関税・貿易戦争」が最も懸念されるリスクとして浮上しました。経済成長の鈍化や消費支出の減少といったマクロ環境の変化に加え、AIの業務活用が進む中で情報ガバナンスの欠如や"シャドーAI"のリスクも上位に入るなど、技術的・制度的リスクが複雑化している実態が浮き彫りとなっています。

今回は、国際情勢と経済環境の不確実性、生成AIに起因する新たなリスク、そしてコスト最適化をめぐる経営判断の課題について読み解いていきます。

グローバル市場を揺るがす貿易摩擦の再燃

エスカレートする関税・貿易戦争」は、第2四半期における最重要の新興リスクとして調査回答者の関心を集めました。報復関税や貿易政策の変更がサプライチェーンに与える影響は深刻であり、企業活動のコスト増大や納期遅延、地政学的リスクの顕在化につながる懸念が広がっています。

加えて、同時進行する「低成長経済環境」も経営判断を複雑にしています。高インフレ、高失業率、金融市場の不安定化が投資家・消費者マインドを冷やし、世界的な景気後退への警戒感が高まっています。こうした環境下では、企業のリスク許容度や資本コストの見直しが求められ、戦略の再構築が避けられません。

出典 Gartner 2025.7

消費意欲の冷え込みと需要変動への懸念

3位にランクインしたのは「消費支出の減速」です。高関税の影響や所得格差の拡大により、家計の消費意欲が抑制され、製品やサービスの需要が鈍化しています。特にグローバル展開する製造業や消費財業界では、地域ごとの景気差や通貨安・通貨高の影響を受けやすく、リスクの見極めとタイムリーな意思決定が必要となります。

加えて、デジタルチャネルへの依存が高まる中で、消費行動の変化をリアルタイムに捉えるマーケティング体制や、機動的な価格調整・需給予測の高度化も求められています。

生成AIの拡大とともに高まる情報ガバナンスリスク

技術面で注目されるのが、4位に浮上した「情報ガバナンスに起因するAIリスク」と、5位に新たに加わった「シャドーAI」の存在です。

情報ガバナンスに関するリスクは、組織内のデータ管理体制が不十分なままAIモデルにデータを投入することで、不正確な結果、法令違反、プライバシー侵害につながる危険性を指します。特に個人情報や業務機密を扱う業種では、AI活用の初期段階であっても内部統制やデータの出所確認が不可欠です。

一方、シャドーAIとは、従業員が企業で許可されていないAIツールを無断で利用する行為を指します。ChatGPTなどのパブリックAIサービスが容易に利用できるようになったことで、利便性と引き換えにデータ漏洩やガバナンス逸脱といったリスクが増しています。企業には、技術導入のガイドライン整備と従業員教育の徹底が求められています。

コスト最適化が新たなリスクを生む可能性も

Gartnerの調査では、経営者がコスト最適化に大きな関心を寄せている一方で、「過度に迅速かつ断片的なコスト削減が、中長期的なリスクを生む可能性がある」とも指摘されています。重要な戦略的施策の延期や中止が、将来的な成長機会の喪失につながる懸念もあります。

こうした判断を誤らないために、エンタープライズ・リスク・マネジメント(ERM)部門の役割が改めて重要視されています。Gartnerの分析によると、経営者の約半数は、ERMやコンプライアンス部門など内部チームからの定性的な示唆を意思決定に活用しているとされています。

たとえば、戦略施策の延期が検討される場合、以下のような視点が有効と考えられます。

  • その施策が達成すべき中長期の戦略価値との整合性
  • 他の施策とのリソース調整や共同推進による代替可能性
  • 進捗指標や市場シェア等を用いた「再評価のトリガー」の明確化

こうした視点を踏まえた柔軟な評価と調整が、リスクを抑えつつ成長機会を守るために必要となっています。

今後の展望――複合リスクへの備えとAIリスクの管理体制強化へ

今回のGartner調査は、グローバル経済の不安定化とデジタル技術の拡張という2つの大きな潮流のもとで、企業が直面するリスクがより複雑化していることを浮き彫りにしました。

貿易政策の行方や消費者行動の変化は企業経営に直接影響を与えるだけでなく、AIやデータ活用に関する規制や倫理的課題も見逃せない局面を迎えています。AI活用における情報ガバナンス体制や社員教育の整備は、今後の競争優位を左右する要因となるでしょう。

リスク管理の現場では、数値化が難しい戦略的リスクや複合リスクに対応するため、定量・定性的な手法を組み合わせた柔軟な判断が求められています。企業にとっては、リスク対応を超え、リスクを"戦略機会"として活用する視座の転換が求められていると言えるのかもしれません。

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