朝ドラ「あまちゃん」は壮大な"メタフィクション"である?論
セーラー服と機関銃
朝ドラ「あまちゃん」に夢中になった私は、音痴な大女優役で出演している薬師丸ひろ子さんの「セーラー服と機関銃」をiTunesで購入。歌が上手な方だったはずと思っていましたが、想像以上に薬師丸さんの歌が美しい声でビックリ。
参考:来生えつこ 薬師丸ひろ子 『セーラー服と機関銃』
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面白いなあと思ったのは「セーラー服と機関銃」の歌詞です。薬師丸さんが歌う「セーラー服と機関銃」の1番の歌詞は、主語が不明。「冷たい頬」「温める」という表現から女性目線に聞こえす。しかし2番と3番は主語が「僕」。「僕」による「きみ」への語りかけなので、若頭を演じた渡瀬恒彦さんの目線なのかなと推測をしました。
薬師丸ひろ子「セーラー服と機関銃」
1番:女性が行動の主体?
2番:僕
3番:僕
当時、女子高生だった薬師丸さんが少女の声で「僕」と歌った。薬師丸さんが「男性」の目線で、男性にに仮託して歌うことで、映画の内容とシンクロして悲劇的な響きで聞こえるのがステキ、と思っていました。メロディが美しく、マイナーなコード進行がドラマチックでした。
「セーラー服と機関銃」を作曲した来生たかおさんが「夢の途中」という題名で、「セーラー服と機関銃」と同じ曲を、ほぼ同じ歌詞で歌っていることを知りました。(ヤフー知恵袋のQ&Aを参照)
参考:来生たかお『夢の途中』
曲名リスト
1. ソナチネ
2. レイニー・レイニー
3. 恋ひとつ
4. 白い愁い
5. フレンドリー・ポップ
6. 美しい女
7. 夢の途中~セーラー服と機関銃
8. おだやかな構図
9. ためいき春秋
10. ソナチネ
11. さよならプロフィール
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夢の途中
歌詞が一部、微妙に違いました。薬師丸さんのバージョンではおそらく男性が「きみ」に語りかける「心」に関する歌詞、来生さんのバージョンでは「夢の途中」を含む歌詞になっていました。来生たかおさんの声は甘い声なので、ほぼ同じ歌詞でも悲劇的ではなく、切ないラブソングに聞こえます。
- 来生さんが男性のキーで歌っているためか、
- 映画とは独立した楽曲としても「ラブソング」として成立しているためなのか、
来生たかお「夢の途中(セーラー服と機関銃)」
1番:男性が行動の主体?
2番:僕
3番:僕
というように薬師丸さんとは違った世界観で聞こえます。
ここでハッとしたのは、「セーラー服と機関銃」/「夢の途中」の歌詞が「あまちゃん」の主人公・天野アキを水口琢磨の視線で語っているようにも聞こえることでした。「頬」をあたためたいのが男性だとすれば、8/24放送分の冒頭・主人公を抱きしめた場面とシンクロします。
まさか前の記事で考察した映画『探偵物語』だけでなく、映画『セーラー服と機関銃』の世界さえもさらにかぶせて連想させようとしているのか!?
