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なんでコンテンツにカネを払うのさ?

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こんにちは、しごとのみらいの竹内義晴です。

今日は、朝活&本の交換会でボクのところにまわってきた「なんでコンテンツにカネを払うのさ?」という本についてのお話。

なんでコンテンツにカネを払うのさ?

この本はオタキングexの岡田斗司夫さんと著作権に詳しい弁護士の福井健策さんの対談の本。 ちなみに、この2011年の本です。書評・・・だと「いまさら?」って感じだと思いますが、感じたことを残しておきたいと思います。

内容ですが、サブタイトルには「デジタル時代のぼくらの著作権入門」となっています。「著作権」の話から始まってコンテンツ話になり、その後、コンテンツを作るクリエイターの話へと続き、最後にネット社会の中でコンテンツがどんな形で経済を作り上げていくか……という流れ。

岡田斗司夫さんといえば、「評価経済社会」で有名です(興味があったら検索して調べてみてください)。ボクの理解で評価経済社会を一言でいえば、「モノやサービスの交換が、今までの貨幣から評価へと変わっていく」ということ。「お金があっても買えないものがあるけど、お金がなくても手に入るものがある。お金に代わるのが評価」と、ちょっと乱暴にまとめましたがこんな感じかなと。この本の中にも、評価経済社会という言葉が出てきます。その思想が色濃く出ているように思います。この本が出版された2011年によく聞いた言葉です。

そういうボクも、「貨幣経済はもういいんじゃないかな」とどこかしらで思っているタイプです。岡田さんの意見に近しい部分が2013年の今時点でも多々あると思っています。

だからといって、貨幣経済がすぐになくなるわけじゃないし、お金を否定するわけじゃない。お金はあったほうが便利なことは間違いないし、稼ぐ力も大事です。また、「貨幣経済の根底には評価があるんじゃないか」「すでに評価がある人はいいけれど、ない人はやっぱり苦しいのではないか」という感じはしないでもないです。

ボク的には「評価」よりも「信頼」という言葉のほうがしっくりきています。多くの人からの評価はなくても、身近な周りの人の信頼なら、ちょっとの行動で得られる可能性があるから。「あの人のためにやってあげよう」「あの人がやっていることは楽しそうだから混ぜてもらおう」みたいな労働やモノの交換なら、もっと身近で、今すぐにでもできそうだから。

最近のボクのモノとお金、今後の豊かさに関する話については、こちらこちらでも触れているので読んでみてね。

で、本の内容ですが、著作権の話は、モノをデジタル化して所有した場合の「こんなシーンは著作権としてシロ?クロ?グレー?」という話。本やCD/DVD等の著作権に興味があるかたには参考になるかもしれません。

著作権に興味のある人以外が面白く感じるのは、これ以降のコンテンツやクリエイターに関する話。「クリエイターという職業」章には、次のような目次が並んでいます。

  • クリエイターという職業
    • 野球で飯は食えない
    • プロとして食えるのは日本で1000人
    • 創作で食えなくてもいい?
    • ボク達が欲しいのはコンテンツじゃない
    • 人はライブの体験にお金を払う
    • 「タニマチ」がクリエイターを救う
    • つまらないけど豊か、貧乏だけど楽しい、どちらを選ぶ?
    • あらゆる産業がシュリンクする
    • 人はデジタルというパンドラの扉を開けてしまった
    • コミケに地域通貨を導入する
    • 救うべきは貧乏なクリエイターじゃない

「コンテンツとお金」「クリエイターとお金」に関して、岡田さんがこの本の中で最も言いたいのはこのあたりなんじゃないかなと感じています。

『僕の理想というか、「ここしかないんじゃないの?」という落としどころは、「現状の著作権という仕組みがもう無理」ということなんですよ。コンテンツからお金を取ろうというのはどだい無理な話なんだから。コンテンツは自由に流通させて、人気があるコンテンツには勝手にお金が行く仕組みがあればいいし、たぶんいずれはできるでしょう』

『僕自身も物書きとして今いちばん切実に問題として感じているのは、違法コピーが氾濫しているとかそういうことではないんです。コンテンツホルダーやクリエイターを圧迫しているのは、海賊版だとか違法コピーじゃなくて、無料の作り手がこんなにいるという事実そのものなんですよ』

『クリエイターを救うというと、コンテンツをどうやってマネタイズして、貧乏なクリエイターが食べられるようにするかと考えてしまいがちです。けれど僕らが救うべきは、食うや食わずで創作を行っている貧乏なプロクリエイターではなく、無料で作品を作っているプチクリエイターなんですよ、こうした無料のクリエイターこそが、文化の多様性を生み出す最大多数です、だから、制度設計は彼らのことを最優先に考えるべきであり、マネタイズする人の最大利益を考えるのは間違っています』

それに対し、福井さんは

そこは結局、作品からの収益を次の創作の原資にしようとする現在のあり方と、作品はフリー化して、その他の手段で創作者を支えるあり方と、2つのモデルのどんなバランスで創造が一番豊かになるか。その、これからの実証にかかわっている気がする。

ボクも物書きでお金をいただくことがありますが、物書きでお金を稼ぐのって本当に大変だと思っています(最近は自由(フリー)に好きなことを書いていることのほうが多いかも)。もっとも、ネットの中にはボク以外でも似たような内容の情報はたくさんあるし、無料で得られます。また、考えをコンテンツ化しても、ネット社会では情報価値はすぐになくなってしまうでしょう。だから、情報はフリーで流してもいいと思っています。

一方、リアルな空間を共有する場や実際に体験する場を作っていくことは大切にしています。その理由は、「言葉で伝えるのは限界があるから」。実際に会って、話して、感じる合うから伝えられる、得られるものってたくさんあると思っているから(言い方を変えると、これらは情報として流せない)。

そのことについて、この本では

人はライブの体験にお金を払う

と言っていますが、「やっぱりそうだよね」と思います。コンテンツ(情報)がたくさんあるからこそ、リアルな体験から得られることが益々大切になっていくのではないでしょうか。

ちょっと長くなったので、まとめます。

  • クリエイターはお金を稼ぎづらい
  • 情報はフリーで流してしまえ
  • お金はリアルな体験を通じていただく
  • クリエイトはフリーにして、生活のお金はほかでっていうのもいい

これらが、この本を読んで思ったことです。

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