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とりあえずワタシもそれなりに便利に使っているTwitter。いわゆる「つぶやき」がベースなので、流れるメッセージ、つまりタイムラインに意味が持てるかどうかはフォロワー次第だったりするわけですが、そもそも自分がどういうスタンスで接しているかのほうが問題立ったりするわけです。本来は。でも、それを微妙に曲解して、何らかのブログやWebサイトのようにタイムラインに意味があると深読みしすぎるとおかしくなるような気がします。たとえば?
Twitterのつぶやきに意味があるかどうかは相対的なものじゃない?
いや、まったくその通りだと思います w
元々言葉や文字に意味を持たせるのは誰かとの関係であって、「飯喰った」とか「xxなう」なんてつぶやき自体には意味があるわけではありません。でも、知ってる人、あるいは知りたい人との関係であれば、ひとつの生存確認みたいな感じでそれらのつぶやきを眺めることも出来るわけです。
もっとも調査会社としては、最新のインターネットのトレンドとしてのTwitterがどんなものかを定量化しないとクライアントにもメディアにも立場が無いので、とりあえず調査してみたらこんな結果になっちゃった、みたいな話に聞こえてしまいます。
ただ、そんな風に思っちゃうワタシ自身がそもそも穿ったモノの見方をしてしまう傾向がありますが・・・
それ自体はそれ自体で存在しづらいつぶやき
Tumblrあたりだともっと混沌としているので調査のやりようも無いんじゃないかとは思いますが、この手のツールの場合、そこにあるメッセージ自体は単なる文字列。特にTwitterは基本的に140文字という制限・・・日本語なら何文字まで大丈夫?っていう話が時々流れますが・・・ があるので、そこに何らかのメッセージ性を持たせるのは構造的に簡単ではない。
もちろんそれを意図的に最大限活用している人の例もありますし、非常に簡潔なRSSのヘッダーメッセージみたいな使い方をしているメディアや一部の人も居たりしますから、それも一概には言えない。
いずれにせよ、TwitterのTLで流れるのは単なるつぶやき。
そしてそれを眺めて意味を感じるのは人であって、機械的に言葉を拾っても前出の調査みたいな結果になるんだろうなぁと思います。因みにそんな受け取り方をしているので、Twitterをマーケティング活動の中に取り入れようという動き自体に非常に懐疑的になるんですけど、コレこそ相対的なものなので、多分ワタシはそういうことをTwitterという場で考えるには向いていないし、多分そういう活動から流れる情報の受け手にもなれないんだろうな、という気がします。
でも、ま、それだけですね。
因みに個人的には、それでも6割は何らかの意味を持っていると判断されるんだという驚き
むしろこっちのほうが驚きです。本当なのだろうか?
と、ふと自分のTLを見てみると・・・ 多分ワタシの場合には最低でも逆(6割意味なし)か、もっと低いんじゃないかと。
もっとも中にはTwitterを使っている知り合いに向けた業務連絡的なモノもあったりするのですが、状況に関係していない人にはまったく意味の無い事なので、おそらく前後の脈絡から「意味なし印」を押されてもしかたないだろうなぁという気はします。
ということを踏まえつつ、前後の脈絡無く、「でもね、それなりにそれらには意味があるんですよ~」 と、ちょっと呟いてみたくなります。
すいません。非常に個人的なエントリーです。
やはり、辛い。
付かず離れずとは言え、20年以上前からの知り合い。しかも奥様も含めて事実上家族ぐるみでのお付き合いのあった方。
ただ、そんな中で、その知人ご夫妻と共通の知り合いであるIBM時代からの先輩が真っ先に一報入れてくれたのは凄くありがたい。非常に難しく厳しい状況にあるのは知っていたけれど・・・ 訃報を真っ先に連絡してくれたのがありがたい。
でも、悲しさを埋められない。
大変な治療に何ヶ月も耐えていたのは聞いていたし、それに耐えて復活してくると信じていたけれど。
もちろん、仕方のないことだし、これからも自分の番までに何度も経験する事になるのだろうけれど。
いまは冥福を祈るばかり。
お疲れ様でした。
今までと同じように、そっちでお気楽に。
で、こっちはこっちで、もうしばらく頑張りますよ。
THE SHOW MUST GO ON って突っ張ってね。
先週はお盆休みということで家族もろとも実家に帰っていたのですが、今日から仕事復活です。更に日々の飲み屋巡回という夜のスケジュールもボチボチと復活させようかとたくらんでいますが、それよりもチョイと気をつけないといけないことも復活。何それ?いや、自分自身の話なんですけどね。
自分の親にとって、孫は孫