さすがに考えすぎだと思いましたが、鉄拳さんのパラパラアニメ(8/26放送分)を見たら一概に否定もできない気持ちがしてきました。この記事はいわゆる「ネタバレ」(番組の内容がわかる情報)だと思いますので、ご注意ください。
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鉄拳さんのパラパラアニメ
お笑い芸人の鉄拳さんのパラパラアニメが「あまちゃん」の中に複数回、登場します。
参考:鉄拳 『振り子』
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8/26(月)の放送では、パラパラアニメの中に鉄拳さんが紙芝居をしながら「あまちゃん」の劇中劇「潮騒のメモリー」のあらすじを説明していました。アニメ制作者・鉄拳さんがアニメの中に入り込むメタフィクションになっていました。
メタフィクションという言葉は、今日2つの意味で用いられている。一つは、フィクションについて考察するフィクション、より広く言えば文学についての自己省察を行う文学作品の意味であり、もう一つはいわゆるパロディ文学の総称としてである。
※土田智則・神郡悦子・伊藤直哉『現代文学理論 テクスト・読み・世界』(新曜社) 186頁より引用
この後に続く説明で興味深いのは、
ポスト・モダン小説ともよばれるそれらの作品の特徴としては、時空のゆがんだ虚構世界の創出、虚構内虚構という入れ子の援用、そしてとりわけ異次元の物語空間のあいだの境界侵犯をあげることができる。
※前掲書 188ページより引用
と書かれていることでした。
鉄拳さんがドラマ「あまちゃん」の中の劇中映画「潮騒のメモリー」を説明するアニメの中に入り込んで、アニメの中でパラパラ漫画を動かす鉄拳さんの絵から「潮騒のメモリー」の世界へ入り込むという、ややこしいことになっています。
筆者は中世文学専攻だったので現代文学には疎いのですが、物語の中の登場人物が作者に話しかけたり、作者が物語の中に入り込む例は漫画『ハイスクール奇面組』にもありました。
作者の新沢基栄さんが『ハイスクール奇面組』の世界では、新鱈墓栄という名前の漫画家として『ハイスクールお面組』?という漫画を書いていた曖昧な記憶があります。作者が漫画の中に入り込んで、漫画の登場人物にいじられたり、作者がコマとコマの境界を超えて異次元(現実世界?)に出たり、時空のゆがんだ虚構世界の境界を行き来していました。
8/26放送のパラパラアニメにも同じような手法が使われていたのではないでしょうか。
映画『探偵物語』とあまちゃん
前回・前々回の考察では、「あまちゃん」東京編は薬師丸ひろ子さんと松田優作さんが主演した映画『探偵物語』への壮大なオマージュかどうか、検証しました。
松田龍平さんが演じる水口琢磨が主人公・天野アキ(能年玲奈さん)を抱きしめた場面以外にも、映画『探偵物語』との類似点が複数ありました。
前掲書『現代文学理論』では、
メタフィクションないしより広くメタ文学の問題として考えたいもう一つの現象は、他のテキストとの反復と変形によるテクストの無限循環の現象、ごく大雑把にいえばパロディ文学の総称である。(中略)-バフチンもそうしていたように-<第二次の文学>の総称として、すなわち、引用、隠喩、狭義のパロディ(諧謔的な模倣)、茶番、戯作、諷刺、文体模倣などのすべてを指すものと考えていただきたい。
※前掲書188~189頁より引用
と紹介されています。
あまちゃんには過去の映画や有名人の誕生日・命日へのリスペクトとしてのオマージュが、番組内に小ネタとして複数つめ込まれていることはすでにメディア・ウェブ上でも指摘されていました。
パロディ・オマージュの創作をする際に難しいのは、読者が過去の作品・元ネタを知っている必要が有ることです。いかに読者が知っていそうな小ネタ・オマージュを不自然ではない形で盛り込めるかに書き手の力量が問われるのではないでしょうか。
宮藤官九郎さんが「分かる人だけわかればいい」と銘打って、「変形による創作」を行っている点は、「あまちゃん」の面白さの一要因と考えています。
夏ばっぱと潮騒のメモリー
8/29放送分では劇中映画『潮騒のメモリー』でうまく演技ができない主人公・天野アキのために、大女優・鈴鹿ひろみが天野アキの祖母・天野夏を連想させるようなアドリブの演技をしました。
参考:天野春子(小泉今日子) 『潮騒のメモリー(初回限定紙ジャケ仕様~アナログEP風レトロパッケージ)』
