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あるいはファシリテーションが得意なコンサルタントによるノウハウとか失敗とか教訓とか

コンサルティング会社の新人研修で教えていること、あるいは共通OSのインストール

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自分のツイートによると新著「社員ファースト経営」を書き終えたのは去年の12/12。出版社はいつもお世話になっている日経新聞だし、出版してもらえることも決まっていたので、3月くらいには本を出せるかと思っていた。しかし最初のゲラが著者のもとに到着したのが5月下旬なので、出るのは7月くらいかな・・。

社員の育成は「社員ファースト」の重要な構成要素だ。誰だって成長できない会社にいたくはないし、成長したほうが働きがいを感じやすいから。なので育成には1章を割いたのだが、あくまで「社員ファースト」という文脈に沿った話しか書かないので、あえて書かなかったこともたくさんある。今回のブログではその1つである、「ケンブリッジでは新入社員教育をどうやっているのか?」を書いてみよう。

「リーダーが育つ変革プロジェクトの教科書」でも強調したように、ケンブリッジでは研修プログラムよりも現場でのOJTを重視している。
でも研修プログラムも、他社に比べれば、たぶんかなり充実している。新卒社員向けの研修でいえば、4月に入社して卒業は8月末。5ヶ月もお勉強だけしてもらうなんて、贅沢ですね。(しかもその後4ヶ月はOJTとして稼ぎがない。ウチの9ヶ月より長い研修期間の会社ってあるのかな?)


★プログラム「Seigo」
新卒社員向けの研修プログラムはSeigoと呼んでいる。
名前の由来は出世魚のセイゴ。当時の社長がスズキだったので、「鈴木さんみたいな優れたコンサルタントにいつかはなるぞ」という意味だ。
Seigoの原型は15年くらい前の新卒2期生が、翌年の新卒社員のために創ってくれた。それ以来毎年少しずつ見直しながら今に至っている。今年は13人が受講している。

やり方はマイナーチェンジしても、「Seigoで身につけてほしいこと」はずっと変わらない。
①聴く訓練をする
②共通のワークスタイル(チームワークのOS)を身につける
③モデリングの素養
④プログラミング
⑤ソフトウェアエンジニアリング
の5点だ。順に解説していこう。


★①聴く訓練
ものを考える上で、ひいては仕事をする上で、一番障壁になるのは「きちんと聴くことが出来ない」ということだ。
英語で「Garbage In, Garbage Out」という表現がある。ゴミを入れたら、ゴミが出てくる。途中の加工をいかに頑張ったとしても、入力がゴミならば、ろくなアウトプットは得られない。
実は「考える」という極めて基本的な動作において、これが頻繁に起っている。人の話をきちんと聴けないと、それについてどんなに一生懸命考えてもゴミしかアウトプットできない。

特にコンサルタントは「相談に乗る人」なので、クライアントや同僚が言っていることを正確に聴けることが仕事の第一歩となる。でも新入社員はみな出来ない。僕も新入社員のときは出来なかった。

僕は聴くことが出来なかった、あるいはコミュニケーションの第1障壁

なので、きちんと聴けるようになるための訓練をかなり時間をかけて行う。
具体的には、「既存社員が入れ替わり立ち替わり20~30分くらいスピーチをし、聴いたあとに各自が記憶を頼りに、文章に書き起こす」という訓練だ。議事録や要約ではない。なるべく聴いたままを再現する

世の中には「傾聴が大事」というメッセージが溢れている。しかし傾聴がうまくなる方法論はあまり知られていない。
20年前に傾聴についての研修を受けたことがあるが、講師がべらべら喋るだけで、傾聴の上達の仕方については教えてくれなかった。(全くの余談だが、あれはかつて僕が受けた最もくだらない研修だった。そもそも彼自身傾聴が出来ないひとだった)

しかしこの「聴いたあとに自力で再現してみる」という方法は、はっきり実績がある。僕もこれで聴く力を養ったし、Seigo始まって以来ずっとやっている。
おそらくは「聴く⇒再現してみる⇒聴けていないことに愕然とする⇒聴き方を改善する」というループを何度も回すことで、聴く姿勢を改善できるのだ。
「聴く」という活動はあまりにベーシックで個人的なので、こういった内省的な方法でしか、聴くのはうまくならない。だってこれまで20年以上もの間、人の話を聴き続けたのに下手なままだったのだから。

ところで、この「聴く能力がすべての大前提」という話は、ケンブリッジの榊巻の新著「世界で一番やさしい 考え方の教科書」の最初に出てくる。
この本では考えるという行為を「認知⇒思考⇒行動⇒認知・・」というサイクルとして説明している。思考の大前提として認知が大事、というのはここまで説明してきたことと同じメッセージだ。小説仕立ての本なので、主人公の葵ちゃんが「確かに、あの人は○○なんて一言も言ってなかった・・」みたいな所から話が始まる。



