ITプロジェクトのコスト超過の特徴、あるいは新しい本からの抜粋
ブログに書きたいテーマは浮かんでは消えていくのだが、本「プロジェクトを失敗させる50の罠」を書いているので、あんまモチベーションが向かず、更新頻度が下がっている。
本の方は罠を40個まで書き終わったので、ようやく終わりが見えてきた。ブログを放置するのもアレなので、本に載せる予定のコラムをこちらに転載してみよう。
*************************
「BIG THINGS どデカいことを成し遂げたヤツらはなにをしたのか?」という本がある。
巨大プロジェクトの成否について論じた本なので、仕事で変革プロジェクトに直面しているであろうこのブログの読者には強くお勧めする。
この本のベースになった研究では16,000件のプロジェクトを防衛、採掘、トンネル、風力発電・・などの25タイプに分けて、コスト超過率を調べている。他のタイプとの比較から見えてきたITプロジェクトの傾向について考えてみよう。
まず、様々なプロジェクトタイプのコスト超過についてまとめたこの表から読み取れることは、以下になる。
①コスト超過率の平均値は73%
ITプロジェクトのコスト超過率の平均値は73%。これは計画書に「予算1億」と書かれている場合、平均すると1.7億を覚悟する必要があるという意味。もちろん平均値なので、1億で済む場合もあれば、5億になる場合もある。
73%は全25タイプのなかで5番目に大きな率で、ITよりも平均超過率が高いのは核廃棄貯蔵、オリンピック、原子力発電、水力発電ダムしかない。
わたしはこれまで「予算が超過したときのために、15~20%のバッファを持っておきましょう」とお客様にアドバイスすることが多かった。これより大きなバッファを認めてくれたプロジェクトはこれまでないが、ITプロジェクトの実績を踏まえると、控えめ過ぎる数字だったのかもしれない。
②IT以外のプロジェクトもヤバい
ビル工事や鉄道などの一般的な土木プロジェクトでも、平均超過率は40~60%程度はあるようだ。
以前わたしは「予算は膨らむ可能性があります」と言って、「ビルやダムのプロジェクトは予算が超過しないのに、なぜITばっかり超過するんだ。甘えるな!」とお叱りを受けたことがある。いや、あなたがご存じないだけで、ビルやダムを作るプロジェクトだって(ITほどではないにせよ)予算超過はしまくっているんですよ・・。
現に、東京の音楽ファンにはおなじみの中野サンプラザホールは建て替えが決定し、現在利用されていない。だが予算が想定よりも大幅に超過したらしくプロジェクトが頓挫し、取り壊しされずに放置されている(2025年現在)。
③予算超過プロジェクトの割合は、案外低い
大ブレしたプロジェクト(予算が50%以上超過したプロジェクト)の割合は、ITでは18%しかない。つまり8割のプロジェクトは超過率49%以下の小ブレ、または予算超過なしで収まっている。例えばビル建設の場合は40%近くが大ブレしていると比べると、マシな方といえる。
④だがひとたび炎上すると悲惨なことに
大ブレプロジェクトは比較的少ないものの、ひとたび大ブレプロジェクトになると、平均超過率は447%であり、これは25タイプのなかで最大。つまり一握りの大ブレプロジェクトが、とんでもなく大幅に予算を超過している。平均が当初予算の5倍以上のお金がかかっているので、中には8倍や10倍に膨らんだプロジェクトもあるだろう。
こうなると予算のバッファを事前に多少積んでおいても、焼け石に水だ。
⑤さらに・・
これらの数字はプロジェクト発足当時からの超過率ではなく、計画書の最終版からの超過率である。もしプロジェクト発足当時からの超過率を算出すると、遥かに大きな超過率になるだろう。
★なぜITプロジェクトはコスト超過率が高いのか?
