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記事「日本電産で大量退職」について。あるいは社員ファーストじゃない会社の末路

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日本電産で大量退職 元幹部社員が告白「永守重信会長への過剰な忖度が蔓延している」

https://www.moneypost.jp/999170

という記事が大変話題になっていた。
もちろん僕は中の人ではないので、内容の妥当性については分からない。でも、いかにもありそうな話ではある。

日本電産にかぎらず、昭和の文化を引きずっている企業であれば、この記事で描写されている現象は、多かれ少なかれ起きている。
日本電産には永守さんという偉大なカリスマがいるために、その傾向が極端なのだ。もはやコミカルなレベルで極端。
さらに偉大なカリスマはまだ権力を握っているので、この傾向がいまでも温存されている。多くの会社は平成の30年間で少しずつ脱却したのに。

そういう意味で、「中のことは分からないけれども、いかにもありそうな話だなぁ」と思いながらこの記事を読んだ。
この記事から読み取れる「伝統的日本的経営のマズさ」は極めて示唆に富むので、記事を読んで僕が感じたこと(感想文)を皆さんに共有したい。


【1】トップへの過剰な忖度
永守さんより飯を早く食うとか食わないとか・・・。ブラインドの角度がどうとか・・。この記事、気楽な外部の人間として読むとむしろコミカルなのだが、それは文脈無視で永守さんの教えに沿おうとしているから。下々が言葉尻をそのまま実行しようとしている。だからちぐはぐなことが起きる。(文脈無視でトップの言葉に従うことを本人が強いている節もあるんでしょう・・)

それにこういうのって、仕事に全く関係ない、個人崇拝ですよね。
仕事に個人崇拝を持ち込むのは最悪だ。永守さんがすごいのは経営力が高く、彼の言う通りにすれば会社が成長するから。そこに個人崇拝を混ぜ込むと、間違ったことを言っても反論できなくなる。神様に反論する人はいないから。
でも実際にはどんなにすごい経営者も神様ではなく人間なので、間違える(特にトシを取ると)。

そういう「神格化の弊害」までいかなくとも、強いボスに率いられた組織では、部下が過剰に上司を忖度し始める。つまり「部長はきっと快く思わないぞ」などと課長が部下に言って、部長が耳にする前にアイディアを潰すようなことが多発する。

※これについては少し前にブログに書いた
組織における3つの意思決定スタイル、あるいはボス型意思決定の弱点
https://blogs.itmedia.co.jp/magic/2023/01/3_1.html


【2】働く意味を語れない
「ワシがここまで作ってきた会社を腐った君達に潰される!」と永守さんが叫ぶ、というシーンが記事にある。
でも、この会社を永守さんがどれだけ苦労して作ってきたか、なんて社員からすると知ったこっちゃないんだよね。

昭和の時代は生活のために、(半ば盲目的に)組織に尽くすのが当たり前だった。仕事なんだから、意味なんか考えずに上司の命令に従え、という時代。
でも現代はそうではない。食うのに困らなくなったから。ほとんどの人は冷蔵庫もカラーテレビもスマホも持っている。
だから永守さんにこんなこと言われても「なんで俺、このおじいちゃんの為に、怒鳴られながら仕事してんだろ?」と思い始める。

つまり現代では「社員に働く意味を提供すること」は経営者の重要な仕事なのだ。
例えばBullshit Job(世の中の役に立たない仕事。例えば偉い人のご機嫌を損ねないように社内会議の資料を5段階でレビューするとか)を排除し、有意義な仕事だけにするみたいなこと。
Bullshit Jobの排除は、生産性を上げて利益を確保するためだけでない。意味がある仕事を与えないと、どこででも働ける有能な人は働く意味を求めて転職してしまうのだ。そして「ここでしか働けないから、仕事の意味なんて考える余裕がない社員」だけが残る。当然組織の競争力は落ちる。

働く意味を語ることも、もちろん経営者の仕事だ。
とはいえもちろん宗教じゃないので、働く意味を押し付けるのではない。自分たちの仕事が世の中にとってどんな意味があるのか、言葉を尽くし、社員1人1人が実感する手伝いをするくらいしかできない。でも大事。


【3】土日のメール
永守さんから土日を問わず、一斉メールが次々と送られてくる。幹部はこれに即座に回答しなければいけないらしい。もはやお休みではない。

「休暇中に仕事のメールを気にしている人ほど、実は怠け者である」という話は、前に書いた。1週間くらい仕事のことをきれいサッパリ忘れられないとか、メールをチェックしないと心配で手が震えてくるのだとしたら、人間として脆弱すぎる、と。

※休暇中にメールをチェックする人は怠け者である、あるいは本当の向上心についてhttps://blogs.itmedia.co.jp/magic/2017/08/post_41.html