★②チームワークの訓練(ワークスタイルを学ぶ)
Seigoのもう一つの重要な要素は、ワークスタイルを学ぶこと。
もう少し言うと、共通の仕事のOSをインストールすることだ。

ウチの会社で言えば、
・ファシリテーション
・プレゼンテーション
・役割分担の仕方
オーナーシップを握ったときに必要な振る舞い
Yellow Flagの挙げ方( 困っています、と表明する)
Respectとはどういうことか

みたいなことだ。

これらはすべて、座学で学んだけでは仕事では意味がない。
実際にチームワークをガッツリして、うまくいったり紛糾したりし、一緒に学んでいる同僚や先生役の先輩社員からフィードバックされたり、議論する。そうすることでようやく大事さが腹落ちし、行動を変えていくことができる。

昨日Seigoチームの横を通ったら新卒社員同士で

君は良く「要するに」って話し始めるけど、要せているときと、とっちらかったままの時があるね。

とか話しているのを聞いて笑ってしまった。
別に同僚を揶揄している訳ではなく、そいつが良くなって欲しいと願って伝えている、愛のあるフィードバックだった。

ワークスタイルは、こういったコミュニケーションの仕方に限らず、目的を共有するとか、定期的に振り返りをするとか、仕事のあらゆる面に及ぶ。仕事の質や生産性を上げるためには極めて重要だ。(だからこのブログの初期の頃は、よくこういう話を書いた)

さらに、1人1人がこのような良きワークスタイルを身につけていることも重要なのだが、チームで共有していると、パワフルだ。
Seigoを見ていると、新入社員全員に個性や考え方、仕事の癖がある。当たり前だ。別に最初から僕らのワークスタイルを身に着けている人を採用している訳ではないのだから。
でも数ヶ月かけて、共通の仕事のOSをインストールし、個性や強みがその上に乗った状態にする。土台が共有できていると、何かを議論するときに「そもそも論」からすり合わせなくて済むので、圧倒的にスムーズだ。
逆に言えば、普通の会社ではこのような共通のワークスタイルがない。または暗黙的にあるのだが、言語化されていないので、新入社員に教えない。だから土台がバラバラなまま一緒に仕事している。バラバラなまま各自が管理職になってしまい、自己流のワークスタイルでそれぞれが勝手に部下を指導する。
そりゃ話が噛み合わなかったり価値観がブレブレになるよな。ケンブリッジから事業会社(コンサルティング会社ではない普通の会社のこと)に転職した人は「仕事以前に議論のスタートラインに立つのに苦労している」という話を良くする。自分にファシリテーション能力があったとしても、仕事をする人の価値観やスタイルがバラバラだと、まとめるのに苦労するのは当然だ。

念のために付け加えると、共通のワークスタイルを学ぶ(OSをインストールする)というのは、個々の社員の特性や個性を潰すことではない。むしろ逆だ。土台が揃っていないと、個性を発揮する以前になってしまう。土台が揃ってくだらない行き違いを防げるからこそ、他人と違う発想や尖った能力を十分に活かせるのだ。


★③モデリング、④プログラミング、⑤ソフトウェアエンジニアリング
まとめて「ITを使いこなす能力」とでも言おうか。
具体的にはPythonを学び、2,3ヶ月かけてちょっとしたシステムを作ってもらう。
実は僕らの仕事でPythonを使うことは殆どない。でも学んでもらう。

このブログはちょっと長くなりすぎたので「仕事でほとんど使わないのに、なぜ何ヶ月もかけてプログラミングを学ぶか?」は別の機会に譲る。
とはいえ今のところ執筆のモチベーションが湧いていないので、当分は書かないだろうから、ごく簡単に箇条書きしておこう。
・このタイミングでしか学べない
・ここで学ぶことで、本格的に学ぶときの土台は作れる
・論理的思考能力の訓練
・プログラミングは使わないが、モデリング能力はコンサルティングで多用する
・「組織におけるデータ」の肌感を持ってもらう
・ソフトウェアエンジニアリングは変革プロジェクトで必須
といった辺りだろうか。


★5年後10年後を睨んで
3つに分けて書いてきたが、このうち「実際に仕事を始めてすぐに役に立つこと」は②のワークスタイルだけだ。
①聴く訓練も③④⑤のITも、すぐには役に立たない。
それでもなぜこれらをSeigoの柱としているか。それはSeigoが10年後を睨んで設計されているからだ。
10年後に優れたコンサルタントになるためには、いま何が必要か?
全てはそこから逆算して考えている。
もちろんコンサルティング業界は離職率が高いので(うちはマシな方だが)、10年を待たずに辞めてしまう社員はたくさんいる。それを考慮すると、10年先を睨んだ9ヶ月の研修はモトが取れないのかもしれない。
でも世の中に人材をたくさん供給できるなら、良いことじゃないか。という精神でやっている。実際に辞めた人もまだケンブリッジにいる人も、みな極めて優秀なビジネスパーソンに育っているのだから。

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