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株式会社インフラコモンズ代表取締役の今泉大輔が、現在進行形で取り組んでいるコンシューマ向けITサービス、バイオマス燃料取引の他、これまで関わってきたデータ経営、海外起業、イノベーション、再エネなどの話題について書いて行きます。

海水淡水化PPP、シンガポールの工夫 - マレーシアから「水」で独立する必要があるシンガポールの水PPP事例(下)

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PPP案件一般に言えることとして、発注するパブリックセクターは需要の予測違いによって生じるサービス収入の採算割れリスク(マーケットリスク)をできるだけプライベートセクターに転嫁できるスキームにしようとします。例えば、鉄道案件において運賃収入が多くても少なくても、発注者である自治体は感知しないというパターンが典型です。
一方で、受注するプライベートセクターは、膨大な初期投資の回収を確実にするために、そのインフラが提供できるサービスの全量をパブリックセクターに買い取ってもらえるスキームを望みます。例えば、発電所(IPP)案件で、発電所が持つ発電キャパシティ(上限)に応じて公から民への定額の支払いが契約の間ずっと続くというパターンが典型です。
両者にはいわば、マーケットリスクを互いに相手に押しつける図式があります。PPPは過去数年でスキームがかなり発達したようで、こういうリスクの押し付け合いの図式も、洗練された決めごとによって両者が合意できる条件が編み出されています。そのモデルをシンガポールのTuas海水淡水化プラント案件に見ることができます。

[SingSpringがPUBから得る収入]
・発注者であるシンガポール公益事業庁PUBは、受注した特別目的会社SingSpringに対する支払いを2本建てにしている。すなわち、プラントの造水上限をベースにしたCapaticy Paymentと、実際にPUBが水を調達した量に基づくOutput Paymentの2本。
・Capacity Paymentは以下の3つに分かれ、インフレ等によって変化するコスト事情を考慮して、それぞれ何らかの指標を参照していたり(時間を経ると代金が変化する)、していなかったりする。
 ー Capital Recovery Charge:初期投資を回収できることを目的にした代金。参照指標なし。
 ー Fixed O&M Charge:従業員給与、諸経費、管理費、保険などをカバーすることを目的にした代金。シンガポール消費者物価指数を参照。
 ー Fixed Energy Charge:操業にかかる電力費用のうち、固定費部分をカバーすることを目的にした代金(電力供給元との間で長期買電契約が結ばれており、固定料金と従量制料金の2本建てになっていると思われる)。参照指標なし。
・Output Paymentは以下の2つに分かれ、同じくインフレ等によって変化するコスト事情を考慮して、それぞれ何らかの指標を参照していたり、していなかったりする。
 ー Variable O&M Charge:スペアパーツ、造水に用いる化学薬品、消耗品等のコストをカバーする代金。シンガポール消費者物価指数を参照。
 ー Variable Energy Charge:プラントの稼働状況に応じて決まる電力費用をカバーすることを目的にした代金。”HSFO CST 180”というエネルギー関連の指標を参照。
・PUBでは、この2本建ての代金により、事業者側のマーケットリスクを緩和し、造水量が増えた場合にも事業者が持ち出しにならないように配慮している。すなわち、スキームがWin-Winになるように配慮している)。
・現実的には、操業開始より造水容量をすべて使い切る運転が続いているとのことで、従量制の部分も天井に張り付いている格好。

Singspringrevenue

出典:"SingSpring - A Positive PPP Experience"

[PUBが本PPP案件設計に際して留意した点、リスクヘッジ方策]
・PUBは、事業会社が何らかの理由によりプラントが操業できなくなった場合のリスクを緩和する契約として、"Step-In Agreement"(割り込みについての合意)を、PUB、事業会社、融資した銀行団の三者間で結んでいる。
・事業会社が操業不能になった場合には、PUBがstep-in(割り込み)を行ない、事業会社のスタッフと設備を用いて、造水と給水を行うことができる。
・また、同上の場合には、融資した銀行団(出資者含む)が他のオペレーション会社を代わりに立てることができる。
・事業会社がカバーすることのできない不可抗力による操業不能時には、Capacity Paymentのみは支払われるなど、いくつかの不可抗力条件と支払いパターンが決まっている。
・その他では、契約期間が20年という長期に及ぶため、事業会社および事業会社の親会社において、組織の変更、事業形態の変更などが行われる可能性があるため、それが起こった状況においても、PUB側が損害を被らないように、安全方策が契約条項に盛り込まれている(詳細不明)。

[SingSpringが造水単価を安くできた理由]
・水事例を多数収集しているサイトWater-Technology.netによれば、この海水淡水化プラントのプロジェクトは成功例だとのこと。理由は、入札当時、世界最安値の造水単価が提示され、それが実際にプラント稼働後も維持され、運営会社SingSpringも収益を上げており、発注者のPUBも結果に満足しているからである。
・1立方メートル当たり0.78126シンガポールドルという低単価が実現できた理由は、造水1立方メートル当たりの電力消費が4.1kWhという低い水準が可能になったから。
・この低消費電力が可能になったのは、逆浸透膜(RO)にPelton Wheelを組み合わせてエネルギー回収をできるようにし、さらに、Pressure Exchangerという技術を用いてこれによってもエネルギー回収ができるようにしたからと、同サイトでは報じている。

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このように、シンガポール初の海水淡水化プラントPPPプロジェクトは、造水単価世界最安値を実現しながら、成功しました。PUBではこの後で、海水淡水化プラントおよび下水を飲用水にするためのプラントのプロジェクトにおいても、同じスキームのPPPを採用しており、よい結果を得ているようです。

シンガポールのケースでは、PUBがあえて民営化路線を取らずに、自らが官営のサービスを提供して行く選択肢もあったわけですが、それを方向転換し、民間に供したことで、Hyfluxも経験を積むことができました。同社は中国などの水ビジネスにも積極的に進出していると伝えられています。官の路線変更が、民間の新規事業を育てたということになります。

日本のパッケージ型インフラ輸出政策においても、現地でオペレーションができる会社を育てるためには、日本の政府や自治体においてPPPを積極的に推進することが、意外と大きな意味を持つのかも知れません。

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