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ITに強いビジネスライターとして、企業システムの開発・運用に関する記事や、ITベンダーの導入事例・顧客向けコラム等を多数書いてきた筆者が、仕事を通じて得た知見をシェアいたします。

フリーライターの秘密保持契約~「営業秘密」を説明できますか?

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ITに強いビジネスライターの森川滋之です。

1週間開いたと思ったら、今度は10日開きました。次は1カ月と思われます。前回、書きたいネタがたくさんあると書いたのですが、先日「秘密保持契約」を結ぶ際に内容をチェックしていたら、「気をつけんといかんなあ」と思い、書く勇気が萎えているからです。

フリーライターとはいえ、法人が顧客の仕事をたくさんやっていると、秘密保持契約(Non-disclosure agreement;以下NDA)を結ぶことがよくあります。

「守秘義務契約」ということもあるようですが、僕の手元にある契約書を見直していたら全部「秘密保持契約」でした。

なお、普通の企業で「機密保持契約」というのは言いすぎです。「機密」というのは、いわゆる国家機密のことで、政府関係か軍需産業など限られた世界にしか、そんなすごいものはありませんし、そんな取材は僕の場合まずありません。契約書のタイトルが「機密保持契約」になっていたら、命が惜しいのでお断りしようと思います。

ということで、今回はNDAについて考えてみます。フリーライターだけでなく、企業と取引のあるフリーランスは知っておくべきことでしょう(もちろん、お勤めの方々も)。

ただ、僕の知識と経験で言っていますので(Wikipediaぐらいは調べましたが、あくまで現場の実際はこんな感じですよという話です)、疑わしいところがあったら法律に詳しい人に相談しましょう。この程度の知識でも過去トラブルはありませんでしたが、ご自身に適用する際には、念には念を入れましょう。

●結ばなくても大丈夫と思うけれど

仮にNDAを破った場合、それが「営業秘密の漏洩(ろうえい)」であれば、不正競争防止法の定めによりペナルティーを受けることになります。個人ですと、10年以下の懲役又は1000万円以下の罰金だそうです。薬物取締法と比較してみると厳しさがなんとなく分かる気がします(ちなみに著作権侵害と同じ罰則です)。ただ、なかなか罰則を受けることはありません。

企業の業績に影響を与えるような「すごい秘密」なんてなかなかないし(「わが社のA部長は実はバカだ」などと言うのは該当するかもしれません)、またそんな秘密をフリーライターやシステムエンジニアなどに話す人はいません(ただ、「わが社のA部長は実はバカだ」という類の情報は時々教えてくれるので頭が痛いところです)。

つまり、フリーライターが実際に損害を与えることはまずありませんし、与えたとしても立証は難しいものです(本当にすごい情報の理解には高度な専門知識を要するため、その価値を司法はなかなか理解してくれないでしょう)。

じゃあ「秘密」をべらべらしゃべったり、書いたりするかというとそんなことはありません。だって、仕事が来なくなりますから、そのほうが致命的です。特に固有名詞はダメです。何の金銭的損害を与えていなくても、アレルギー的な反応があります(僕だって、許可なく名前を使われたらサムいぼが出ます)。

ですので、NDAなど結ばなくても、秘密をもらすようなフリーライターはすぐに仕事がなくなるので何の問題もないと思うのですが、企業の担当者の立場で考えると結んでおかないと(上司に「お前責任取れんのか?」と言われるのが)怖いというのも理解できます。

僕は長年IT業界にいたので、NDAには全く抵抗はありません。大企業のシステム開発をする場合には(いや、商談に臨むのでも)、NDAを結ぶのなど電車に乗るのに切符を買うようなものでした。始末書にもあまり抵抗のないタイプでしたので、NDAぐらいホイホイ捺印します。

逆に結ばずに取材できる会社は大胆だなと思うぐらいです。信頼されている感じがして、うれしくはありますが。

ただ、中には信頼してるからではなく面倒だから結ばないという会社もありまして、こういう会社とは長いお付き合いは望めません。しっかりした会社のほうがいいのは、何でも同じです(でも、業務委託契約書は怖いことばかり書いてあるので、勘弁してほしいのが本音です)。

●営業秘密と固有名詞は共通

では、NDAの内容はどんな感じでしょうか。

契約書を見直してみました。営業秘密と固有名詞をもらしてはならない、というのが多くの会社で共通するものでした。

元々営業秘密を守るための契約書なので、営業秘密に関しては当然です。固有名詞については個人情報保護法施行以来顕著になったような気がします(気がするというのは、それ以前のNDAが手元にないからです)。

