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「常連客ほど腰が低い」〜行き付けの定理〜

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「ここ、自分の行き付けのお店」 こんな風に言えるお店があるとうれしい。20代の頃は、そんなことを考えていましたが、当然そんなお店は簡単に見つかりませんでした。唯一、一回あたり2,000円を切る焼き鳥屋さん(当時)がありましたが、そこも「行き付け」とまでは言えないほどでした。   時は過ぎ、今では行き付けと言えるかな、と思えるお店が何店か。行き付けの一つの法則は、「名前を言えば、電話番号を聞かれない」だと思っています。つまり、名前を覚えてもらっている。もちろんそこには、「自分で払っている」が前提です。誰かに連れてってもらってばかりでは、名前を覚えてもらったとしても、お店の方は「常連さん」だとは思っていないですよね。あくまで「常連さんのお連れさん」です。   僕が行き付けとさせていおただいているお店で、常連さんと感じるおきゃくさんは、押し並べて腰が低いんです。つまり「来てやっている」とか「お金を払ってる」なんて意識はない。そうではなく「来させてもらっている」「使わせてもらっている」そして「お世話になっている」なんですよね。   自分の大事な人、家族や彼女でもいいですし、大事なお取引先などを連れて行った際に、喜んでもらえる接客をしてくれる。そこに感謝をしている、ということだったりします。もちろん、自分だけで言っても心地良い。   美味しい食事は、言ってしまえばお金さえ支払えばどこでも食べられる。しかし、心地良い空間は、そこでしか感じられない。   客だから偉い、なんてのは、時代錯誤の蛙なのでしょうね。
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