栗原潔のテクノロジー時評Ver2:ITmediaオルタナティブ・ブログ (RSS) 栗原潔のテクノロジー時評Ver2

知財、ユビキタス、企業コンピューティング関連ニュースに言いたい放題

« 2007年11月20日

2007年11月22日の投稿

2007年11月25日 »

報道情報からはなかなか見えにくいひこにゃん事件ですが、いろいろなソースを総合的に見ると、やはり著作財産権については特に争いがなく、著作者人格権(の同一性保持権)が争点のようです。私としては、以前書いたように、今回のケースでは同一性保持権による差し止めは難しいのではと思っています。

ところで、Internet Watchの記事によれば、弁護士の牧野和夫先生が以下のようなことを発言されています。

弁護士の牧野和夫氏は、「あくまでも詮索ではあるが、この問題は『のまネコ』と近いのでは」と指摘した。「彦根市が市民のためにひこにゃんを使うのであれ ば良いが、作者にしてみれば商業的に走ってしまうのが気に入らないという思いがあったのではないか」。作者が侵害を主張している著作者人格権については、 「(他人に)譲渡できないことになっている」として、市との契約の詳細はわからないが、作者の主張が認められるのではないかと語った。

この発言の段階では事件の全貌が明らかでなかったのだと思いますが、「ひこにゃん」の件と「のまネコ」の件は全然違うと思います。のまネコはコミュニティが作った半ばパブリックドメイン的なキャラを営利企業が抜け駆け的に権利化しようとして問題になりました。ひこにゃんの件はプロのデザイナーが公的機関と(おそらくは)正式の契約を結んで権利を譲渡したにもかかわらず後になって物言いを付けている状況です。

さらに言えば、大組織と個人(あるいはコミュニティ)が著作権について争う時には、組織側が権利を強力に行使して著作物を使わせないのに対して、個人側が著作物を自由に使わせろと言って争いになるのが普通でしょうが、今回は図式が逆ですよね。彦根市側は(一定の条件のもとに)ひこにゃんキャラを自由に使って良いと言っているのに、個人である作者側が自由に使わせないでほしいと言っているわけですから。

また、作者は、営利企業である出版社と契約を結び、ひこにゃんと同一のキャラを使った絵本「ひこねのよいにゃんこのおはなし」も出版しているようです。これは、パブリックドメインでも何でもなく通常の営利目的の出版物です。「作者にしてみれば商業的に走ってしまうのが気に入らない」というよりは、「作者にしてみれば自分が商業的利益を独占できないのが気に入らない」という印象を持ってしまいます。

なお、このような著作財産権と著作者人格権(特に、同一性保持権)のぶつかり合いは、日本の著作権制度におけるかなり大きな潜在的問題のひとつだと思います。中山先生の「著作権法」においても、かなりのページを割いて同一性保持権について論じられれています。p389には以下のような記載があります。

特に最近の事件では、表面上は人格権の事件であっても、衣の下は財産権的な目的があると《邪推》できる場合も少なくない。

私としては、ひこにゃん事件についても(報道された情報から判断する限りは)このような《邪推》をしたくなってしまいます。

栗原 潔

« 2007年11月20日

2007年11月22日の投稿

2007年11月25日 »

» このブログのTOP

» オルタナティブ・ブログTOP


プロフィール

栗原 潔

栗原 潔

株式会社テックバイザージェイピー(TVJP) 代表取締役 弁理士
IT、知財、翻訳サービスを中心とした新しいタイプのリサーチ会社を目指しています。

詳しいプロフィール

カレンダー
2012年11月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
kurikiyo
カテゴリー

オルタナティブ・ブログは、専門スタッフにより、企画・構成されています。入力頂いた内容は、アイティメディアの他、オルタナティブ・ブログ、及び本記事執筆会社に提供されます。


Special

- PR -
Special オルタナトーク

仕事が嫌になった時、どう立ち直ったのですか?

エンタープライズ・ピックアップ

news094.gif 顧客に“ワォ!”という体験を提供――ザッポスに学ぶ企業文化の確立
単に商品を届けるだけでなく、サービスを通じて“ワォ!”という驚きの体験を届けることを目指している。ザッポスのWebサイトには、顧客からの感謝と賞賛があふれており、きわめて高い顧客満足を実現している。(12/17)

news094.gif ちょっとした対話が成長を助ける――上司と部下が話すとき互いに学び合う
上司や先輩の背中を見て、仕事を学べ――。このように言う人がいるが、実際どのようにして学べばいいのだろうか。よく分からない人に、3つの事例を紹介しよう。(12/11)

news094.gif 悩んだときの、自己啓発書の触れ方
「自己啓発書は説教臭いから嫌い」という人もいるだろう。でも読めば元気になる本もあるので、一方的に否定するのはもったいない。今回は、悩んだときの自己啓発書の読み方を紹介しよう。(12/5)

news094.gif 考えるべきは得意なものは何かではなく、お客さまが高く評価するものは何か
自社製品と競合製品を比べた場合、自社製品が選ばれるのは価格や機能が主ではない。いかに顧客の価値を向上させることができるかが重要なポイントになる。(11/21)

news094.gif なんて素敵にフェイスブック
夏から秋にかけて行った「誠 ビジネスショートショート大賞」。吉岡編集長賞を受賞した作品が、山口陽平(応募時ペンネーム:修治)さんの「なんて素敵にフェイスブック」です。平安時代、塀に文章を書くことで交流していた貴族。「塀(へい)に嘯(うそぶ)く」ところから、それを「フェイスブック」と呼んだとか。(11/16)

news094.gif 部下を叱る2つのポイント
叱るのは難しい。上司だって人間だ、言いづらいことを言うのには勇気がいるもの。役割だと割り切り、叱ってはみたものの、部下がむっとしたら自分も嫌な気分になる。そんな時に気をつけたいポイントが2つある。(11/14)

news094.gif 第6回 幸せの創造こそ、ビジネスの使命
会社は何のために存在するのでしょうか。私の考えはシンプルです。人間のすべての営みは、幸せになるためのものです――。2012年11月発売予定の斉藤徹氏の新著「BE ソーシャル!」から、「はじめに」および、第1章「そして世界は透明になった」を6回に分けてお送りする。(11/8)


サイトマップ | 利用規約 | プライバシーポリシー | 広告案内 | お問い合わせ