固有名詞は分かり易いと思います。要するに関係者の名前をみだりに出すなということです。通常は団体にまで及びます。許可がなければ「某社のA氏」ぐらいまでしか言わないほうがいいということです。しかも、「A」がイニシャルでないぐらいの気の使い方が必要です。

これは本当の話ですが、ある会社のコラムで「A社」と書いたら、「A社(仮名)」と直されたことがあります(なお、コラムの執筆なのでNDAなど結んでいませんが、企業というのはこれぐらい固有名詞に気を使っています)。

固有名詞は、「個人情報」とはちょっと違います。企業のいう個人情報は、顧客情報のことです。こちらは、持ち出したら刑事罰がありますし、また営業秘密そのものですから、いちいち書かなくてもいいようなものですが、念には念をいれてNDAに別途記載している会社は数多くあるようです。

その他では、社内システムを利用するために与えられた「IDとパスワード」を他人に言うなというようなものもあります。持ち運びできるパソコンに当社とやり取りしたメールを保管するなというのもありました。

マスコミ関係の仕事だとインサイダー情報についてもうるさく言われますが、これは営業秘密とは違うので、別途契約書をかわすのが普通です。

問題は「営業秘密」です。これは、どのようなものでしょうか?

●営業秘密とは?

すごく分かり易い資料を見つけました。「営業秘密の不正な持ち出しは犯罪です!」という資料です。経産省というのはなかなか親切な役所で、こういう有益な資料をたくさん作ってくれています。なぜか親しみやすい人も多く、それこそ経済を良くしてくれれば、もう本当に言うことはありません。

この資料の3ページ目に、きちっとした説明がありましたので、引用させていただくことにします。

不正競争防止法上、営業秘密とは、「秘密として管理されている生産方法・販売方法その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報であって、公然と知られていないもの」(不正競争防止法第2条第6項)とされており、以下の3要件を満たすことが必要。
①秘密として管理されていること(秘密管理性)
・情報にアクセスできる者を制限すること(アクセス制限)
・情報にアクセスした者にそれが秘密であると認識できること(客観的認識可能性)
②有用な営業上又は技術上の情報であること(有用性)
当該情報自体が客観的に事業活動に活用されていたり、利用されることによって、経費の節約、経営効率の改善等に役立つものであること。現実に利用されていなくてもいい
③公然と知られていないこと(非公知性)
保有者の管理下以外では一般に入手できないこと。

きちっとした説明ですが、「3要件を満たす」というのが「3要件をすべて満たす」ということだと解釈すると、②のせいで曖昧(あいまい)になっています。たとえば、通常は「社内会議の議事録」なども(③にあたるので)もらしてはいけません。でも、どれだけの社内会議が②に該当すると言えるでしょうか。

もちろん該当するものもありますが、そういうものには「社外秘」の判子が押してあるので、間違えようがありません(ということで、何でも社外秘とか部外秘とかの判子を押しとけという会社も多いようです。僕がいた会社もそうだったので、面倒くさかったです)。

ですので、1つでも引っかかっていれば、もうこれは「営業秘密」なんだなと思うようにするのが無難です(「3要件を満たす」というのは本当はこの意味かもしれませんが、日本語としては違和感があります)。

先ほど、「個人情報」すなわち顧客情報は営業秘密そのものだと書きましたが、これは定義に照らし合わせると見事に3つとも満たしています。ただ、某教育事業会社のように、非正規雇用社員や社外エンジニアが全顧客情報をダウンロードできてしまうようなのは、①を満たしているか微妙なところではあります(もちろん、NDAなどと関係なく刑事罰を受けますので、ダウンロードして持ち出したりしてはいけません)。

●考えてみたら

こうして見て行くと、そもそも営業秘密(技術的な秘密も含みます)をもらしたら、不正競争防止法で罰せられるのでNDAなど要らない気がします。

不正競争防止法なんて知らない人のほうが多いので念を入れているのでしょうか。それとも、①の要件を満たすためでしょうか(NDAを結んだ人しか情報を見られないとすることで、「アクセス制限」できますから)。

その辺は実はよく分からないのですが、どちらにしろNDAを結ぶこと自体に抵抗はないので、それで安心していただけるのならという気持ちで判子を押しています。

そんなことよりも、ライターにしろ、何にしろ、企業と取引がある限りは「営業秘密」とは何かを知っている必要があるのは、間違いないところでしょう。

▼「ITに強いビジネスライター」森川滋之オフィシャルサイト

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