ありがたいことにワタシ、そしてカミさん方とも二親が健在なのですが、年に二回程度しか訪ねて来ない孫との時間はとても貴重なもの。もちろんこちらもそれは先刻承知ですので、頑張って帰省するわけです。実は結婚してから子供が出来るまでとても長く時間がかかった我が家の場合、当初は親にとって子が帰省してくるという意識だった訳ですが、孫が出来てしまうと・・・まぁ・・・ 親馬鹿なんて目じゃない状況だったりします。
さすがにワタシの親ですからそれなりに年齢も重ねていて、孫と一緒に元気良く走り回るには辛いわけですが、目の前でワーワー遊んでいたり、一緒に散歩行ったりするのはとても楽しそうな時間だったりします。でも、普段から一緒に居るわけでもないので、両方とも力いっぱいやってるうちに体力的に限界が来てしまったりするわけで・・・
ということで、今回も「孫は来て良し、帰って良し」となっちゃいました。
ま、これも年中行事の一つみたいなモンですね。少なくとも我が家にとっては。
自分の親にとって、子は子
で、実はこちらに罠があるんです。何?いや、子はやっぱり子なんですよね。「ところで、幾つになったんだっけ?」と親に聞かれて素直に返事すると「そうだよね~」。まぁ思えば遠くに来たものです。実家の、かつて自分が使っていた部屋は父親の書斎に、妹が使っていた部屋は何だか倉庫状態になっている(実は妹の衣類の倉庫?)のですが、やっぱり実家に帰ると懐かしいものです。
で、で、ですね。ワタシの場合、大学卒業と同時に東京に出てきたのですが、ココにひとつ大きな問題が。いや、何かというと、かつてのワタシ、比較的痩せた体型自体はその頃とホボ変わらないのですが、一番変わったのが食事の量。酒の量についてはいまだにそれほど減っていませんが(というか減らせ!と各方面から言われますが)、食事の量や質は明らかに変わりました。少なくとも普段はかつてから考えると信じられないくらい小食になっています。
でも、親にとって、しかも一番良く覚えている頃の自分は、まぁ、目の前にあるものは全部食べないと気がすまないくらいの大食でしたね。(それほど大げさではないですけど)
大学卒業時の体型を維持する・・・のが目的ではないのですけれど
実はいまだに就職した頃と洋服のサイズは変わっていません。例えばスーツはA6、ジーンズは・・・リーバイスの501だと30インチ(で長さは32インチ)。もっとも運動を以前よりはしなくなった事や、歳も歳なので筋肉が落ちてしまい、全体として緩めにはなってしまっていますが、少なくともサイズは変わらない。因みにさすがに177センチの身長はもう伸びませんが、体重は基本的に65から67キロ前後をウロチョロ。一応気をつけて時々体重計に乗るのですが、かつて最大でも70キロという数字を見たことがありません。
・・・ありません。
いや、ありませんでした。少なくとも、先週8月13日の夕方までは。
心臓が粉々に吹き飛ぶ勢いの、体重計が示す「71.0キロ」
自分的に、自分の乗った体重計が70キロ超を示したのは初めて見ました。あ、正確に言うと、ジーンズにTシャツ姿のままで体重計に乗ったのですが・・・ 超えてます。ワタシ的にはマッハの世界に突入してしまいました。
まずい!
それまで大抵は裸に近い状態で乗っていたのでその分割り引いても良いのかもしれません。でも、今まではその状態で乗っても69.5キロとかでギリギリ土俵に残った感じだったのが、いきなり超えてしまっているわけです。自分の中で、今の生活態度や環境のなかで「絶対に70キロを超えてはならない」という壁を作っていたのですが・・・
壁がガラガラと音を立てて崩れてゆく気分
で、どこに罠があったか?
やっぱり子は子。どうしても一杯食べていた頃の記憶があるんですね。元々親自身は年齢的なこともあり、親だけの食事は比較的質素なものです。それが、子が来る孫が来るとなると、母親の肩にはイヤでも力が入ります。ま、ココは親孝行だと思って・・・ 思って・・・ で、マッハの世界に足を踏み込んでしまったようです。
ということで、普段の食生活- (マイナス) くらいの食生活を意識しないとヤバイかと。メタボといわれるのは死ぬほどイヤなので、そこは努力するしか有りません。因みに15日には自宅に戻ってきたのですが、早速家の体重計でいつものように計ると69キロ。ふぅ。ちょっと安心ですが、いずれにせよ、自分的な標準を超えています。
イカンなぁ
因みにかつてどれくらい食べていたのか?
う~ん。基礎代謝とかいろんな問題があるので何ともいえませんが、例えば結婚した当時私が持っていたお茶碗を見たカミさんが一言、「これはお茶碗じゃないです。ドンブリです(きっぱり)」これにご飯を普通に盛ると一合、オカワリすると二合くらい平気で毎食食べていたのですから、まぁ推して知るべし、ですね。
とりあえず過ぎたるは及ばざるが如しとの諺もあります。食事も酒も(コレは自戒を込めて)適量を心がけるのが何より、ということでしょうか。
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