太陽光発電は平均予算超過率がたったの1%しかない。概ね予算通りに完成する。太陽光発電プロジェクトの特徴は同じ形の発電パネルを多数つなげてつくること。こういうプロジェクトは不確実性が低い。
逆に原子力発電やITを作る際、同じ部品はほとんどない。異なる役割の無数の部品がすべて精緻に組み合って、ようやく1つの機能を発揮する。もし1つの部品が壊れていたら、それだけで全体が機能しない(原発では1本のパイプが問題になることがあるし、ITでは1つのプログラムに1行のバグがあるだけで全国のATMが止まることがある)。
さらに1つ1つの部品が正常でも、部品の組み合わせ方を1つでも誤ると全体が機能しなかったり、事故が起きたりする。淡々と発電パネルをつなぎ合わせたら完成し、そのうちの1枚が壊れていても全体としては問題なく発電できる太陽光発電と比べると、難易度や不確実性が全く異なる。
つまり同じものの組み合わせでないという性質がプロジェクト難易度を上げ、コスト超過を招いているのだ。
プロジェクトを難しくするもう一つの原因は、学習効果が効きにくいことではないか。
水力発電所はIT以上にコストの平均超過率が高い。例えば有名な黒部第四ダムの建設も「トンネルを掘り始めたら毎秒660Lもの水が出た」のように、事前の予測がつかない事態に遭遇した。他にも「厳冬期の黒部渓谷での越冬をして納期を守る」など、初めてチャレンジすることばかりだった。経験がないので想定外の事態が発生し、コストは見積から超過していく。
NHK「プロジェクトX」などの、黒部第四ダムの建設プロジェクトをテーマにした番組では、コストについて全く触れていない。でもこれだけ想定外のことが起きたのだから、おそらくコストは当初見積を大幅に超過していたことだろう。もしコスト遵守を成否の判断基準にしていたら、大失敗プロジェクトといえる。
実際には高度成長期の電力需要に応えることがゴールであり、コストは度外視してたと思われるので、美談として語り継がれているのだが・・。
ITプロジェクトでも初めてのチャレンジは多く発生する。経理、人事、販売管理などのシステム構築プロジェクトは10年や15年に1回程度しか行わないので、プロジェクトに参加する人は毎回初めてのプロジェクトとなる。技術面でも、社内で使ったことのないソリューションを採用することが多い(35章「ソリューション選定の失敗」などを参照)。
だからなかなか学習効果が働きにくい。10章でも触れた「オリンピックにおける永遠の初心者症候群」である。(ITベンダーのエンジニアは同じ業務のプロジェクトを何度もやることが多いのでずっと有利だが、会社ごとに特有の事情には毎回悩まされる)
同じ太陽光パネルをひたらすら並べていくようなプロジェクトでは学習効果が効きやすいのに比べて、どうしても不確実性が高まってしまう。
★予算超過への覚悟を持たざるを得ない
残念ながら「ITはかなりコスト超過が起こりやすいタイプのプロジェクトである。さらに、20%ほどのプロジェクトはとんでもない超過率となる」ということをご理解いただけたかと思う。
よほどの自信家でない限り「俺達だけは大丈夫」とは言えないだろう。
それでも現代企業として、ITをテコにした変革プロジェクト(いわゆるDX)には挑まざるを得ない。「ITのプロジェクトはリスクが高すぎるので、我が社ではやらないことにしています。なので今でも決算や給与計算ではソロバンですわ!ガッハッハ」という豪快な会社の業績が良くて注目を集めている、みたいなことはわたしの知る限り起きていない。
ではITプロジェクトをやる際に、このリスクの高さにどう向き合えばいいのだろうか。
まず投資決裁をする前に、「これほどのリスクを許容できるのか?」「そうまでしてこのプロジェクトをやる必要があるのか?」をあらためて議論する必要がある。
万一あなたの会社が決算でソロバンを使っているならば、ITプロジェクトは見返りが大きく期待値が高いチャレンジだろう。一方で「それほどリスクが高いならば、今回は見送った方が良い」という決断も、選択肢としてはありうる。
もう一つの教訓は「とんでもない大幅超過プロジェクト」になる前に、ストップを掛けることの重要性だ。上記④「一握りの大ブレプロジェクトがとんでもなく大幅に予算を超過するのがITプロジェクトの特徴」を思い出して欲しい。これは恐らく、走り始めてから「全然想定通りには進まない。このままプロジェクトを続けるととんでもないことになるぞ」と関係者が気づいたのだが、何らかの事情でストップできなかったプロジェクトだ。
予算を見積った時の想定が全く間違っていたと気付いた時点でプロジェクトを中断する選択肢はある。ゴールを達成できないのでプロジェクトは失敗だ。
だがその状況と、膨大なコストを垂れ流しながら無理やり進め、当初の5倍のお金を使う状況とで、どちらがマシなのかを立ち止まって考えたほうがいい。