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あるいはファシリテーションが得意なコンサルタントによるノウハウとか失敗とか教訓とか

くさび打ち込み方式で本質を探る方法、あるいは目的から議論しない訳

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プロジェクトの立ち上げ段階で「今回、どういうプロジェクトにしていくべきか?」とか「いま、本当の課題はなにか?」みたいな、抽象度が高い議論をお客さんとすることが多い。というか、僕の仕事はほぼそれだ。

ファシリテーターとして「ではまず、こういうテーマを掘り下げましょう」などと提案するのだが、しばしばお客さんを困惑させてしまう。よく「なぜ今それを議論するのですか?まず最初に何が目的なのかを明確にしないと議論できなくないですか?」みたいなことを言われるのだ。結構しょっちゅう、別なお客さんから繰り返し言われる。

なので、僕の「抽象的なことを考えるアプローチ」が他の人と少し違っているのだろう。どういうことなんだろう?と考えていたら、同僚が「それって白川さん特有で、わたしだって入社当初は面食らいましたよ」と、ある資料を見せてくれた。
15年前にウチの会社に入社して、僕と一緒にやった最初のプロジェクトを振り返った資料だった。

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一般的な思考アプローチが右。それに対して白川がやっていたのは左だと。彼はそれを「くさび打ち込み方式」と名付けていた。

僕と一緒にプロジェクトをやるお客さんは、一般的な右の頭の使い方をしている。
まず戦略だとか、大きな目的が設定されている(ピラミッドの頂点)。
そしてそれをブレイクダウンする形で、方針やポリシーを決めていく。
さらにブレイクダウンすると、ToBe業務プロセスやToBeシステム設計が明確になっていく。
まあ、常識的なアプローチですよね。
で、僕は仕事人生のある時、これではいかんと思うようになった。仕方なく試行錯誤し、左のアプローチ(くさび打ち込み方式)にたどり着いた、ということだ。


★なぜトップダウンアプローチではうまくいかないか?
それは、ピラミッドの頂点に据えるべき、クールなお題目(戦略や目的など)を誰も与えてくれないから。
カリスマが経営する会社であれば「お前らこれをやれ、これを目指せ」と示してくれるのかもしれない。だが大抵の日本企業では、そんなものは降りてこない。

※ダメなコンサルタント本とかには「全社戦略をブレイクダウンして中期経営計画を立て、中期経営計画から改革プロジェクトのゴールを見出しましょう」なんて書いてあるが、僕自身は変革プロジェクトのゴールや方針を見出す際に、全社戦略が頼りになることはほとんどない(参照、参考くらいにはする)。


だからプロジェクトの目的や全社戦略はミドルが手探りで設定していくしかないのだが、ミドルマネジメントがいきなり考えても、良いものは思いつかない。当然。
だって経営者が示せないんだから。たまたま天才がミドルに留まっていない限りは、無理。

でも右のアプローチ(トップダウン方式)を信奉している人は、ピラミッドの頂点に何かを置かないと、それ以降を考えられない。むずむずイライラしてくるらしい。
そこで、それっぽい文言をでっち上げて頂点に据える。

例えば、
「サプライチェーンマネジメント機能の構築によって、サプライチェーン全体にわたるエンド・トゥ・エンドでの可視化を実現し、全社横断での最適解と価値の最大化を実現する」
とか。

こういうのがプロジェクトゴールとして掲げられた企画書、見たことないですか?
日本語訳をすると「全社的にシステム化したら、見える化が進んで色々良くなるよね」だと思う。つまり、ほぼ何も言っていない。

何も言っていないのだが、とりあえずピラミッドの頂点を埋める事ができたので、ようやく思考を再開できる。やれやれ。

でも空虚なので、これをブレイクダウンしても何も生まれない。こうして、次には空虚なプロジェクト計画書が出来上がっていく・・。


★それ比べて「くさび打ち込み方式」がやろうとしていること
こういう空虚な展開は耐え難いし、なによりプロジェクト失敗の要因になる。
つまり「無理矢理、ピラミッドの頂点をでっち上げる」というのが間違っているのだ。

それに対してくさび打ち込み方式は、(15年前に彼が書いてくれているように)
①プロジェクトにおいて、重要(そうな)箇所にくさびを打ち込む様な議論をする
②その議論で見えてきたことから、戦略やプロジェクトゴールを決定(ミドルアップ)
③その議論で見えてきたことから、課題抽出し、施策に展開する(ミドルダウン)
という作戦だ。

①の「くさびを打ち込むような議論」が全然ピンとこないだろうから、例を上げよう。
・なぜ今の営業端末は使われていないのか?
・管理会計を導入するべきか?
・システム構築をもっと上手にできるようになるために何を変えるべきか?
・次のプロジェクトで、変えるモノ、変えないものは何か?
・我々にとって最高の顧客とはどういうお客さんか?

