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グローバル化する中で日本人はどのようにサバイバルすればよいのか。子ども×ICT教育×発達心理をキーワードに考えます。

デジタルとアナログの融合が被災地の絆をつなぐ-緊急時に情報伝達をどう行うか-

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被災地で生じた情報格差の問題

先日、「大震災! その時、石巻の通信インフラはどうなっていたのか」という記事で、東日本大震災の震源地に近い地域は「ラジオ」から情報入手していたことを検証しました。

2011年9月21日「朝日新聞」社会37面「震災広がったネット連携」においても震災直後の被災地ではラジオから情報を取得していたことが報道されました。電気も水道もガスも止まってしまった状態では携帯電話もパソコンも電池切れして短期間しか使えません。

ラジオならば乾電池が切れるまでは使用可能です。携帯電話に比べればシンプルで丈夫な仕組みです。私がラジオを聞くときはiPhoneアプリ(radikoなど)を利用していました、ですが、電気が止まった時を考えて乾電池で利用できるラジオ(自家発電できれば話は別)を日頃から保持しておく重要性を感じました。

一方、東京近辺で帰宅難民となった人々は通話規制がかかったとはいえネット経由で情報取得/情報発信が可能でした。TwitterやFacebookなどソーシャルネットワークを使用することが出来ました。もし携帯電話の電池が切れてしまっても、コンビニエンスストアの在庫分は簡易的な充電器や電池を購入することが出来ました。

私のフォロワーの数名もツイートを読んだ限りでは帰宅難民の方のために会社のビルの一部を開放し、携帯電話の充電なども可能にしていたようです。今回の場合は東京近辺の方は帰宅難民になったとはいえ、被災地に比べれば情報難民になる可能性は低かったと考えられるかもしれません。

しかしながら、もし首都圏直下型地震が起こった場合、首都圏やその他の地域のみなさまはどうでしょうか? 前回の記事で取り上げた石巻周辺のように首都圏のライフラインが全て止まる危険性が大きくなります。そうなった場合、今回被災地となった仙台・石巻ほかの地域のみなさまと同じ状況が私たちを襲ってくるわけです。

日頃から意識していないと首都圏(他地域もですが)のみなさまが当事者となったときに大きな混乱、さらなる被害の拡大が出ないとも限りません。

そこで自分たちが当事者となった際に困らないため、そして現在、被災地で心遣いや復旧を必要としているみなさまのために、改めて情報格差という面から事実を振り返ってみたいと思います。

ラジオの配給は4月頃の早い時期だったのに、石巻をはじめとする各地の視覚障害者には……

私はフリーランスの講師をしながら「障害者と支援技術」「情報格差の問題」の解決に取り組んでいます。そのため、私自身は音訳ができないものの全国音訳ボランティアネットワークに入会しました。

先日、全国音訳ボランティアネットワークの会合に初めて参加した際、代表者の藤田晶子さんから伺ったのがラジオの配給は4月頃の早い時期だったのに、石巻をはじめとする各地の視覚障害者にはラジオが行き渡らなかったという話です。

藤田さんは被災地の視聴覚障害者に適切な情報保証やコミュニケーション支援をするため、仙台へは3回、石巻へは2回現地に行かれました。

10月初旬にお話を伺った際には、

  1. 現在は瓦礫は撤去されたものの、流された家のあとは土台だけ残っていた
  2. 図書館にまだ避難されている方がいた
  3. 2011年4月にラジオの配布が避難所などで行われたが、視覚障害の方は配布されている情報が手に入らず未だにラジオを入手できない方がいた

という3点が特に印象的でした。

藤田さんが石巻に行かれた際の報告は「全国音訳ボランティアネットワーク」ウェブサイト内の「藤田が行く」2011年6月に掲載されています。許可をいただいた上で私が気になる箇所を引用させていただきます。(注)

ところで、高台にある図書館が避難所になっていたとは、知りませんでした。まだ、二人の方が、身を寄せていました。帰りぎわに、館長が、「被災現場を見て いってください」と、言われました。日和山に上りました。広い公園になっていて、急な階段を上りきった所に、鳥居があります。あの時は、津波をすぐ後ろに 感じながら、必死で鳥居を目指したと、地元の方に伺いました。
No.218(10/11) 12月3日のシンポジウムに向けて

仮設住宅はおそらく津波の被害を受けにくい高台にあることと推測しました。車を流されてしまったみなさまのニーズに応えられるようにするにはどうしたら良いのでしょうか。

石巻の海辺の地域を見せていただきました。津波の影響を受けた地域と、そうでない地域の差は歴然としています。未だに信号はストップしたまま、警視庁のお巡りさんが、手信号でさばいていましたNo.204(6/27) 石巻訪問その2

上記は6月の話ですが、津波の被害の有無でかなり状況が違うのだということはこの記事のおかげで知りました。私が前回調べた際には3月27日に石巻は電気が復旧していましたが、信号は6月の時点でもお巡りさんの手信号だったということは重要な点ではないでしょうか。

車や船は、何か所かに集められているようで、町中に船のある光景は、みられませんでしたが、あとは手付かずの瓦礫の山。凄まじいとしかいいようがありません。私たちは、テレビや新聞等の切り取られた一部しか見ていないと思いました。
No.204(6/27) 石巻訪問その2

