シリアルイノベーションにおける考え方の変更
2年ぐらい前に「新ネットワーク思考」(アルバート・ラズロ・バラバシ、NHK出版)を読んだ際に、「ベキ法則」、「成長と優先的選択」といった概念に大きな衝撃を受け、それ以来、インターネットを含む様々なネットワークに関係した事象を考える際に、「そうか、これはベキ法則の表れなんだ」式の思考をするようになりました。
改めてそのメカニズムを確認しておくと、放っておいても成長するものとして存在するネットワークにおいては、個々のノードが別なノードに接続する際に優先的選択が行われ、結果として非常に多くの接続を獲得するノードと、ほとんど接続を獲得していないノードとが現れる。個々のノードの接続件数にはベキ法則が見られ、グラフ化するといわゆるロングテールのパターンとなる。
文系的理解ですのでご容赦ください(_ _)。
なお、多数の接続件数を獲得したノードは、ハブと呼ばれています。
「成長するネットワーク」には、このインターネットをはじめ、iPodのようなネットワークに関係した製品、携帯電話の普及、それから国をノードとして考えるとFTA網やEUなども含めることもができると思います。1つの企業のディストリビューション網、グローバル展開の有形無形のネットワークなどもそうです。色んなものがある。
「ベキ法則」については、自分の説明能力を超えてしまうので、こちらをご覧ください。あとはGoogleで。
http://gc.sfc.keio.ac.jp/class/2004_17054/slides/09/10.html
「優先的選択」とは、上掲書において説明されている概念で、個別のノードにおいて、接続すべき別なノードを選ぶ際に、「すでにより多くの接続件数を獲得しているノードを選択する傾向」を表す言葉です。これは、インターネットの中で巨大なポータルが出現してくる様を想起すればわかりやすいです。ポータルがある程度の規模になってくると、それがたくさんのユーザーを集めているから他のユーザーもそこにアクセスするということが起こります。楽曲のランキングなんかもそうです。
これらの考え方を用いると、現在表れている様々な事象を非常に単純化して説明できます。
携帯プレイヤーの普及で言うと、ある時期から多数のユーザーが既存のMP3プレイヤーではなく、iPodの方を優先的に選択するようになり、それによってベキ法則がだんだんと顕在化してきて、最終的にはハブとなった。
いったんハブになってしまうと、シェア二位以下が追いつこうとしてもほとんど無理という状況になってしまう。アップルの側では、ハブになったiPod(とそれを使っているユーザー総体)を核として、次の展開に踏み出すことができる。例えば、iPod Touchなど…。
個人、ユーザーセグメント、企業、それから国などがぶら下がっているネットワークにおいては、この考え方で説明しやすい現象が多々あるわけです。
なので、当方としても、この考え方で色んなものを解釈して、弊ブログなどでも書いてきました。
けれども、この考え方は、かなり決定論的なところがあり、息苦しいと言えば息苦しいです。そこがずっと引っかかっていました。
これだけで説明すると、大はより大きくなり、小は小に留まったままである、というおもしろくもなんともないメカニズムを、延々と繰り返して記述するしかありません。そこにはセレンディピティのようなものも働かない。
この考え方を相対化する、言いかえれば、無効化してしまうことが、ある状況においては必要になります。いま目の前にある現実が、上で説明したベキ法則的なメカニズムに覆われており、どうしようもなく大きな存在に見えているなかで、さらにそれを乗り越えて新しいものを作っていかなければならない時です。
戦術論的に考えれば、個々のノードが、これから接続するノードを選択する際の「優先的選択」にウィークポイントがあります。
優先的選択は、意思を持った主体(ノード)が、ある価値観のもとに特定のノードを選択することから起こるわけです。その価値観というのが、心的(←ユング心理学用語的な意味あいで)なものであることに着目すべきです。
ある日ある時、インターネット界を覆っていたある価値観が、すうっと後を引いて行って、別な価値観がすうっと浸透して、個人がこれまでいつも使っていたサイトAでは魅力を感じなくなり、サイトBの方になぜか惹かれる、なんてことは、可能性としてはあるわけです。
そうした価値観の変化による、ノード選択姿勢の変化というものを想定すると、ベキ法則が表れている現象は一瞬にして崩れます。
これは、上掲書でも、カスケード崩壊、カスケード現象(どっちだったか…)と呼ばれていて、非常に巨大なネットワークがある日ある時、大きな崩落を起こすことがありうると書かれています。
非常に効率のよいネットワークにおいては、個々のノードにおいて接続先をスイッチするコストは非常に低いので、選択の基準さえ変化すれば、ある時から別なノードに接続するというのはすごく自然なことです。主体の価値観の変化のスピードが速ければ、大きなハブも短時日のうちに縮小します。
このメカニズムを現状あるベキ法則的な現象にあてて考えると、「いまある現実がすべてではない」という思考に立つことができます。
シリアルイノベーションとしては、過去に、ベキ法則的なものを所与のものとして述べた投稿が多々ありましたが、これからは、「いまあるベキ法則的な現象がすべてであるわけではない」という立場に立ちたいと思います。
格差や二極化などを考える際にも、その現象をもたらしているものが、大多数の主体の優先的選択であり、その優先的選択の根幹となっている価値観の変化が促されると、その構図は比較的早期に消滅する、式の考え方ができるようになると、色々とやれることはできてくるんじゃないかと思う。