よく同僚やお客さんから「このテーマ、どっから出てきたんですか?」と言われる。ごもっともな質問だが、「今回のプロジェクトでくさびを打ち込んだほうが良さそうなテーマだから選びました」としか言いようがない。だから毎回変わるし、議論してイマイチ深まらないようなら、別なテーマに変える。

例えば「なぜ今の営業端末は使われていないのか?」をとことん議論すると、最初は「遅いから」「重いから外に持ち出したくない」みたいな表面的な意見が多く上がる。
しかし深めていくと「営業端末を武器にする方法を、そもそも教えていなかった」とか「お客さんに営業端末の画面を見せることを前提に設計していなかった」とか「商品説明と申込み画面が連動していない」などの、本質的な意見が増えていく。
(この時に議論を深めるのが、ファシリテーターとしての腕の見せどころだ)

それをプロジェクトのゴールやコンセプトに昇華する
くさびの議論の結果、今回のプロジェクトでは〇〇が成功に欠かせないことが明らかになりました。だから主要成功要因(Critical Success Factors)として掲げよう、とか。
くさびの議論の結果、〇〇がこの会社の重要な価値観ということが見えてきました。そこでそれをテコに事業を成長させる戦略を打ち立てましょう、とか。

そうしてできたゴールやコンセプトは「ミラミッドのトップに何か据えないと居心地が悪いから」という感じででっち上げた文言とは全く違い、本当にプロジェクトを導くことができる。

なので、プロジェクトファシリテーターである僕は「今回のプロジェクトで、どんなテーマで議論を始めれば、本質的な議論になり、ひいてはプロジェクトゴールやコンセプトにつながるのか?」をアレヤコレヤ考えまくっている。案もいくつも出して、「多分これなら深いくさびになる」と思ったものを選んでいる。


★「くさび打ち込み方式」が体に合わない人々
とはいえ、冒頭に書いたように、こういうテーマを提示すると、お客さんの中で、特に緻密な脳みそをお持ちの方々が困惑し始める。

例えば「システム構築をもっと上手にできるようになるために何を変えるべきか?」を議論しようと提案すると、「それって、何の目的でシステム構築するのかによって変わるはずです。いまその目的が明確でないので、議論できません」
と。

いやー、議論できると思いますけどね。目的が何であれ、いまシステム構築が下手っぴなのは事実だし、改善の余地なんていくらでもあるのだから。
でもそう言っても、緻密な脳みその方々は納得しない。それほどまでに「目的からブレイクダウンして考えろ!」と叩き込まれている。

そこで僕は「僕は雑な脳みそをしているので、議論できちゃいますが、難しいですか。だとしたらとりあえず"売上向上のためにシステム構築する"くらいで仮置きしましょう」みたいな感じでお茶を濁すことになる。
僕としては、くさびの議論に乗っかってくれ、良い議論ができれば、お望みの「何のためにシステム構築するのか?」には到達できるはず・・というぼんやりとしたビジョンがあるので、しぶしぶでも議論に乗ってくれたら、目論見どおりプロジェクトゴールやコンセプトが見いだせることが多い。
すべて議論が終わった後に、種明かし的にこの「くさび打ち込み型」の話をすると「こういうことなら最初っから言ってくれたらモヤモヤせずに済んだのに」と言われる。
でも、こういう話、議論する前に口頭で言っても、絶対伝わらないですよね・・。
難しいね。


★補足

白川が書いた教科書(「システムを作らせる技術」「業務改革の教科書」など)は、一読すると、右の「トップダウン型」風だと受け取る読者もいるかと思う。正直「くさび打ち込み型」は、教科書に書くにはあまりにややこしい話で、読者が受け取れないと思っている。
とはいえ、プロジェクトゴールについていままで一番きちんと説明した「リーダーが育つ 変革プロジェクトの教科書」では、「くさび打ち込み型」という言葉は使っていないものの、そういうやり方を解説している。
あの本では、プロジェクトゴールを見出すためにまず、マトリクス(4象限)を使った意思確認を推奨しているが、これこそが「くさび」なので。
プロジェクトゴールを真剣にゼロから生み出そうとすると、絶対にくさびは必要となる。

*******************参考過去ブログ
目標の有効性の限界、あるいはKPIの弊害

きれい過ぎるプロジェクトゴールにご用心、あるいは僕らが「いやなツッコミ」をするわけ

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