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通信業界特殊偵察部隊のモノゴトの見方、見え方、考え方

専門領域とは思考の基準点であるべきで、それ以外は判らんという種類のものでありたくない

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不肖岩永、これでもなんとなく「これが私の専門分野」と言えるような部分はあります。というか、そういう部分を意識して作ろうとしてきたという思いもあります。逆に言うと学校での専攻などもふくめて考えても仕事上で生きる何らかの専門分野をそもそも持っていた訳ではないので、何かしら自分で作り上げるしかなかったわけですが。

で、専門分野ってのを明確にしてきた?いや、実はそれが怖くてやらなかったというパラドックス。

 

特定の業種業態に特化した営業部隊とか製品部門から逃げ回っていた20代

最初に配属されたのは、いわゆるデータセンターの営業です。この仕事自体は今でもある流れですが、当時は受託計算が基本。それは別にどうでもよいのですが、それ以来どうにもこうにも特定の業種を担当する営業やエンジニアの方向を意図的に避けてきた記憶があります。結果的に流れた先は通信関連の事業の部隊。でもここでも特定のプロダクトを担当するのではなく、全部をまとめて動かして面倒をみると言うデモセンター(兼テストセンター)。

この頃は(1980年代末当時から見て)最低向こう5年は通信関連の仕事で食えるなと嘯いていたりしたんですが、ただこの時期に悪戯に個別の話から逃げ回っていたわけではなく、全体としてどうよ?という話を一生懸命に追いかけてお客さんに話をして上手く行って喜んだりQ&Aでコテンパンにやられて凹んだり。でも今から考えると本当に色んな側面から物事を見る訓練はしました。

因みに英語に対する何らかの壁が自分の中で全く無くなったのはこのころですね。何しろ正しい情報や最初の情報に接しようとすると英語しかないんですから。(とはいえ、たとえばTOEICなどでとてつもないスコアを持ってるとかじゃないですよ)

 

実は昔から基本的に専門家とかジェネラリストがどうのといわれてますけれど、姿勢として「プロフェッショナル」であることが求められているんだと思うんです

もちろんそれぞれの内容に依存しますので一概にどうだとは言いませんが、たとえばある分野に対するプロフェッショナルである場合に関連する周囲の情報や状況に対してどこまで関心を持つかっていうのが(単なる)専門家と(本質的な)プロフェッショナルの違いだと、私は考えています。

もちろん、ある部分に完全に特化していることに意味があったり、だからこそ素晴らしい成果が出せる種類のモノがあるのは100%理解していますし、それ自体を否定するものではありません。ただ、なんとなく話の通じない専門家のコメントよりも、それを解説した風な情報を提供することで自分自身も判った気になってる風に見える向きが一部にあるような気がして、それを眺めつつ自分はこうありたいなという希望の部分でもあります。

ただ、そんなときにも周囲の状況を含めて見えている人って、あまり喋れない状況にあることも多いような気もします。それはそれで問題だとは思うんですが、えてしてそんなものかと。

 

そういう「プロフェッショナル」ってなろうと思ってなれる話じゃないと思うというパラドックス

志向として雑学の幅の広さに知識の源泉を求める私の場合、思想的に広い知識というものを持ったプロフェッショナルっていうのはなろうと思ってなれるものではないと思っています。別の言い方をすると、知識欲が結果的にそういう存在を作るんじゃないかと。

そんなとき、基本的に何らかの「おまとめ情報」に頼る癖がついてしまっていると、実はあっという間に尻尾が出ちゃう。そもそも、その「おまとめ情報」が誰の視点で誰の情報を元に作られているのかとか、そんなところをまるっきり評価していないとかも散見されるのですが、3.11後にはそんな向きが以前よりも多くみられる気はします。

で、お前はどうよ?といわれると、まぁ、とりあえず日々精進に勤めますと言うしかないテイタラクではありますが。

 

でも、そういう視点で色んな人の発言を見たり聞いたりしていると、あるときある人の発言のブレ幅の大きさにふと気がついて色んな事を考えちゃうんですけどね。いわゆるネット上での有名な人、も含めて。

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