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十字軍物語の感想

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ローマ人の物語のファンとしては年末に塩野七生氏著書が無ければ年が暮れない気がしていましたが、今年は十字軍物語3巻が発売された楽しい時間がすごせましたので、その感想を。

私は高校時代に地理を選択したため、世界史の知識を中学時代からそれほど増えているわけではありません。十字軍も歴史的事件こそ知っているとはいえ、背景、登場人物、その後の状況を詳しく知っているわけではありません。ほとんど知らない状況から本書のシリーズを読んだことによります。ただし、海の都の物語を読んでいるため第4回十字軍の経緯や結果に関しては知っています。

11世紀から始まって13世紀まで行われた十字軍ですが、背景や地理的状況など難しいものがあります。遠征は基本的遠いほど不利ですし、第1回は遠征した人が当地にとどまりましたが、リチャード獅子心王等は自分の領地の問題があり戻っています。けどイスラム側もあまり一致団結することも無いため両方とも効果的に領地奪回も出来ません。最後のほうはモンゴル帝国の襲来とかもありイスラム側も決して距離的メリット以外を享受していたわけではないようです。また、テンプル騎士団や聖ヨハネ騎士団などの騎士団が長期的に維持できたり、功名心だけでは人は動かないところも人間世界の複雑さがにじみ出ています。

登場人物でイスラム側のサラディンがかなり印象的でした。登場人物をほとんど知らないといいながらもサラディンは知っていました(リチャード獅子心王は知らなかった)。理由はCivilizationで登場していたためです。とはいえ名前だけ知っているだけで、どのようなことを行ったか、どのような人物かも詳しいわけではありません(Civilizationは歴史的なことには説明があるので少しだけは知っていました)。

ですが、サラディンは十字軍の中盤の主人公的役割を果たしています。特にサラディンが起こしたアイユーブ朝が長期にわたりキリスト教世界と平和的な関係を維持できたのは現実主義者であったのがあると思いますが寛容な人物であったのが大きいのでしょう。エルサレムと開放した時の行為やリチャード獅子心王の身代わりに捕まった人物の丁重に扱ったこと行為などは高く評価されるのも分かるものです。

アイユーブ朝が長期にキリスト教世界と平和的な状況が続き、且つ第6回十字軍において戦闘せずに平和的にエルサレムがキリスト教側に渡されたとき経緯を見ると一神教の対決でも平和的な解決が出来、共存できることも示しています。決してできないことは無いのでしょう。現在世界でももう少し、共存を模索して欲しいものです。

ただ、エルサレムの交渉だけで開放したフリードリヒ2世と2度遠征して少し効果も上げない上にエルサレム周辺地域の軍事力を低下されることになったルイ9世の評価があまりにも違うのは面白いというか、皮肉な状況に見えます。前者は破門を何度もされ、後者は列聖されるのですから。現実主義者じゃない人たちには見えないものがあるのでしょう。

また当事者だけではなくイタリア国家の海洋都市も経済的・政治的に関与していて、十字軍の遠征時代は攻める側・守る側だけが関与しているわけではありません。ヴェネツィアの大きく関与して攻める国を変えた第4回はあまりにも無計画な騎士達が哀れに思えるほどですし、著者が記載しているとおりヴェネツィアがエジプトへ攻めることをしなかったのはアイユーブ朝との密約があったからでしょう。世の中はそんなシンプルに出来ていません。

十字軍と聞くとキリスト教世界が一致団結してエルサレム開放するために向かったようなイメージがあったのですが、決して団結しているわけでもないところが少し笑ってしまいます。お金だけもらって集合地にこなかったり、領地欲しさに向かったり、なぜかコンスタンティノーブルを攻めたりと、宗教的意識が高いイベントでもやっぱり現実主義が頭をもたげるものなのでしょうね。現在の世界でも同じようなことが起きていることを思うと、昔も今も人間はあまり変わらないねと思ってしまいます。

著者はローマ人の物語を書き上げてから"ローマ亡き後の地中海世界"(これも面白い)に続き本シリーズの十字軍物語を続けてくれています。来年は何を書いてくれるのか楽しみにしています。

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