栗原潔のテクノロジー時評Ver2:ITmediaオルタナティブ・ブログ (RSS) 栗原潔のテクノロジー時評Ver2

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2007年7月31日 »

昨日のエントリーで「日本語の体をなしていない訳文は問題」と書きました(当然の話ですが)。しかし、かと言って、すっきりした読みやすい訳文が常に良いかというとそうとも言えません。特に、英文法、熟語等の英文解釈の基礎体力がない人が、日本語能力に頼りすぎてそれらしい訳文を作ってしまうと、一見問題ないように見えて実は原文とはぜんぜん違う意味の大誤訳となるリスクが増します。

翻訳ソフトの研究をされている福岡大学の柴田勝征先生の講演において、人間の翻訳者が陥りがちな問題点が指摘されてますので、以下に引用します(太字は栗原による)(出典はこちら)(ちなみに文中のO氏とは結構著名な翻訳家だそうです)。

これら数々の誤訳を見て気が付くのは、O氏の翻訳の特徴は、英文を「英単語の順不同の集合」と考えていることで、それらの単語の日本語訳語を、自分が納得 できるような意味を構成するように、適当な順序で並べ替えると翻訳文ができあがり、というわけである。英語の単語の語順は、syntactic structure を表現する決定的なファクターだという認識は皆無で、英文には「統語構造」がある、という認識すら皆無と思わざるを得ない。だから、原文中の動詞の主語す ら、しばしば間違える。O氏の認識では、その原文に出てくるすべての名詞が原文中の動詞の主語になりうる可能性があり、実際にどの名詞が主語なのかは、彼 が納得できるような意味(文意)を構成できる名詞が主語なのである。

柴田先生は、この後で「だから(構文解析を間違えない)機械翻訳は人間より優秀」と結論づけておられます。この点については今は議論しませんが、少なくとも上記の太字で示したタイプの翻訳者が結構いるという点については同意します。

前職では、いろいろな外注の翻訳者さんによる英文レポートの翻訳チェックをしてましたが、翻訳者さんが上記のような「原文の英単語を組み合わせて(一見)意味の通る日本文を作る」タイプだと非常に困ってしまいます。たとえば、

One of the reasons that keep HOGEHOGE from growing its market share is....

という原文があったとします(HOGEHOGEにはベンダー名が入ります)。これを、

HOGEHOGEが市場シェアを拡大し続ける理由のひとつは...

と訳してきた人がいました。"keep", "growing", "market share"と来たので、「シェアを拡大し続ける」と頭の中で再構成してしまったのでしょう。だけど、"keep ~ from doing"は、「~が~するのを妨げる」という高校受験英語でも頻出(たぶん)の熟語ですよね。ということで正しい訳は、

HOGEHOGEが市場シェアを拡大できない理由のひとつは...

あるいは

HOGEHOGEの市場シェア拡大の阻害要因のひとつは...

という感じになり、意味が全く逆であります。私はアナリストとしてHOGEHOGEの市場シェアは伸びないという前提知識があったので間違いに気付きましたが、そうでなければ誤訳に気がつかずにチェックを通してしまった可能性もあります(全体的な訳文は日本語として自然だったので)。百歩譲って、"keep ~ from doing"の熟語を知らないとしても、構文に忠実に、「HOGEHOGEをシェアの拡大から遠ざける理由は~」とでも訳してもらえればまだ良かったわけです。

ということで、翻訳を仕事としてやる方には、

1)英文解釈的なテクニックを馬鹿にせずしっかりとやっていただきたい(場合によっては、受験テクニック的に、英文にアンダーラインを引いてSVOを確認する等もしてほしい)

2)受験英語で出てくるような熟語も馬鹿にせずにちゃんと押さえておいていただきたい

3)特に下訳者として仕事をするときには過剰にこなれた日本語訳にせず、原文の構造が残っているような訳にしていただきたい(こなれた日本語にするのは最終チェックの段階でやル作業です)。よくわからないところは当て推量で日本語を補足するのではなく、よくわからないと明記しておいてくれた方が助かります。

などと思うわけであります(えらそうですみません)。

栗原 潔

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栗原 潔

栗原 潔

株式会社テックバイザージェイピー(TVJP) 代表取締役 弁理士
IT、知財、翻訳サービスを中心とした新しいタイプのリサーチ会社を目指しています。

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