| « 2006年11月27日 | 2006年11月29日の投稿 |
2006年12月1日 » |
あえて言うまでもないですが、著作権という権利には一定の保護期間があります。日本の場合ですと著作者の死後50年間(法人著作物の場合は公表の時から50年、映画の場合は公表の時から70年)です(他にもいろいろと例外規定がありますが、あまりに細かいので省略)。保護期間が過ぎると原則的にその著作物は著作権フリー、いわゆるパブリック・ドメインの状態になって誰でも自由に使えるようになります。
このように一定の保護期間を定めるというやり方も、何回か書いている「保護と利用のバランス」のひとつです。永遠に著作権を認めたのでは利用を阻害してしまうので期間を区切ったということです。特許法等も同じ考え方です(特許権の保護期間は原則出願日から20年)で、問題はこの50年という期間がバランス点として妥当なのかということです。
アメリカでは、1998年に著作権の保護期間が50年から70年に延長されました(ミッキーマウスに関する権利の喪失を恐れたディズニー社の圧力働きかけによるところが大きかったということで「ミッキー・マウス保護法」とも言われているのはご存じの方も多いでしょう)。
で、今、日本に対しても、著作権の保護期間を延長して70年間にせよとの外圧働きかけがされています。個人的には、50年でも長いのではと思います。世の中のスピードが速くなっており、コンテンツのライフサイクルも短くなってますので、50年というとほぼ永遠のような期間ではないでしょうか?当然ながら、ローレンス・レッシグ教授なども反対しています(参照記事)。ただ世界の趨勢的には著作権を延長する(少なくとも短縮はしない)方向性にあるのは確かなようです。保護と利用のバランスが保護側に向かっている例です。
ところで、ちょっと前のことになりますが、今年の4月にオノ・ヨーコとプレスリーの娘(リサ・マリー)が、日本における著作権の保護期間の延長を求める手紙を小泉首相に渡したというお話しがありました。保護期間延長の正当性を世の中にアピールするための人選としては違和感があると思ったのは私だけではないでしょう(参照ブログ)。
今の日本の著作権法の規定ぶりを見ると「著作権者は、その著作物をxxxする権利を専有する。」(xxxには複製、上演等の動詞が入る)というパターンが多く見られます。これは、デフォでは著作物を複製したり、上演したりできるのは著作権者だけであり、勝手に他人が複製・上演等したりすると著作者の権利を侵害することを意味します。他人が著作物を利用するためには、著作者と契約(ライセンス契約)を結んで、許諾を得ることが必要になります。
こういう意味では、著作権は土地の所有権に似てると言えます。他人の土地を勝手に使うのは不法行為であり、その土地を使うためには土地の所有者と契約を結んで借りるか、買うかする必要があります。著作権等の知的財産権のことを知的所有権と言うこともありましたが、これはその辺の特性を反映しています。(なお、今は基本的に知的所有権という言い方はあまりされなくなってきており、知的財産権という言い方が通常です。)
どの国の著作権法もこういう考え方がベースになってますし、特許法などもこういう作りになっていますが、立法論で言えば、これが唯一の選択肢というわけではありません。他人の著作物の利用は自由にしても良いが、しかるべき金は払わなければいけないという規定にすることも考えられます。いわば、著作権を土地の所有権のような独占排他権ではなく、金銭請求権にしてしまうということです。著作物の保護と利用のバランスを利用側の方にかなり近づける試みであると言えます。
ネット上での広範なコンテンツの再利用や配布が技術的に可能になっている中で、著作物を利用するたびに原則的に著作権者に許諾を得なければいけないという今のシステムが最適かと言うとそうとも言えなくなってきています。典型的なケースが、古いテレビ番組の再放送で、ネットで配信するのは技術的に全然問題なくても、権利関係がクリアできずにせっかくのコンテンツが利用できないという状況になっています。
このような保護と利用のアンバランスを改善するというのは机上の空論ではなく、いくつかの具体的動きが見られます(池田信夫blogの参照エントリー)。要は、著作権者にちゃんと金が流れるような仕組みさえあれば、コンテンツは自由に利用させてもいいじゃないいかという発想です。興味深いのは、クリエーター側が保護の方に持って行きたい、ユーザー側は利用側に持って行きたいという当然予測できる動きだけではなく、池田氏のブログにもあるように、クリエーター側においても著作物の利用優先主義の動きが見られることです(ちなみに、クリエイティブ・コモンズもベクトルとしては同様でしょう)。
もちろん、ここでは、利用者側からどうやって金を集めて、クリエーター側にどう公平に分配するかという重大な問題があります。集金はP2Pの利用料金やAV機器の価格に含めるというやり方が考えられますが、分配にはJASRAC的な仕組みが必要になるでしょう。JASRACというと拒絶反応起こす人がいるかもしれませんが、JASRACのような仕組み自体は絶対必要です。要は、公平性・透明性・妥当性が満たされているかということです。具体的には、何らかの競争原理と第三者による監査が必要となるでしょう。また、当然のこととして、このフレームワークでも正当な料金を支払わない不正利用には対応する必要があります。コンテンツが十分安く利用可能になれば、不正利用も減るというシナリオが成り立てば理想的ですが。
先に、著作権を土地の所有権にたとえましたが、実は、両者には大きな違いがあります。著作物は多くの人での利用を広げることで価値を増し得るということです。1万人の人がそれぞれ1000円を払って使ってくれるコンテンツの利用を広げることで、1億人の人がそれぞれ10円を払って使ってくれるようにすれば、単純計算で価値は100倍になります。「デジタル・コンテンツは容易にコピーできてしまう→だから、何とかしてコピーされないようにしなければ」ではなく、「デジタル・コンテンツは容易にコピーできてしまう→逆に考えるんだ、だからどんどんコピーしてよいと考えるんだ(その代わりお金はちゃんと回収できる仕組みを考えるんだ)」という発想の転換は重要でしょう。
もちろん、こういうパラダイムシフトは一朝一夕で起きるものではないですが、全体的な潮流はこういう方向にあるように思えます。
| « 2006年11月27日 | 2006年11月29日の投稿 |
2006年12月1日 » |
| 日 | 月 | 火 | 水 | 木 | 金 | 土 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 1 | 2 | 3 | ||||
| 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 |
| 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 |
| 18 | 19 | 20 | 21 | 22 | 23 | 24 |
| 25 | 26 | 27 | 28 | 29 | 30 |
オルタナティブ・ブログは、専門スタッフにより、企画・構成されています。入力頂いた内容は、アイティメディアの他、オルタナティブ・ブログ、及び本記事執筆会社に提供されます。

顧客に“ワォ!”という体験を提供――ザッポスに学ぶ企業文化の確立
ちょっとした対話が成長を助ける――上司と部下が話すとき互いに学び合う
悩んだときの、自己啓発書の触れ方
考えるべきは得意なものは何かではなく、お客さまが高く評価するものは何か
なんて素敵にフェイスブック
部下を叱る2つのポイント
第6回 幸せの創造こそ、ビジネスの使命