6月の時点ではまだ手付かずの瓦礫の山があったことがわかります。10月に藤田さんにお伺いした際は、瓦礫は撤去されたもののまだ建物は建っていないということでした。実際に現地に行かないとわからない情報が確かにありました。東京など他地域の人間はメディアが報じる一部の情報しか知らないのです。知らない事実が存在しているという面で東京の人間にも情報格差が生じているのではないでしょうか。

一泊二日で2つの避難所を回るスケジュールです。時間的余裕がありません。しかし、被害の大きかった野蒜地区を、ぜひ通ってほしいという長久保さんの提案があり、立ち寄らせていだだきました。言葉がでません。
No.203(6/22) 石巻訪問その1

野蒜地区は宮城県東松島市でした。以下のようなところにあります。

大きな地図で見る

途中にも、片付けられて一見グランドのようにみえる所がありました。集落の跡だそうです。赤茶けた大地にポツポツ緑が見えます。雑草です。高速道路 も、あちこち亀裂が入り、段差ができていて、車がボンボン跳ねます。ETC1000円割引が19日までだったこともあり、渋滞していました。大分、佐世 保、京都、姫路、大阪あらゆる所からの車です。

18日は、石巻市内で百か日法要が営まれるため、私たちの予定も変わりました。
No.203(6/22) 石巻訪問その1

上記は事実として大事な要素を含んでいるのではないかと思い引用しました。高速道路の件はボランティアや復興支援の方の車で渋滞したのでしょうか。「百か日法要」の話も生き残られた家族の皆様の気持ちを思うと胸が痛みます。

まず、ビッグバンに向かいました。そして、初日は建物の確認とチラシ配りということになりました。目的地のひとつ河北総合センター(ビッグバン)は400 席もある、ホールがあり、毎日のようにイベントが目白押し。例えば掲示板には、各種炊き出し、マグロの解体ショー、歌謡ショー、カットボランティア等々の ポスターやチラシが所狭しと貼ってあります。私たちの「復興支援イベント」のチラシも掲示されていました。
No.203(6/22) 石巻訪問その1

上記の部分は藤田さんから10月初旬に伺いました「3. 2011年4月にラジオの配布が避難所などで行われたが、視覚障害の方は配布されている情報が手に入らず未だにラジオを入手できない方がいた」の話に関連するのではないかと考え、引用しました。

私はTVニュースで物資を配給する際、避難所の壁にお知らせが紙で貼られているいる映像を見ました。情報発信も壁新聞のような紙が貼られているようにニュース番組では見えました。

紙は貼られているだけでは音声が出ません。パソコンのように情報を読み上げません。誰かが視覚障害の方や壁新聞を見に行くことができない高齢者の方にお知らせを声かけしない限り、配布するものの中にラジオがあっても入手できなくなってしまいます。

高齢者の方で足腰が弱られてしまった方や視力に問題がある方はどうやって壁に貼られた情報を入手できたのでしょうか。現地で必要とされているニーズに応えるために今、何ができるのでしょうか。

 

デジタルとアナログと地域の「絆」

今回の大震災のようにデジタルだけでは補えないアナログの部分「絆」が大切になるのではないでしょうか。IT・テクノロジーによる復興支援は大きな力となりますが、それだけでは補いきれないものが存在しているように感じられます。

藤田さんの記録の中で2011年3月19日にこのようなフレーズがあります。

さて、緊急情報をリアルタイムで伝えるには、どうしたらいいのでしょうか。人とニーズをコーディネートする場が必要です。
No.187(3/19) コーディネートより

前回、私が調べた記事では津波が発生したという警報が出た後は携帯電話は電波が圏外になり繋がらなくなった方が多かったようです。そうなると晴眼者でも緊急情報をリアルタイムで入手することは難しくなります。

行政が地域に発する音声のアナウンスだよりになりますが、複数のスピーカーの中間点は音が重なり効きにくくなります。携帯電話が使用出来ず音声が聞こえにくい高齢者の方は視覚的にテレビから情報入手すればよいのでしょうか。

視覚障害の方は緊急情報を音声で取得したいと思われますが、聞き取りにくい情報発信では逃げ遅れてしまいます。実際に逃げ遅れた視覚障害者の方の訃報も目にしました。音声での情報取得を求めている視覚障害がある方にラジオが行き届かなかったというのはとても重い事実だと思います。

緊急事態になった際に果たしてどのように情報を取得すれば良いのでしょうか。情報格差が生む生死の差、ライフクオリティの差が生じています。

デジタルとアナログ双方を活用し、人とニーズをコーディネートする場が機能することで人々も心も土地も復興していくことが可能ではないでしょうか。

2011.10.24 追記

前半部分の一部を修正しました。恐れいります。

  1. 「藤田が行く」では数字が全角で表記されています。片岡の部分は半角の数字で表記しています。
  2. 「藤田が行く 2011年度」は「current-year.html」というファイル名になっています。2012年以降にこの記事をご覧になられた場合は、URLがhttp://onyaku.net/fujita/2011.html に変わる可能性があります。
    藤田が行く 2011年度(2011年10月現在):http://onyaku.net/fujita/current-year.html

    注:2012.12.18 1:09
    「藤田が行く」のURLはhttp://onyaku.net/blog/に変わりました。

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参考:東日本大震災への応援チャレンジ

                                                 
「東日本大震災についての記事を書く」チャレンジで被災者支援をしているNPO法人(複数)の活動を応援しています。今後も被災地の支援につながるように、東日本大震災に関係する記事を書き続けたいと思います。

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