新規事業が失敗する「たった一つ」の理由: なぜ「3年で10億円」という目標は危険なのか?
「AIを使って、何か新しいことを始めよう」
「3年後に10億円の新規事業を立ち上げて欲しい」
もしあなたの会社で、このような言葉が「号令」として飛び交っているなら、それは新規事業が停滞する危険なサインかもしれません。多くの企業が未来の成長のために新規事業開発に取り組みますが、残念ながらその多くは期待された成果を出せずに終わってしまいます。
その原因は、技術力やアイデアの不足だけではありません。実は、プロジェクトの始まり方、特に経営陣が掲げる「目標設定」に大きな問題が隠されていることが多いのです。
この記事では、なぜ根拠の曖昧な高い目標が新規事業を失敗に導くのか、そして本当に価値あるものを生み出すために経営者やリーダーは何をすべきなのかを解説します。
なぜ「3年で10億円」は現場のやる気を奪うのか
経営トップから「3年で10億円よろしく!」と意気込みだけを伝えられても、現場の担当者は頭を抱えてしまいます。これまでの経験や勘が通用しない未知の領域へ踏み出すのが新規事業です。それにもかかわらず、具体的な方針やサポート体制が示されないまま巨大な数字目標だけが課せられれば、どうしていいか分からなくなるのは当然です。
これは、最近よく聞かれる「AIやDXで何かやれ」といった指示も同じです。
流行りの技術を使えば何とかなるという安易な考えでは、本質的な成功は望めません。本当に重要なのは、その技術を使って社会のどんなニーズに答え、顧客のどんな課題を解決するのかという明確なロジックです。そして、そのロジックを実行するために、ときには既存の事業プロセスや組織のあり方さえも作り変えていく覚悟が求められます。
さらに、このような状況では、現場に以下のような問題が発生します。
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自由な発想が失われる: 「このアイデアで3年後に10億円は無理だろう」という思考が働き、斬-新で挑戦的なアイデアが初期段階で排除されてしまいます。生々しい数字のプレッシャーが、創造性の芽を摘んでしまうのです。
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モチベーションが上がらない: 新規事業という「不確実性への挑戦」を奨励しているにもかかわらず、評価の物差しは「確実な成果」を求める既存事業と同じ「売上」と「利益」のまま。この矛盾した状況では、誰もリスクを取って挑戦しようとは思えません。何をすれば評価されるのかが不明確なままでは、担当者は既存の業務を優先せざるを得なくなります。
結局のところ、根拠のない壮大な目標は、現場の混乱とモチベーションの低下を招き、プロジェクトを前に進める力を奪ってしまうのです。
経営者に本当に求められる役割とは?
では、経営者は何をすべきなのでしょうか。
経営者の最も重要な役割は、根拠なき目標を掲げて現場にプレッシャーをかけることではありません。現場のメンバーが「これをやりたい」と自発的に考え、自律的に新しいことに取り組みたくなるような「仕組み」や「制度」を整えることです。
具体的には、以下のような支援が不可欠です。
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十分な予算と人材の手配: 意気込みだけでなく、挑戦に見合ったリソースを約束する。
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挑戦を後押しする評価制度: 既存の評価基準とは別に、新規事業のプロセスや挑戦そのものを評価する仕組みを作る。
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適切な権限移譲: 「任せて、任さず」という言葉があります。一度任せると決めたら、マイクロマネジメントはせずに現場を信頼し、その上で報告を密に受けて的確なアドバイスを送る。そして、失敗したときの責任は自らも負う覚悟を示すことが重要です。
担当者が「やらされ仕事」ではなく、「自分の仕事」として強い意志を持って取り組める環境を整えることこそ、経営者が果たすべき最大の責任と言えるでしょう。
リーンスタートアップで不確実性を乗り越える
では、不確実性の高い新規事業はどのように進めるべきでしょうか。ここで有効なのが「リーンスタートアップ」のアプローチです。壮大な計画を立てるのではなく、仮説検証を繰り返しながら、成功の確度を高めていきます。
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仮説を立てて構築する(Build): まず、「顧客にはこのような課題があるはずだ」「この解決策なら価値を感じてもらえるはずだ」という仮説を立てます。そして、その仮説を検証するための実用最小限の製品(MVP: Minimum Viable Product)を構築します。これは完璧な製品ではなく、顧客の課題を解決する核となる最小限の機能だけを実装したものです。
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顧客の反応を計測する(Measure): MVPを実際の顧客に提供し、その反応や行動データを客観的に計測します。「本当に使ってもらえるのか」「お金を払う価値を感じてくれているか」といった点を数値で把握することが重要です。
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データから学び、次を決める(Learn): 計測したデータから、当初の仮説が正しかったのかを学びます。もし仮説が正しければ、その方向で継続(Persevere)します。もし間違っていたと分かれば、学びを元に製品や戦略の方向転換(Pivot)を行います。
この「構築→計測→学習」のフィードバックループをいかに速く回せるかが、新規事業の成功の鍵を握ります。このプロセスを通じて顧客のニーズに根ざしたビジネスモデルを確立することこそが、根拠のない「3年で10億円」という目標よりも、はるかに確実な成長への道筋なのです。
あなたの会社の取り組みは大丈夫ですか?
これまで見てきたように、「3年で10億円」に代表される現場の実情を無視した目標設定は、もはや単なる思いつきではなく、新規事業を意図的に失敗させるための「原理原則」とさえ言えるでしょう。AIなどの流行りの技術に飛びつくだけでは、顧客の本当の課題は解決できません。
改めて、自社の取り組みを見直してみてください。
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私たちは、本当に「凄いこと」や「面白いこと」に挑戦できていますか?
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顧客の課題を解決するという、事業の核となるロジックは存在しますか?
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そして、「3年で10億円」のような、創造性を縛るだけのKPIに振り回されてはいませんか?
この記事が、あなたの会社の新規事業を成功に導く一助となれば幸いです。
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