でもこの会社ではトップが365日スタンバイすることを強いているという。
僕は長めの休暇や土日にメールをチェックすること自体が(結果として)いい仕事をすることに反している、と思っている。
百歩譲って、それがビジネスにとってプラスなことだったとしても、いまやそれを社員に強いることはできない時代になった。

落ち着いて考えてみてください。
「365日スタンバイする仕事熱心さ&業界最高レベルの優秀さ」の両方を兼ね備えた人間がいたとします。
でもそんなに優秀な人が、なんでこの会社で働く必要があるんですか?
もっとステキな会社に転職してもいいし、起業してもいい。永守さんに怒鳴られながらその仕事を続ける理由は一つもないのでは??
現にこの記事のメインタイトルは「日本電産で大量退職」だ。こんな会社なんだから、いままで優秀な人が辞めなかったほうが、僕からすると不思議でしかない。きっと好業績高成長がこれらを覆い隠していたんでしょう。
でも「土日もスタンバイせよ」なんて、とっくに経営合理性に欠けているんですよ。

少し脱線するけど、そもそもメールが画期的だったのは「非同期性」ですよね。以前は電話や対面でしかコミュニケーションできなかったのに、メールだと送信者が都合の良いタイミングで送れるし、受信者も自分の都合の良いタイミングで(他の仕事の生産性を下げずに)受信できる。これが非同期の利点だ。
例えば僕が土曜日に自転車に乗っている時に仕事のアイディアを思いつく。その場でメール(いまはSlackだが)に投げる。なぜなら月曜日まで覚えてられないから。でも受信者は土日で読む必要もないし、もちろん返信もいらない。月曜日に受け取ればいい。非同期ってそういう意味で、双方に時間の自由を与えるものだ。

でも組織カルチャーがアレだと、メールもSlackもアレなツールになってしまう。スマホでいつでも受信できるから、アレな要素が増幅されてしまう。
なんか切ないっすね。


【4】部下の箴言を受け入れない
この土日メールなどを改めるように、外部から連れてきた社長が永守さんに箴言したが、「日本電産が長年培ってきた企業文化を崩壊させるもの」と受け止めて激しく反発。社長の解任につながったらしい。

これなぁ。組織文化を競争力の源泉ととらえること自体は、賛成なんですよ。経営幹部のクビを切るほど大事、ということまで含めて。

でも上記【3】で書いたように、その組織文化はすでに会社に害を与えるものだった。
時代に応じて価値観をアップデートさせていくのは極めて難しいことなので、その価値観が時代に合わなくなったことに気づけないことも、まあ人間である以上仕方ないかな、と思います。
だからこそ、自分を諌めてくれる経営チームを作ることは、経営者の極めて大事な仕事なんだよね。。カリスマであればあるほど自分以外の人はみな無能に思えるだろうから、難しいんだろうけど。
少し前に「空冷エンジンに固執しつづける本田宗一郎を諫める藤沢武夫」というエピソードを本で読んだので、日本電産との違いを感じてしまった。

そもそも永守さんは、組織文化が大事と言いながら、それを深く理解するプロパーの育成に失敗しているんだよね。「深く理解する」というのは、時代に合わせて当の組織文化をアジャスト出来るレベルに到達している、という意味。カリスマの言葉通り実行するロボットじゃなくて。
その失敗を自覚しているならば、その時点で謙虚にならないとね。。


日本電産という会社も、それを作ってきた永守さんも偉大だとは思うけれども、徹底的に時代に合わなくなってきているし、それをアジャストもできていないと思う。この記事が本当ならば。

なぜこの記事の感想文を長々と共有したかといえば、いまの僕の関心に直結しているからだ。いまゲラが上がってくるのを待っている僕の6冊目の本は「社員ファースト経営」というタイトルだ。
社員ファースト経営とはなにか、話し出すと1冊の本になってしまうのでこのブログでは深入りはしない。でもすごく雑に言うならば「この記事で描かれている日本電産みたいな会社の真逆のカルチャーを持ち、それを競争優位の源泉とする経営」と言っても良い。
・優秀な社員はその気になればいつでも転職できる
・だから(利益をあげるために)社員を大事にする
・単に社員をちやほやするのではなく、社員の能力を最大限引き伸ばす
・優秀な社員の自主的な仕事をテコに利益をあげる
みたいな話だ。

「社員ファースト人事」ではなく「社員ファースト経営」と言っているのは、この考えが単に人事政策にとどまらず、経営全般を左右するからだ。顧客との関係の作り方や仕事の選び方、日々の意思決定プロセスに至るまで。

日本電産はものすごく分かりやすい反面教師だ。
でもこれほど極端でなくても、皆さんの会社にも、今の時代には見直すべき慣行がきっとある。この本が出版されたら、読んで考えてみてほしい。
(せっかく宣伝したのに、amazonのページはまだできておらず、URLを貼れない)

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