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天野アキがアイドルを目指して上京したときに、「北の海女」と書かれたてぬぐい?を渡し、冷たい海で海女をする時よりも辛いことはないのだから、辛いことがあったらこの手ぬぐいを見て思い出しなさい、というたぐいの言葉をかけました。
鈴鹿ひろみはそのことを知っていたので、天野アキが鈴鹿ひろみの演技で祖母・天野夏の言葉を思い出すように、「これで涙をふけ」とアドリブの演技をしたわけです。自らが主人公の祖母のメタファーとなって、主人公の演技を魅力的にする。
「あまちゃん」の世界の中の、虚構の映画の中で、魅力的な譬喩・パロディが繰り広げられていました。視聴者の世界から見たら「時空のゆがんだ虚構世界」において、「虚構内虚構」のドラマが繰り広げられています。「入れ子」の状態です。
メタフィクションは作者の優しさなのか
「あまちゃん」にはさまざまな作品へのオマージュを盛り込みつつ、オリジナリティもたくさんあル作品です。オマージュ・小ネタからは先行する作品・出演した俳優たちなどへの尊敬の念を感じます。「笑い」を取るだけではなく、先行作品・先駆者への愛の証なのかもしれません。
そしてメタフィクションに描くことで、これから登場するであろう東日本大震災後の東北の場面が視聴者にとって受けとめやすい世界になるのかもしれません。リアルに描かれすぎても震災時から今までの記憶が蘇りますし、コメディにし過ぎても傷つく視聴者は存在するのではないかと考えています。
「あまちゃん」を虚実を織り交ぜたメタフィクションに描くことで、見ている人がどこまで本当でどこまでがフィクション化わからなくなるような感覚に陥る。そのことで視聴者にとって嘘ではないけれどもリアルすぎもせず、前向きに、傷つかない気持ちでドラマを受け止められるようにとの、書き手の配慮の可能性を否定できません。
前掲の漫画『ハイスクール奇面組』では作者が漫画と現実世界を行き来しているかのような回がありました。脚本を書いた宮藤官九郎さんは俳優もされています。今後、作者自身またはグループ魂のメンバーとして、メタフィクションのように越境して登場してくれたら面白いのですが。
参考:グループ魂 原田郁子 『TMC』
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震災編が9/2から開始して
筆者による「あまちゃん」の考察はおかげさまで三作で完結しましたが、本日9/2(月曜日)から始まった震災編を見て号泣。東日本大震災を直球で描いたことに驚きつつも、震災そのものは映像にしないで、俳優さんたちの表情とジオラマで表すという配慮がありました。
震災そのものを映像にしていないのに、震災からの復興は今も続いているのと、現実世界での自分自身の体験がリンクして感情を揺さぶられました。
たとえば北鉄の電車がトンネル内に止まったのは実話だそうです。現実とドラマの世界が交錯して気持ちが揺れていますが、明日以降も観たいと思います。
参考:吉本 浩二 『さんてつ: 日本鉄道旅行地図帳 三陸鉄道 大震災の記録 (バンチコミックス)』
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【実際に起ったこと】 2013.12.31.22:57
さかなクンが東北に魚と水槽を寄付した話や、最終回で登場した「恐竜の骨発見」は実話だったのですが、さらに驚くことが起こりました。
朝ドラ『あまちゃん』の足立ユイと天野春子がNHK紅白歌合戦に出場。そのことにより、作者とNHK公認で、朝ドラ『あまちゃん』が紅白内で第157回めとして完結しました。
ドラマを超えて現実に入り込むことで、東京に行けなかったユイちゃんと影武者だった天野春子が夢をかなえることができました。予想を超えた完結方法でした......。
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編集履歴:2013.8.31 21:07 「作曲家した来生たかおさん」を「作曲した来生たかおさん」に修正。2013.9.1 21:38 Aマイナーのアルペジオについてと、「小池徹平 I will ...」を追加。同日21:46 「火を飛び越えること」について追加しました。
2013.9.2 20:18 見出し「震災編が9/2から開始して」を追加。 「潮騒のメモリー」の「Aマイナー」のアルペジオについては個人ブログに移動しました。2013.9.4 15:07 たっとえばと「さんてつ」の情報を追加。2013.12.09 21:57 見出し「夢の途中」を追加しました。2023.9.25 17:20 スピンオフ記事の情報を削除しました。