20年ぶりぐらいのワクワク感
ITに強いビジネスライターの森川滋之です。
書きたいネタがたくさんあるのですが、おかげさまで本業が忙しく(本当にありがとうございます)、週1回ぐらいの更新となっています。
僕は1987年に独立系のシステムインテグレーター(当時はこんな言葉はなかったのですが)に入社し、それから独立後も含めて約20年間IT業界で働き、紆余曲折あって今はフリーライターをやっています。
長年の付き合いなので、正直ITには飽きていたと言うか、無感動になっていたんですね。そんな僕が久しぶりにワクワクしているので、今回はそんなお話を。
●1990年前後のICT
僕が業界で「丁稚奉公」(当時は本当にそんな感じでした)をしていた1990年前後は、ITと通信で世の中が変わるみたいなことがまことしやかに言われていた時代でした。
僕は文学部出身なのですが、在学中にPC8801 MK2という機械を買い、それで遊んでいました。文学部らしくワープロソフトを使いたかったのですが、ついでにコンピューターを覚えても損はないだろうぐらいの動機です。
すぐにPC9801が出てちょっと損した気分になりましたが、僕が衝撃を受けたのはPC8801 TRという機械でした。
音響カプラという周辺機器がついていて、固定電話の受話器を置くと通信ができると言うのです。これからは通信なんだなと漠然と思いました。
それなら業界に入るのがいいだろうと、当時は男子学生は理系しか募集していなかったはずの東洋情報システム(現TIS)という会社からなぜか応募はがきが来たので説明会に参加したところ、採用してもらうに至りました。
面接のときに「やりたいことはあるか」と聞かれて、「通信関係です」と何をやるのかも分からず答えたら、本当に通信関係の部門に配属されてしまいました(いい加減な時代でした)。
僕はパソコン周りの開発をやれると思っていたのですが、1987年当時は独立系のシステムインテグレーターでパソコン周りの開発をやっているところなど超レアで、汎用機の通信ミドルウェア開発などというアセンブラでガリガリとコーディングをする世界に放り込まれたのでした。
これで基礎ができたんで、良かったんですけれど。
それが1990年代に入ると、オープン化の波がやってきて、TCP/IP関連の開発をすることになりました。
当時はTCP/IPなんて英語の文献しかなく大変苦労しましたが、一番面白かった頃でもあります。
世の中が一気に変わる感じがして、途中でバブルは弾けちゃいましたが、1994年頃にNTTの横須賀通研ではじめてMosaicを見て興奮し、次いでWindows 95が出てマルチメディアPCなんていうのが流行するぐらいまで、その興奮は続きました。
他にもたくさんのブレークスルーがありましたが、その後はずっと過去の技術の延長線上で高速化・大容量化が進んだだけというようなイメージがあります。
もちろん、サーバー仮想化の進展とそれに応じて登場したクラウド、そしてスマートデバイスとクラウドの連係で世の中便利になりました。
スマホを見ていると、僕が子供の頃だったら、こんなの持っているやつはスパイだなと思うぐらいです。スパイに憧れていたので、そういう意味では夢の機器ではありますが、でもそれだけのことで、若かりし頃の興奮は二度と戻ってこないと思っていたのです。
●気が付けば世の中すごいことになっていた
「昔は良かった」と回想にふけっている老人のようです。正直、僕も自分自身の感性が摩耗してきただけのことだと思っていました。ところが、久しぶりにワクワクし始めているのです。
きっかけは、ビジネスライターとしての仕事です。パターン認識(音声と文字)では日本のフロンティアである某社の社長さんを取材する機会がありました。
文字認識の歴史などを伺っているうちに、何だかだんだん怪しい話になっていくのです。手書き文字認識の話で、最初の衝撃を受けました。数字に関して言えば、認識精度はいまや人間を上回るのだそうです。
人間が読めない数字を機械が読み取れるって、その「哲学的意味」が分からない。本当にそれが読めているのか、どうやって判断したんだろう???
パターン認識のパイオニアですから、AR・VR・MRなんてことにも取り組んでいます(これらにSRを加えて違いが言えるようになりました)。これらもある意味マン・マシン・インタフェースのことなので、パターン認識とは親和性が高いのです。
そのうち、ビッグデータの話になり、そうなると当然のようにディープラーニング(深層学習)の話になり、この2つの応用例としてはサービス工学が一番面白いというような話に発展していきました。
ちんぷんかんぷんな人、ごめんなさい。僕も正直途中から何を言っているのか分からなくなってきたので、一生懸命メモして持ち帰って調べました。
僕はずっとエンタープライズシステムの開発や運用などについて書いてきたので、このあたりのいわゆる応用技術系のITには疎かったのです。ですが、すぐに数年後のエンタープライズシステムの開発や運用にAI(人工知能)やAR・VRなどが欠かせなくなるという確信を持つようになりました。
これらの動きは実は2000年代から始まっていましたが、本格的には2010年前後ぐらいから急に発展してきたようです。僕は、1990年前後からのオープン化からインターネット普及までの状況とすごく似たものを感じて、20年ぶりに年甲斐もなくワクワクしてきたのでした。
そうしているうちに、ワトソンが三井住友銀行に「雇用」されるなどというニュースが飛び込んできました。
そして、とうとうアマゾンがAWSでAmazon Machine Learning(機械学習サービス)などという、とんでもないものを提供するなんてことになり、いやはや油断していたら大変なことになってしまっていたわけです。
現在は、「ビッグデータ+機械学習+サービス工学」という三大噺に関する1,000円台の入門的な本がないので、ぜひ書いてみたいと、小さな夢を抱くまでになりました。
●人間はAIに仕事を奪われるのか?
