地元のお祭りに関わって16年経って分かってきた日本の縦社会の課題
東京都で考えると、数百のお祭りがありまして、各地の町内神輿などを含めると、いったい何騎のお神輿があるのかわからないくらい。各地のお神輿は、それぞれに大勢の人がいないとお神輿が上がりません。そして、多くは地元の人たちだけではお神輿は上がらないので、あちこちに助っ人を求めます。浅草の三社祭のように、地元はほぼゼロでも人気なので集まってくるお祭りはいいですが、大抵は誰かの伝手とか、会社の同僚とか、その地域の信用金庫の人たちにお願いしたりして、なんとか成立するものです。
そして、そこにはそれぞれ地元のお祭りを運営する氏子(うじこ)と呼ばれる人たちがいて、神酒所と呼ばれる休憩所の用意(地元のお店とか個人にお願いして回ります)、場所によってはお弁当なんかも用意しますし、飲み物も用意します。僕の地元ですと、担ぎ手は200から250名くらい来ていただけるので、その準備が必要になります。
もちろん、子どもたちのお神輿、山車などもあるので、子供たちへのお菓子も準備します。そこには、地元の商店、個人の協力が必要不可欠です。そして、氏子(僕の地元では世話人と呼んでいます)が、前もってお願いをして回る必要があります。
そして、その世話人の多くは後期高齢者だったりします。まあ、平日に地元にいる人って、お年寄りか、地元で何らかの商売をしている人ということになりますからね。僕自身、お祭りに関わって感じることは、若い人がいない。まあ、人口分布を見てもそうなのですが、街に若い人が住んでないわけではありません。ただ、平日昼間にいないんですね。
あともう一つの課題は、高齢者の「頑固さ」です。「こうでなくてはならない」「これじゃダメだ」という言葉が、ついつい口を突いて出てくるようです。僕は、随分前に住んでいた川崎の頃からお祭りに関わっているので、手順とかマナーとか分かっていますが、そうでない人には厳しい。こうなると、もともといない若い人たちが関わってくれるはずもなく。
5年前にこんなブログを書いていました。
歳を重ねると自分の趣味ではないものを全否定したくなるようなので、自分は気をつけようと思った
こだわり、伝統、文化、さまざまな物がありますが、頑固、意固地、(不要な)プライドで、縦社会の無駄を押し付けないようにしていかなくては、と感じる今日この頃です。
僕の地元のお祭りは、6月2日、3日です。