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通信業界特殊偵察部隊のモノゴトの見方、見え方、考え方

何かがなくなるという話を聞いて懐かしがる時点で自分としては既に過去のモノとしている事に気が付く

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何十年にも亘り常に使い続けているモノというのはそれほど無い私。いや、それは多分それほど珍しい事ではなく、誰にもある話だとは思います。ある時期非常に入れ込んでいた「何か」とある時点で親密度合いが下がり、何となく疎遠になり、それが身の回りにあったことすら忘れてしまう。そんなのよくある話だと思うんです。

ただ、その「何か」がなくなってしまうという話を聞いて「お~、懐かしい」と思い出す事があるのもよくある話だと思うんです。もちろん、それすら感じない種類の「何か」もあるわけですが。

 

何かのカタチであったりモノであったり、あるいは意識的な何かであったり

私の場合、たとえばIT系の企業の栄枯盛衰なんてのは非常に身近な部分があったりします。嘗て何かしらの形で関わったり非常に近いところにあったけれど、自分としては既にそれと接する事がなくなった「それ」がなくなる、あるいは形を変えるといった話に触れると思います。

「お~、懐かしい。そういえばあの頃は…」

あるいは自動車メーカーの栄枯盛衰も自分自身が割りとクルマ好きなところもあって、色々と思う事があります。たとえば嘗て自分が所有した事のあるメーカーの車種の変遷もそうですし、メーカー自体の変遷もそうですし、輸入車の場合だとインポーターの変遷なんかも関わってくる。実は以前フランスの金属バネを持たないサスペンションの変な車に乗っていたのですが、クルマ自体は非常に好きだったのにインポーターのネットワークがぐだぐだになってしまって保守面で不安がどうしても払拭できずに別の車に乗り換えたという経験があります。今となっては滅多に見かけることもなくなりましたが、いまだに同じ車種を街中でたまに見かけるとやっぱり思います。

「お~、懐かしい。そういえばあの頃は…」

因みに極めつけは、某所で既に20年前に買収などの結果消滅してしまった米国系IT系企業のPCが現役で動いてるのを見つけてしまったとき。ある業務に関わる制御系のシステムの中で動いていたのですが、正直これが壊れたらどうするんだよ?という心配を払拭する事はできませんでした。だって、PC/AT互換機そのものです、っていうかPC/ATが現役だった頃のPCですよ・・・ってのは表向きの真面目な話。実際のところ、そのブランドのロゴを見るとやっぱり思います。

「お~、懐かしい。そういえばあの頃は・・・」

それなりの期間生きていると、いろんな事で懐かしがる事が出来るようです。

 

因みに懐かしがるのが目的のような何かが見えることもあるんですが

いや、別に誰がどうのこうのという話じゃないです。でも、たとえば何かがなくなるという報に触れたとき、それ自体と何の関係もなかったにもにも関わらずそれ自体を惜しむような発言が見える事があります。いや、もちろんモノゴトに対して何を思うかってのは人それぞれなので私ごときが四の五の言う話では無いのですが、それこそ自分が「当事者」ではないとしても、それ自体に非常に近いところに居た何かであれば、やっぱりそういう話に触れると思うところは違うわけです。

もちろん、それは仕方が無い話だし、多分私が何かについて「懐かしがる」行為を別の角度から「お前はそこに居なかっただろ、勝手なことを言うな、このボケ!」と思ってる人も居るでしょうから、そこはある意味お互い様なのかもしれません。でも、何かがなくなるときにだけ盛り上がる話ってのは、なんだかなぁと思う事が無いかと言うと嘘になる。あるいは無くなってしまった後でゴチャゴチャ言うのも何だかなぁと思う事が無いかと言うと、これも嘘になる。

当事者じゃないと判らない話というのはどこにでもある話。当事者同士じゃないと共有できない話もどこにでもある。でも本当に当事者だと公言しない話なんてのも当然のようにあるわけです。それを何かしらかいつまんで、さも自分の話のように、あるいは自分が正しい理解をしてるのだよと言う論調でモノゴトを語っている場に遭遇したりすると・・・ 自分が過去から今に至るまで絡んだ事がある何かについてであると、やっぱりいろんな事を思ったりします。

もっとも、逆の立場で何かを語る自分がいないかと言うとそんな事は多分無いので、そこは自分なりにどういう立場で何を語るのかを考えないとな、と思うくらいのトシになったよなと痛感する今日この頃です。

 

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