機械学習とかディープラーニングとか言葉はいろいろありますが、ここではAI(人工知能)という言葉で括っておくことにします。
このままAIが進化すると、人間の雇用がAIに奪われると真剣に懸念する人たちがいます。それが、ホーキング博士だったりビル・ゲイツ氏だったりするので、かなり信憑性の高い話と捉えられています。
世界史で習った産業革命後のラッダイト運動(機械に仕事を奪われた労働者たちの打ち壊し運動)を思い出す状況で、実際この問題は「ネオ・ラッダイト」と言われているらしいです。
実は、僕もこのことは企業への取材を通じて2013年頃から懸念していました。当時、システム運用管理者の育成というテーマで10社ほどのユーザー企業およびITベンダーに話を聞いたのです。
彼らは業種・業界関係なく口を揃えて言いました。オペレーターのような仕事についてはもはや正社員を使っていない(教育目的でやらせることはある)、非正規雇用者かオフショアか機械化(自動化)で賄っており、今後は機械化がもっと進むだろう、と。
すでに工場では起こっていることがオフィスワークにおいても急速に波及してきているということを実感しました。そして、最終的にはコンピューターができることはコンピューターにということになるんだろうなと思いました。
あの取材から2年もたたないうちに、ワトソンが「雇用」されたという話が飛び込んできました。思った以上に急速に進んでいるというのが実感です。
ワトソンが求められているのは単純労働ではありません。コールセンターのオペレーターという「接客サービス」です。そして、将来的には融資判断の参謀役にと期待されているのだと言います。そうなると、もはやコンサルタントです。今はまだ人間のサポーターですが、すぐに目・耳・口を持つようになり、人間と直接やり取りすることも可能になるでしょう。
これからどうなるかというのは、今の僕の知識では正直はかりかねています。今後、もっと取材と勉強の機会を持ちたいというのが現時点での希望です。
過去の歴史を見ていると、AIの研究はパーッと盛り上がっては、しばらく停滞するということを繰り返してきましたので、数年後には(僕のワクワク感も)しぼんでいる可能性もあります。
ただ、昔と違うのは、最新の脳科学の知見が積極的に取り入れられているというところです。なにしろ、最新のニューロコンピューターは脳波まで出すというのですから。なので、多くの人がこのまま進歩が続くと一方では期待し、一方では懸念しているということなのだろうと思うのです。
現状に満足して今起こっていることに目を向けないと、近い将来大きなしっぺ返しが待っているかもしれません。
たとえばドイツなどで起こっていることなどは、結構怖ろしいことです。ドイツと言えば職人大国と言っていいと思いますが、ベテラン職人たちは、若い人よりもAIに技術伝承をしようとしているようなのです。
●とりあえずは波に乗ってみよう
大変な状況ではあるのですが、僕は今のところ楽観的で、むしろ夢を感じています。
テクノロジーの進歩には負の側面がありますが、少なくとも享受しているもののほうが大きく、それは今後も続く――と信じたいからです。これが世の中の大勢であるのなら、悲観的なことを言いながら暗い顔して暮らすより、波に乗って楽しく行きたいという気持ちもあります。
AIの場合、人間が人間より「賢い」ものを生み出すということが一番の懸案事項であり、これは人間が生命を操作するのと同様に「神の領域」を侵犯することと捉える人が多いようです。
それは否定できません。今後も様々な倫理問題が発生するでしょう。でも、自分たちよりも「賢い」アシスタントが手に入ると考えれば、それはむしろ歓迎すべきことだと思うのです。
ライターの仕事なんかも、資料集めをして、取材をして、資料を机の上一杯に広げて、こめかみを痛くしながらキーボードを打つなんていう仕事ですが、こういうアシスタントがいてくれてたら、考えるという部分にもっと特化できて、今よりましなものが書けるようになる気がします。
それよりも、今後は歳を取る一方なので、すばらしいアシスタントは切実にほしいのです。
様々な懸案事項があることも分かっているし、これから取材の機会が増えれば考えも変わってくるかもしれませんが、今のところはとりあえず波に乗ってみよう、それから考えようというスタンスです。
先ほど、手書き数字認識の精度が人間を上回ることの「哲学的意味」がよく分からないと書きましたが、現代の状況を踏まえた新しい哲学が今後は出て来るかもしれません。そうなると、文系ITライターとしては出番が増えそうな気がしていきて、それにもワクワクしていたりします。
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