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あるいはファシリテーションが得意なコンサルタントによるノウハウとか失敗とか教訓とか

日本は方法論後進国。あるいは「串打ち3年」のアホさ

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日本企業にナレッジマネジメントブームが到来した時、その理論的土台になったのは野中郁次郎教授によるSECIモデルだった。1999年くらいのことだったろうか。
SECIモデルについては様々な所で説明されているのでここでは繰り返さないが、強引にまとめると「知識/知恵には暗黙知と形式知があり、その2つが絶え間なく変換されることで、組織で新たな知識が創造される」という考え方だ。
野中教授の著書「知識創造企業」では、家庭用パン焼き器を開発する際に、パン職人の匠の技(暗黙知)をパナソニック社員が模倣し、開発に活かせるように機械の仕様に落としていく様子(形式知化)などが描かれた。80~90年代前半は日本式経営がもてはやされた時代で、この本はその総まとめの様な位置づけにあたる。

僕は社会人なりたての頃にこの本を読み、組織で知識が作られていく様子の謎解きにワクワクしたし、日本企業のイノベーション力に感激した。暗黙知を大事にすることと、それを形式知に変換して共有できるところこそが、日本企業の強さの源泉なのだ!と。



しかし数年後、アメリカ企業のケンブリッジ東京オフィスに転職し、その幻想に浸ることは許されなくなった。彼らアメリカ企業は、日本人が暗黙知として経験でしか習得できないと思ってきたノウハウを、徹底的に方法論として言語化していたからだ。

一例をあげよう。

変革プロジェクトの計画を立てて社内に発表する際、そのプレゼンターはケンブリッジのコンサルタントではなく、お客さまのリーダーがつとめなければならない。

なぜなら、プロジェクトの成否はお客さまのオーナーシップが握っている。コンサルタントが立案し、コンサルタントに任せっぱなしではなく、お客さまが自分ごととして、主体的にやるべきことを実行しきることこそが、プロジェクト成功の秘訣なのだ。

そのためには、重要な場面ではコンサルタントがプレゼンテーションするのではなく、お客さまの責任者が自分の口で堂々と計画を説明し、仲間を巻き込み、協力を依頼すべきだ。

「プロジェクト計画を誰がプレゼンテーションするか?」は方法論というにはやや大げさな、些細なことである。だがその裏には、「お客さまのオーナーシップがプロジェクトの成否を決める」という重要な信念が隠れている。その一つの表現として、プレゼンターの指名に至るまでこだわるべきなのだ。

これは単なる精神論だけでなく、コミュニケーションの質を決める実践的なテクニックでもある。そしてコンサルティング会社に丸投げしたり依存することへのアンチテーゼでもあった。
僕はケンブリッジの採用面接の際に偶然これを聞き、アメリカ企業のノウハウ言語化力に驚嘆した。プレゼンターという些細なことだからこそ、その先の奥深さを垣間見たというか。
もしかしたら、これを読んでいるあなたにはこのエピソードは、あまり響かないかもしれない。僕はたまたま転職前の会社で、自分たちエンジニアとお客さんとの関係をずっと考えたり、自分なりに試行錯誤していたからこそ、ズキューンという感じだった。20年たった今でも覚えている。


入社すると案の定、更に本質的なことが全て方法論としてまとまっていた。例えばチームビルディングの手法。
チームワークは日本経営の強みだと思っていたが、今まで僕のチームは本音で議論できる熱いチームになれていただろうか?これまで現場で創意工夫しながら自分で考えてきた「プロジェクトのコツ」を、自分のスキルとして誇りに思っていた。しかしそれは、B29に竹槍で立ち向かう様なものかもしれない・・。

元ミスミ社長で、ボストンコンサルティンググループの初期メンバーでもあった三枝匡さんも、「V字回復の経営」などの著書で、方法論を作り実際に現場の武器にする能力について、アメリカ企業に敗北感を覚えたと何度か書いている。現場で磨かれてきたトヨタ式生産方式を「時間を軸とした経営」と捉え直し、日本企業に対抗する方法論にまで昇華させる知性は、日本にはないものだったと。

残念なことに、日本企業では育成に先立って定めるべき方法論が明確な会社はほとんどない。
ケンブリッジに転職する前の上司が「アメリカの会社では、なんでも方法論として定型化しようとする。実際には顧客ごとに事情は異なるし、プロジェクトも毎回違うのだから、方法論なんて役に立たない。人間力を鍛えるしかないのだ」と言っていた。申し訳ないが、今から思えば完全に井の中の蛙の発想である(彼は方法論がしっかりしている会社で働いたことがなく、想像で言っていただけなので当然だが・・)。

彼を笑える日本人ビジネスパーソンが何割いるだろうか?
僕はお客さんと人材育成について議論することは多いが、二言目には「結局OJTで現場で教えるしかないよ」と断言される。そのくせ、「OJTで何を身につけさせるのですか?」と聞いてもリストアップできない。これではうなぎ屋の人材育成となにも変わらない。

うなぎ職人になるためには「串打ち3年、裂き8年、焼き一生」と言われている。他のバージョンとしては「ビールを注ぐまえに、ジョッキ洗いに3年」というのも読んだことがある。
アホかと。
自分の既得権を守るために後進を育成したがらない職人を美化してどうする。串打ちやらジョッキ洗いをやけに難しいものに見せかけているのだって、要はノウハウの言語化をサボっているだけだ。
こうやってむやみに成長のハードルを上げ、職人を聖人化するから、人材不足に陥るのだ。

うなぎ屋がこうやって衰退していくのは仕方ないとして、近代企業までそれをマネしてどうする。
なのに実態は、営業であれ経理人事のような管理部門であれ、うなぎ屋と似たようなものだ。育成の前に、方法論の明確化が必要なのだ。現時点で方法論がないのであれば、育成とセットで方法論を作ることが、競争力向上に欠かせない。
早く気づいたほうがいい。



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この記事は「リーダーが育つ変革プロジェクトの教科書」に書いたコラムの転載です。
このコラムでは「後進国」と切って捨てているだけですが、本ではかなり丁寧に「方法論とは何か」「方法論なんて全く浸透していない普通の日本企業でどうやって方法論を確立するか」を書いています。
「そうそう、ウチの会社にも方法論なんてないよね」「うちの管理職も経営者も"方法論ナニソレオイシイモノ?"なんだよね」という方は、読んでみてください。

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